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吸血鬼のおしごと/カラスにコウモリ、オオカミと  作者: kaichi
第四章 流れよ我が涙――と、狩人が叫ぶ
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第17話 闇の色、夜の色

Scene-19(屋内)廃病院ロビー - 真夜中(cont’D)


「な、なんか調子狂うな」


 ロビーの真ん中で、大男二人と巨体が一度ブレイクする。

 たまたまペストマスクの正面にいてしまったザーチが、警棒をヒュカっと構えた。


「まあいい……おら、かかってこいや!」

『キッシャー!』


 煽られた巨体が津波のように突進してくる。

 まず右ストレート!

 ゴツゴツして硬そうな拳がザーチへ叩き込まれる。


「くっ……なんの!」


 ザーチは巧みに最初の一撃を受け流し、伸びきったペストマスク腕に警棒で反撃を叩き込む。

 だが、鈍い手応えが返ってくるだけだ。

 ペストマスクは濁った目でギロリと睨めつけると、今度は波動を叩き込んできた。

 こちらは物理の防御を素通りする。

 不可視の一撃が見えないハンマーとなって、ザーチを吹っ飛ばした。


「げぶっ!?」

「ザーチ、いま行くぜ!」


 ウレリトが反対側からペストマスクの背にナックルを叩き込んだが、ゴムを巻いた鉄骨を殴ってるような感触しか返ってこない。

 ダメージが通っているような気配はない。


「くそ、質量効果が固い!」

『ゲラゲラ!』


 妙な笑いを繰り返すペストマスクが長いベンチを持ち上げ、派手に振り回しながら攻撃してきた。

 避け損ねたウレリトが派手に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 ダメージで一瞬フリーズしたところへ、ペストマスクが巨大なベンチをブン投げてきた。


