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吸血鬼のおしごと/カラスにコウモリ、オオカミと  作者: kaichi
第一章 星降る街にて道化師が一言
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第2話 悪夢に浸る

Scene-02(屋外)駅前 - 夜(cont'D)


「お二人さんってばよ!」


 無視されたとでも思ったかペストマスクが苛々と声を張り上げた。

 普通は素直に返事しないシチュエーションのように思うが、そういう常識は無いらしい。

 彩華も、そっとスマートウォッチをタップした。

 その間にもペストマスクは無遠慮に人混みをかき分けながら近づいてくる。驚いた通行人たちは聖書の奇跡ムーヴで道を開けていく。

 双羽が彩華を背に庇った。


「先輩、ここは私が……!」

「大丈夫、しばらくは僕が。――初対面だと思うけど、どなた?」


 双羽も返事をする義務はないと分かりつつ、敢えて答える。

 単に時間を稼ぎたかっただけだが。

 やっと返事を貰えたペストマスクが満足したようにふんぞり返えると、軽くマスクを弾いた。


「その汚ったねぇ目……テメエら吸血鬼だよな。駅裏から流していた配信を見たぜ?」


 ペストマスクが威圧してくる。

 だが全く動じてない双羽が、にっこりと笑い返した。


「確かに『マシスン病』に罹った経験はあるよ。――あるから言わせて貰うけど、僕らは普通の人と()()違う」


 少しにアクセントが乗る。

 彩華のスマホにも並んでいたミステリアスな笑みが、ペストマスクの虚仮威しを蹴散らしていく。

 双羽がさらに畳みかけた。


「僕たちを《吸血鬼》と呼ぶのなら、当然《後遺症》のことは知ってるよね?」


 ズズズ――

 周囲の空気がゴソリと動いたような気配がする。

 双羽たちが吸血鬼と呼ばれているのは、その見た目だけが理由ではない――


「おおよ、テメーらは化け物みてーな怪力持ってたり、超能力とかを使うんだってな?」


 ペストマスクが双羽たちを鼻で笑う。

 彩華がそっと位置を変えた。

 力の偏りがまったくない足裁きは、強さを志している者が見えれば高スキル持ちだと一発で分かるものだ。

 だが、ペストマスクは気にも止めない。

 彩華の実力に気付いてないのか、気付いても敢えて無視しているのかは読めない。

 代わりに下卑た笑い声を上げた。


「しっかし……吸血鬼を四人もやっちまったから、警戒されたかと思ったぜ。やっぱり吸血鬼ってのはバカが多いな!」


 ペストマスクはわざわざ両手をポケットに突っ込むと、昭和チンピラっぽく肩を揺すりながら双羽に迫る。

 待った方がいいのかな……そんな顔で双羽が待つ。


「吸血鬼は既に死んだ人間で、死体を壊しても殺人罪にはならないんだそうだ。だから――死ねよ、吸血鬼!」


 矛盾した台詞と共にヤクザキックが放たれる。

 フォームは素人丸出しで、挙げ句に双羽までギリギリ届かない。


「うおっ!?」


 本人の理想より足が短く、身体が固く、挙げ句フォームが悪くて軸足がブレたのだ。

 焦りすぎだ。

 空振りから無様なダンスを踊り始めたペストマスクへ、音もなく飛び出した彩華がローキックを放った。

 こちらは明らかに格闘技の素養がある一撃だ。


「でっ!?」


 スパン!!

