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7.忘れたお弁当袋



 ――翌日のランチタイム。

 私は莉麻ちゃんと鉢合わせないように背中を追いながら屋上へ向かった。

 少し間を置いてガラス窓を覗くと、新汰先輩は昨日バイオレットと約束していたものを彼女に手渡している。


「はい、忘れ物」

「えっ……」


 会った途端にもう一つのお弁当袋を差し出されて驚く彼女。

 それもそのはず。私は自分のことが精一杯で伝達ミスを起こしてしまったから。

 そのうえ、彼女は同じ弁当袋が複数枚あることを知らない。


「次は落とさないようにね。……あれ、今日のお弁当袋も同じ柄なの?」


 新汰先輩はコテンと首を傾けたまま彼女が持っているお弁当袋を見つめる。


「あー……、いくつか同じのを持ってるから」

「よっぽどその花柄が好きなんだね」

「そっ、そうなの。大人っぽいからお気に入りで……。それより、おなかが空いたから早くお弁当を食べようよ〜」


 彼女は先輩の腕を引いていつもの日陰部分に腰を落とす。

 たった数秒程度のボディタッチなのに、私はお腹の中をぐるぐるかき回されているような気分に。

 唇を尖らせながらドスンと腰を下ろしたあと、お弁当袋を膝上に乗せて中を開く。


「先輩はどんな女の子が好みなの? キレイ系? 可愛い系? ギャル系とか?」

「あははっ。そんなの聞く必要ある?」

「だって、先輩のことならなんでも知りたいんだも〜ん」


 猫なで声が扉を貫通してくると、気分がより深いところへ落ちていく。

 扉一枚挟んでいるから様子は伺えないけど、多分悔しくて見ていられない。

 先輩のタイプなんて私だって知りたいよ。だけど、聞いたらよりショックが大きくなるかも。

 

「ウソをつかない人……かなぁ」


 彼の本心が明かされた瞬間、心臓がドクンと音を立てた。

 ウソをついたあの日に戻りたいけど戻れない。それどころか、日を追う毎にことの重大さを思い知らされていく。

 莉麻ちゃんが例に挙げていたタイプを答えてくれた方が、何十倍も何百倍も救われていたのに……。


「見た目とかじゃないんだぁ」

「ウソは僕のトラウマだからね」

「ねぇ、誰にどんなウソをつかれたの?」

「それは秘密」

「知りたぁ〜い! 教えてよぉ〜。ねぇねぇ〜〜」

「あはは、言わないよ〜」


 私は先輩を好きになる資格がない。

 ウソで塗り固めたうえに、勝手に傷ついて勝手に失恋してる。そのうえ、終わりが見えないこの関係。莉麻ちゃんたちの関係は、右肩上がりになっていくのに……。

 暗い影をかぶりながら頭を抱えていると、質問の方向が変わった。


「新汰先輩はどうしてしらす入りの卵焼きが好きなの?」

「あ……、えっと……。亡くなった母がよく作ってくれたから。しらすの風味が口いっぱいに広がるのも好きだしね」

「へぇ〜。新汰先輩のお母さんって亡くなってたんだ〜」


 莉麻ちゃんに最も大事なことを伝え忘れていたと、焦り狂った瞬間。


「以前インスタで伝えたよね。母親が亡くなったことを」


 先輩の目の色が変わった。

 すかさずお弁当を床へ置いて冷や汗混じりのままガラス窓を覗き込むと、彼女は両手をピタリと合わせる。


「ごめ〜ん……。言われてから思い出したよ……」


 彼女はバイオレットとのやりとりを知らない分、目先の会話に苦戦している。

 結局全ての情報を共有するのは難しい。原因の一つに彼女への苦手意識が含まれているから。

 私は申し訳ない気持ちに包まれながら再び腰を下ろした。



 ――ランチタイム終了間際。

 莉麻ちゃんは私の机前に立って、二つのお弁当袋を机にドンッと叩きつけた。


「インスタのユーザーネームを教えて」

「えっ……」

「先輩との話が噛み合わないの。だから協力して欲しい」

「う、うん……。わかった……」


 私はスマホでインスタのQRコードを表示させると、彼女はそれをスキャンした。

 これでSINとの表向きのやり取りは丸見えに。

 できることなら教えたくなかった。インスタは私と彼の特別なコミュニケーションツールだから。

 彼女がスマホを眺めたまま立ち去ったあと、お弁当袋はもう二度と落とさないように手提げの中へ。


 最初についたウソは、先輩を想う気持ちと同じように膨らんでいく。

 収集がつかない傍らで、さらに予期せぬ事態が私を襲う。



 ――同日の晩。

 父親から衝撃的なことを伝えられた。

 いま暮らしている街は再開発区域に指定されていて、数ヶ月前から立ち退きを迫られているという。

 つまり、近いうちに引っ越さなければならない。

 ちょうどこのタイミングで京都の知り合いの店が経営難で閉店したばかり。父は店を譲り受けるということで合意したとか。

 夏休み中には転居したいとのことで、急遽お弁当作りに終わりが見えてしまった。


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