「おわっ!?」


 ベンチはウレリトの頭上スレスレに突き刺さり、木っ端微塵に砕ける。

 まるで爆発だ。

 余波でウレリトの額が少し切れる。


「これも波動か、さすが……」


 ヘルシングと続けようとして口を閉じる。

 間違いなく、ペストマスクの攻撃には《波動》も乗っていた。それで打撃などのパワーが強化されているのだろう。

 ウレリトが不敵に笑い、流れてきた血をグイと拭う。


「パッシェンデールで《原種》のサナギを掘らされた時を思い出すぜ。あんときも覚醒したバケモノがこうやって暴れまくって……」

「一次大戦のコトなんて、()()()は知らな……あ、おい、ウレリト、眼鏡!」

「え?」


 切れた額から流れた血で滑り、ウレリトのARグラスがズルりと外れた。

 下にあったのは、色彩が反転した目で――

 そこへ、双羽たちが飛び込んできた。


「奥は防災扉がしまって開かないし、こうなったら……え? あ、お二人とも吸血鬼だったんですか!?」


 そんな気配を微塵も感じなかった双羽は、本気で驚いているようだ。

 つられて莉子も覗き込む。

 見られたウレリトが慌てて隠すが、もう遅い。


「いや、これは……」

「ギッシャーッ!」


 ペストマスクが吼え、突進してくる。

 ザーチが警棒を構えて迎え撃つが、物理打撃はともかく《波動》はどうにもならない。


「うおおお!?」


 波動でザーチの顔の横がざっくり切り裂かれ、グラスが吹き飛ぶ。

 こちらも目の色彩が反転していた。


『ゲタゲタゲタ!』


 笑うペストマスクが一撃を放とうとした瞬間、D装備を輝かせた双羽がペストマスクの前に立ち塞がった。


「大丈夫ですか!」

「危ねえぞ、兄ちゃん!?」

「僕にはD装備というのがあります。それより相方さんのお怪我は大丈夫ですか?」


 ロビー中に荒れ狂うペストマスクの波動が、双羽の周りだけ静かになっている。

 ずっと遠くから、サイレンの音が響いてきた。

 どうやら警察も到着したらしい。

 だが建物は電源喪失状態で、ロビー正面の自動扉はスイッチが入らない。奥の防火扉もそう簡単に開きはしないようになっている。

 挙げ句、中では猛獣より厄介な巨体が大暴れしているのだから、警察が到着したとしても簡単には入ってこられないだろう。

 ザーチとウレリトがそうしたからだが、双羽たちには分からない。


「兄ちゃん、ちょ……」


 ザーチと双羽の目があった。それから莉子とも。

 運悪くか、運良くか――


「はぁ……OK、この場だけ組もうぜ。あのデカブツをぶっ倒して、ここから逃げるんだ。そして皆で朝焼け見ながらカツ丼食おう。あれ美味いよな」


 吸血鬼の色彩を晒したザーチも前へ出る。

 腹に一物あるらしく口の端が微妙に引きつってはいたが、個人的に双羽みたいなのは嫌いなタイプではないらしい。

 それが伝わったのか、双羽も少し気を許した。


「どうも、双羽です。そちらは莉子さん、後ろにいるのは彩華、篠生さん、マオさん」

「オレはザーチ、後ろでニヤニヤ笑ってやがるのはウレリト。嬢ちゃんたちも、よろしくな!」


 ぐう……

 皆の返事より前に、莉子のお腹が鳴る。

 真っ赤になった。


「あの……ごめんなさ……」

「顔色からして、なりたてだよな? そりゃ腹が減るよなあ」


 ザーチがポケットからチョコバーを取り出した。

 コンビニで普通に買える奴だ。


「オレの残業用オヤツですまんが、腹に入れときな。変異初期は凄い勢いでカロリーを消費するからな」


 莉子がちょっと困ったようにチョコを見て、彩華を見た。

 なんで、このタイミングで私を見るのでしょうか――という顔で、彩華から見返される。

 莉子が諦めたようにチョコを受け取った。


「ありがとうございます……んぐ。お、美味しいです……」

「だよなあ、いつも買いすぎるぜ」

『ゲラゲラ!』

「――うわっ!?」


 ペストマスクの波動がデタラメに放射され、空気が轟と唸った。

 余剰分が光球や電流となってロビーで荒れ狂う。

 ザーチが周囲を一瞥する。周囲に居るのは――女性、女性、女の子、女の子。そして男の子に、むさい大男二名。


「男はつらいぜ。――行くぜ、双羽くん! ウレリトも!」

「はい!」

「やれやれ」


 ザーチが警棒でガードしつつ、真っ正面からペストマスクへ突進していく。

 双羽は側面から、ウレリトは最後尾で女性陣の盾。


「おら喰らえ、化け物!」


 ザーチがペストマスクへ、警棒を全力でブチ込んだ。

 双羽もD装備から波動を放つ。

 そのまま二人と一体が打ち合い――ザーチだけ吹っ飛ばされた。

 やはり《波動》の有無は大きい。

 ぶっ飛ばされたザーチが、正面の強化ガラスに叩きつけられる。ひび割れて真っ白になり、遠くに見えていたサイレンやヘッドライトを隠した。

 同時に遠くからポン、パパパンという破裂音が連続して響いてきた。煙が発生し、パトカーやD機関の車両が次々に急停車する。


「……」


 へたり込んだままのザーチが渋い顔をした。これで到着が少し遅れるだろう。そう意図して自分たちが仕掛けた罠だが……

 間隙を縫うように、ザーチの元へマオが飛んでくる。 


「大丈夫?」

「何とかね」


 マオが肩を貸そうとしたが、ザーチは自力で起き上がった。

 見つめるマオの表情は微妙に硬い。

 篠生もだ。

 二人ともザーチとウレリトへの警戒を解ききっていなかった。――吸血鬼にも()()な連中がいることを知っているのだ。

 そうね、ジッサイ色々いるよ……二人の本心に気付いたザーチが、胸の中で皮肉げに呟く。