 鞭みたいに鋭くしなった蹴りで、ペストマスクが軸足を刈り取られた。そのまま尻餅を打って地面に這いつくばる。

 無様の二回目だ。

 距離を取った彩華が首をかしげる。


「先輩、コイツ負けるのが難しいレベルで弱いです。もしかして《吸血鬼》襲撃事件の犯人とは何の関係もない人かも?」

「お、お、俺は本当にヴァンパイアハンターだ。吸血鬼を何体も倒してんだぞ!?」


 立ち上がってふんぞり返ったペストマスクを、彩華がジト目で睨む。


「今のを見る限りだと、ちょっと信じられませんね。――相手にしたのは、どんな吸血鬼だったんです?」

「なら教えてやんよ! まず――」


 あからさまな誘導に乗ったペストマスクが、武勇伝をベラベラと喋り始めた。

 静かに聞いていた双羽と彩華が頷き合う。


「最初のは何とも言えないけど、吸血鬼を詐称していた配信者二名に、最後の十歳の女子の件は間違いない」


 双羽の声には怒気が籠もっていた。

 吸血鬼の敵対者であることもあるだろうが、何より子供を襲ったことが許せないようだ。


「了解です! 小さい女の子の顔に傷を付けるような奴、成敗です」


 ペストマスクの言動は、二人のカムコーダーやスマートウォッチに逐一記録されている。

 それすら気づいてなさそうなペストマスクが、再びふんぞり返えった。


「分かったらさっさと死ねよ、吸血鬼!」

「お断りです!」

「ぶぼっ!?」


 双羽に飛びかかろうとしたペストマスクに、彩華が再びローキック。

 鋭い一撃に、ペストマスクのレンズが曇る。マスクの中で唾の泡が飛び散ったらしい。

 彩華は再びジト目だ。


「貴方、ちゃんと訓練とかしてます?」


 様子から追撃不要と判断した彩華は、双羽の盾ポジションへ戻った。

 双羽は記録に徹している。

 ペストマスクが肩をワナワナと震わしながら、再び飛びかかってくる。


「こっ、ここ、このぉ!!」

「もしもーし? 人の話を聞いてます?」


 彩華はさっきと違うポジション、違う姿勢から、さっき蹴飛ばしたところとまったく同じ箇所へ蹴りを叩き込んだ。

 それもさっきより強く、風圧でデッキのタイルがめくれ上がるかと思うほどの鋭いローキックを!


「ぶごっ!?」


 必殺技クラスの蹴りを負傷した箇所へモロに食らい、ペストマスクが痛さで飛び上がった。


「――て、てめっ、素早いタイプのゾンビかよ!?」


 彩華に代わり、双羽が自分の目をちょんちょんと指す。

 その目は色彩が反転したままだ。


「見ての通り、僕らはマチスン病の『後遺症』がとても強く出ている。君がこれまで襲ってきた吸血鬼を詐称する人や、まだ小学生だった吸血鬼とは違うよ」

「私も先輩も一度死にかけたのは事実ですけど、病気が治った今は健康ですよ」


 二人にペストマスクと会話する気はなかったが、まさか人混みで襲ってくるとは思っていなかったので()()の準備が整ってない。

 合図があるまで、少し時間を稼ぎたいのが本音だった。

 幸い、今のところペストマスに逃走の気配はない。

 自分が理想とする結果が実現できず、それどころではないように見える。


「手前ぇら、何だっつーんだよ!?」

「あなたが散々言っているとおり『吸血鬼』ですよ」

「だったら死ねよ!」


 駄目だこいつ――彩華が無言で嘆息したとき、人混みから幾つかの気配が動いた。

 気配の主は、チラっと彩華に目配せする。


「先輩……大丈夫っぽいです」


 彩華がこそっと呟く。

 増えてきた人垣に、強面の男女が交じり始めていた。頃合いか。

 双羽も頷く。


「僕らは吸血鬼で……所属は《D機関》だ。お前の発言は記録しているから、このまま警察に引き渡す」

「けっ、何を言うかと思えば……警察ってのは正義の味方、つまりオレの味方だよ。分かったか吸血鬼ども!」

「――へ?」


 彩華が素で変な顔になった。横で双羽も困ったように眉根を寄せている。

 そんな二人へ助け船を出すかのように、大勢の人間がこちらへ向かってきた。


「警察だ、大人しくしろ!」


 デッキの各出口を押さえるよう、バラバラと強面の男女が走り寄ってくる。

 どうやら私服警官らしく、双羽、彩華、ペストマスクの三人は瞬く間に囲まれた。


「どうも、ご協力感謝いたします!」


 警官たちが――双羽と彩華に礼を言って、二人の前で盾になる。それを見たペストマスクが激しく動揺した。


「なんで!?」

「いや、なんでって……あいつ本気で驚いてますよ、先輩」


 双羽の腕に捕まりながら彩華が呟き……そして気付いた。いま双羽と腕を組んでいる!


「なんだよ、このクッソ女ども!」


 ペストマスクに睨み付けられた双羽がくすくす笑うと、大きなマフラーを解いた。

 細い首と、華奢な肩が露出する。


「ご免、僕は男だよ。()()()


 だが綺麗な喉に、男性特有のポコっとした部分がない――いや、一応はあった。あるように見える。多分きっと。

 襟元を整えた双羽は、彩華をチラっと見てから誇らしげに笑う。


「勿論こっちの可愛い後輩は正真正銘の女の子だけどね。ただ、君は好みじゃないってさ」


 双羽から実感のこもった口調で可愛いと言われた彩華が、感動に震えながら真っ赤になる。

 ペストマスクも別の意味で真っ赤になった――らしい。マスクで顔色が見えないが。


「うっわ気色わり!? へーんたーい、やーい!」

「せっ、先輩に何を言いますか!」


 令和では子供すらやらない煽りに、彩華が激怒して言い返す。その横で私服警官の一人が同僚へポツリと呟いた。


「――なあ、男に見えるか?」


 横にいた警官がマフラーを戻した双羽を見てしばらく唸った後、小さく強く首を振る。

 だが幸い誰にも気にされなかった。

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