 後ろでは双羽とペストマスクの波動が拮抗していた。

 光と電気の相乗効果を受け、部屋中の空気が派手に軋む。時々スパークも走った。


「彩華、リクを助けるよ!」

「はいっ、篠井さん!」


 篠生が空中から、彩華が地面スレスレから、上下で蹴りを叩き込んだ。

 だが、こちらも効かない。


『ヴォルルル……』

「頑丈だし、体力凄いし、なんだこい――うわっ!」


 着地直前、篠生の足が飛んできたペストマスクに掴まれる。

 そのまま太い柱に叩きつけられる――寸前に、篠生が身体を折って螺旋に捻り、するりと戒めを抜けてしまった。

 すっぽ抜けた篠生は柱に激突したペストマスクを足元に見つつ、三角飛びの要領で軽々と着地する。

 派手なパルクールだ。

 変異してから、空中は彼女のホームなのだ。

 だがペストマスクは驚きもせず、即座に方向を変えて襲いかかってくる。


『カカか、にガさネエよ』

「喋った!?」


 もはや知性が残っていないと思い込んでいた全員が、驚いて巨体を見上げた。

 ペストマスクの変異は身体全体に広がっている。

 その姿を一言でいうならば、伝説に出てくる人食い鬼(オーガ)か。

 どうにか呼吸を整え終えたザーチが、寄りかかっていた強化ガラスの壁から背を離し、ニヤリと笑う。


「あのサナギよりは、マシな顔だぜ……うらああ!」

『ゲラゲラゲラゲラ!』


 ザーチが再びペストマスクと殴り合う。

 そこにウレリトが加わり、さらに篠生、マオも加わった。


「ザーチ、加勢するぜ!」

「私たちも!」

「――すいません、皆さんを盾にさせてください」

「おお!」


 彩華の叫びに、ザーチとウレリトが応えた。

 篠生とマオの援護の元、二人がかりでペストマスクの猛攻を抑える。

 その影から彩華が飛び出した。


 彩華が全身を使ってペストマスクの足を払う。

 まるで効いていない――ワケではない!

 巨体を支えるペストマスクの足が外側に大きく吹っ飛ばされ、上半身が大きく揺らぐ。

 彩華の波動だ。


「いいぜ、嬢ちゃん! ――つなげるぞ、ウレリト!!」

「おお!」


 彩華の生み出した隙をウレリトが受け取る。バランスを崩したペストマスクの懐に潜り込むと、股間へ片手を差し込み、もう片手で首元をロック。

 飛んで来たザーチも反対側に取り付き、そのまま二人がかりで巨体を持ち上げた!


「うおおおお!」

「おお……らあっ!!」


 二人の腹と背がギュルンと音を立てて絞り上げられ、胸と腕の筋肉が震えながら膨れあがる。

 シャツのボタンが一気に弾けた。

 そのままペストマスクの全身が引っ繰り返される。頭が下、足が上。頂点で、巨体と巨体が静止して――


「くらええ!」

「おうりゃぁぁ!」


 暴れ始めたペストマスクを無理やり押さえ込みつつ、本人の自重をタップリ乗せて巨体の頭部と肩口を床へ叩きつけた!

 ボディスラムの一種か、あるいは垂直落下式ブレーンバスター。

 叩きつけられた巨大な頭部が床をクレーターみたいに陥没させ、コンクリート基盤に衝突して動かなくなった。


「っしゃー!」

「か……かかかか!」


 だがペストマスクが潰れた頭から哄笑を響かせると、ロビーに突風が吹き荒れる。そのまま、のそりと立ち上がった。

 マオが冷静に観察する。


「ダメージが通ってない……わけでもないね」


 ペストマスクが一番ダメージを負っていたのは、意外にも足だった。

 彩華が打った箇所だ。

 それは打撃――ではなく、彩華のD装備が生み出す《波動》の効果だ。

 ウレリトが腕で滝の様な汗をグイと拭う。


「ぜー、ぜ、全力、だったんだが……傷つくぜ!」

「アレで駄目なら物理は諦めた方がいいかも」

「なら犬蓼さんと双羽くんのD装備をメインにして、残り全員が二人をサポートするしかないかも。頼める?」


 小さく頷いた双羽が、すうっと目を細めた。

 手の甲に付けたD装備がゆっくりと輝きを増していく――


「まず、仕掛けてみます」


 キィィィン!

 双羽の持つすべてが注ぎ込まれたD装備から、ガラスを弾いたような音が響きわたる。額にも不思議な図形が浮かび上がり、さらにバイザーみたいに展開して顔の前面を覆った。


「先輩、何か攻撃でも?」

「いいや、《鴉》にはこういう能力もあるんだよ」


 それは攻撃や防御のためではなく――

 見えない筈のモノが見える双羽の変異知覚が、D装備とペストマスクから放たれた《波動》を捉えた。


「――よし、見える。ペストマスクの身体を何かが覆ってるね。全身から《波動》を放射して打撃を防いでいるんだ」

「ああ、解析ですか!」


 効く効かないの問題ではなく、届いていない。

 ザーチが双羽にこっそりと呟く。


「双羽くん、手からオーラ弾とか出してアイツをぶっ倒せないかな。後ろから格好いい歌で盛り上げるからさ!」


 双羽が苦笑いする。

 ザーチが自分の肩の力を抜いてくれたと理解した。


「すいません、やれるようになったら教えます」

「なら次善の策だ。――オレとウレリトで奴の動きを一瞬止めるから、そのレンズみたいな奴で見えない《何か》を払えないかな。そこを皆で打つ!」


 ザーチの提案に双羽が頷いた。


「なるほど……可能かも知れません、やってみます!」

「そこのお二人さん、私たちも手伝う?」

「オレとウレリトで双羽くんの盾になる、大丈夫。――こういうのは、ヤローの仕事だ」


 篠生の提案を断り、ザーチとウレリトが走り出す。

 そのままペストマスクへ突っ込み――ガシッ!

 打撃をかわしつつ、巨体と真っ正面から組み合った。


『ゲラゲラゲラゲラ!』

「うおぉぉーっ!」

「ぐぐ……!」


 ザーチとウレリトの筋肉が再びミチミチと盛り上がり、ペストマスクの動きを無理やり止めた!

 だが、長く持たないのは明らかだ。


「くががががっ……ふ、双羽くん、オレの背を使っていいぜ!」

「ありがとうございます、彩華はそこでサポートたのむ!」

「はい、先輩!」


 双羽が二人の背中を蹴ってペストマスクに肉薄する。

 ペストマスクが双羽を払おうとしたが、ザーチとウレリトがガッチリ押さえて離さない。


『ゲラゲラ!!』

「はぁーっ!」


 飛び上がった双羽がベストマスクの頭部にしがみつき、D装備の波動を叩き込んだ。

 二つの波動が至近距離でぶつかり合い、虚空で拮抗する。押し合う力はほぼ互角か。


「敵対する波動同士がぶつかると、こんな感じになるのか……!」


 彩華の波動はむしろこっちに合わせてくるような感覚があるのだが、ペストマスクのはまるで違った。

 反発力とでもいうべき《力》によって、細胞単位で身体をバラバラにされそうに感じる。ブチ、ブチと双羽の皮膚が小さく裂け、血の霧が波動に散った。

 だが、ペストマスクの肌も同じように双羽の影響を受けている。


「よし、こっちのも効いてる。――お二人とも、まだ持ちますか!?」

「腰が痛てぇよ、歳なんだ!」

「……」


 筋肉のカタチに汗の滝を流しながら、ザーチが叫ぶ。

 ウレリトは無言だったが、目は真剣だ。

 何故か上の方をチラチラ見ているようだったが……

 二人はズリズリと押し込まれるが、ギリギリのところで必死に踏ん張っていた。莉子、篠生、マオ、そして彩華も、不安そうにこちらを見上げていた。

 双羽が、色彩の反転した目を見開く。


「波動の特性を……ラボでは散々やったんだ、思い出せ」


 変異で獲得した双羽の波動知覚が、光学的特性と電気的特性を併せ持つペストマスクの波動を捉える。

 ――はっきりと見えた、感じた!


「よし、行ける!」


 双羽がD装備の出力を上げると、ロビー中にパシ、パシッ! と、火花が飛んだ。余剰の波動が電気に変換されているらしい。

 バシ、バシ――キィィィン!

 鋭い音とともに、波動から変換された力場が双羽の背後に展開されていく。後を追うように、その背をオーロラみたいな光が覆っていった。

 まるで翼みたいに広がりながら――

 見上げたザーチとウレリトが、感嘆の声を絞り出した。


「うひょお、『オーロラ=アレイ』かよ!?」

「羽化したみてーだな!」

「お二人とも、一瞬だけ何とかします!」


 双羽の手が、ギリギリとペストマスクの波動をこじ開けていく。

 パキィィン!!

 ついに崩壊した。部屋中で荒れ狂っていた波動がまるで砕け散ったように凪ぐ。周囲を真空のような無音が支配した。


「今です!」

「おおおおお……おおりゃーっ!!」


 パンパンに張っていたザーチとウレリトの筋肉が、ギュルッと絞り込まれた。そのまま二人がかりでペストマスクを持ち上げる!

 双羽が波動を維持しながら飛び降りた。


「このまま維持します、大丈夫です!」

「おおお、限界トッパー!」

「双羽くん、いいケツだったぜ!」


 そのままザーチとウレリトがペストマスクを脳天から叩きつけた。

 さっきよりずっと強く!

 工事の杭打ち機みたいな音が響き、垂直の衝撃で一瞬だけ床から家具や人が浮く。放り出された双羽は、飛んできたウレリトがお姫様抱っこした。

 抱かれた本人は《波動》の使いすぎか、脱力して腕の中にすっぽり収まっている。ドサクサで叫んだウレリトの言葉は聞こえなかったようだ。

 ザーチがダクダクと汗を流しながら大きく息を吐いた。


「はぁ、はぁ……ふう! ちっきしょ、久々に血圧が上がっちまったぜ。年寄りは大事にしろよ」


 ボヤきつつ、落ちていたウレリトと自分のグラスを拾う。その手が震えていた。力を使いすぎたせいだろう。

 篠生がそーっとペストマスクの様子を見た。


「倒したの……?」 


 変異した肉体はそのままだが、ピクリとも動かない。

 首の骨が完全に折れているようで、体温も、動きも、波動も感じない。


「多分な。それより、そっちは怪我ねーか?」

「ええ、何とか」

「そりゃ()()

「え?」


 振り向いた篠生にザーチの蹴りが飛んだ。

 鈍い衝撃とともに、スレンダーな身体がくの字に折れる。


「ぐっ……!」

「篠生さん!?」


 飛び出そうとした莉子を、ザーチが目で制した。気まずそうな顔なのが唯一の救いか。


「どうして……」


 莉子が呆然と二人を見上げた。

 無意識に上着のポケットをまさぐるが、借り物のジャケットには何もない。

 震える手だけをぎゅっと握りしめる。

 視線を遮るように立ち塞がったザーチと、精根尽き果てた双羽をお姫様抱っこしたウレリトが器用に肩をすくめた。


「悪いね、こっちも色々都合があってさ?」

「奥へ逃げときな。それが嫌なら――自分で夜を見通してくれ。もう手探りの時間は終わりだぜ、吸血鬼!」


 言い放つと、ザーチが篠生にもう一発蹴りを放つ。

 だが彼女は爪先が到達するタイミングに合わせ、身体を反らした。

 爪先を両手で掴み、その勢いでジャンプ!

 飛んできたマオが篠生を救い出し、同じように飛んできた彩華が二人の大男に正対する。

 双羽もウレリトの手から逃れようとするが、こちらは脱力して上手く動けない。


「あ、あの……どうすれば」


 オロオロとしながら莉子が彩華、篠生、マオを見る。

 次にザーチとウレリトを見て、最後に捕まったままの双羽を見た。

 他に誰もいない。

 いつも闇から聞こえる母親の声もなくて――


「あ……」


 そこでやっと自覚した。自分は()()()()()()()()

 吸血鬼が見ている色で、だ。

 闇の中で自分は一人だけれど――夜の中では、一人じゃない!


「そうだ……私にだって」


 意を決した莉子が自分の身体を感じ取る。どうすればいいかは不思議と理解できた。

 すぅと息を吸い込み――

 その横で、激しい戦いでボロけた彩華がザーチとウレリトに吼える。


「先輩に何しやがりますか!」

「こっちも色々あってな。ウレリト、そっち頼むぜ。サンプル採取器は鞄に――」


 だが相棒から答が返ってこない。


「先輩に何しやがりますか!」

「だから、こっちにも色々……ん?」


 彩華の声が一語一句同じであることに気付いたザーチが、慌てて周囲を確認した。

 あるのはボロボロのロビーと――そう意識を向けた瞬間、ロビーの映像を認識していた脳の何処かがバシャリと落ちたような感覚が襲ってくる。

 ザーチの視界が真っ白に塗りつぶされた。


「き、霧……!?」


 誰かが自分の感覚器や神経系に干渉している――そう見破った。

 見破ったが、そもそも相手は誰で、何を持って自分へ干渉しているのか分からない!


「げほ、ごほん……!」


 パッ!

 小さな咳と共に視界が元に戻った。

 その方向にいたのは――莉子だ。


「今のは嬢ちゃんかい。くう……やるねえ!」


 頭を振った。

 一瞬とは言え、視覚などの感覚を根こそぎ奪われたのだ。

 だが一瞬でしかない。

 戦いの真っ最中であればともかく、余裕のある中での一瞬程度なら致命傷にならない――


「――ぶぶっ!?」

「あん?」


 双羽を捕まえていた相棒の声がくぐもった。それ以外の反応がない。

 ザーチが目の端で状況を探る。

 相棒は何故か頭をぐいーんと後ろへ大きく反らしている。そのさらに後ろには――首がヘシ曲がったペストマスク!


「げええ、まだ生きてるのかよ!?」


 行動は――ペストマスクの方が圧倒的に早かった。

 一瞬が命取りになる。

 ウレリトの首から骨の折れる鈍い音が響き、だらんと開いた口から泡を拭きこぼれた。


『オオオオ!!』

「この……ぶべっ!」


 ペストマスクから強力な一撃を受けたザーチの首も、一撃でヘシ折れられた。

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