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吸血鬼のおしごと/カラスにコウモリ、オオカミと  作者: kaichi
第三章 少女と世界の真実
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第16話 反転衝動

Scene-18(屋内)郊外の病院跡 - 真夜中(cont’D)


「大人しくしろ!」


 入口から複数人の声が上がる。現れたのは彩華、双羽、篠生、マオの四人だった。

 双羽が半裸の莉子に飛びつくと、自分のアウターを羽織らせる。


「なんだ!?」

「ど、どうしてここに……」


 すっ飛んできたザーチとウレリトの二人は、開いた口を塞ぐ暇もない。

 ペストマスクの震え声に、篠生が唾を吐くような口調で答えてやる。


「莉子ちゃんのスマホだよ。――あと、お前が吸血鬼の嘘を暴いたぜーって写真付きで間抜けに書き込んだのもあるよ、ペストマスク!」

「しゃ……!?」

「か……きぃ、こみぃ?」


 ザーチとウレリトの見えない顎がドスンと床に落ちる。

 開いた口がふさがらない。

 最初に病院へ入ったときペストマスクを一人で放置したこと、何より馬鹿を侮ったことが敗因だった。

 だが当の本人は意に介さず、逆に双羽たちを嘲笑う。


「テメーらの嘘は全部暴いたぜ……このオレがな! 本当は弱いんだろ!?」

「え?」


 想像もしてなかった指摘に、双羽が変な声を上げてしまう。

 ペストマスクは気にせず、ポケットに手を突っ込んだまま双羽にフラフラと寄ってくる。

 何となく一番弱そうに見えたのもある。

 確かに《鴉》タイプは三つの中で一番フィジカルが低いが、あくまで吸血鬼の中ではだ。

 駅前での騒ぎの時には、警官たちよりずっと身軽に動いている。

 待った方がいいのかな……そんな顔で悩んでいた双羽だったが、今回は待つ必要がないかと納得すると、ペストマスクを無造作に放り投げた。


「は……どげっ!?」


 ポケットに手を突っ込んだままだったので、尻を打ち付けてから後頭部を強打する。

 よほど痛かったらしく、顔を赤青に変色させたペストマスクがブリッジで下がった。


「な……ど、して……弱いハズだぞ!?」

「病気はもう治ってるからね。健康なんだから、普通に動けて当然だよ」

「なら何でそのガキは弱い!?」


 ペストマスクの言葉に、マオが一喝する。

 ビシッと指を突きつけた。


「まだ病気が治ってないからだ! 弱ってる病人を誘拐して裸にするような真似して、タダで済むと思うな!?」

「オ、オレがやったんじゃ……」

「裁判でどーぞ、諸々ぜーんぶ洗いざらいね!」


 車を普通に運転していた以上、裁判で心神喪失が認められる可能性は低いと踏んだマオが吼えた。

 道交法をしっかりと守りつつ、周囲の状況に合わせて車を運転するには高度な判断力を必要とするのだ。判断力のある人間の心神喪失が認められた例はない。


「さ、裁判……!?」


 その一言がペストマスクのトラウマを直撃する。

 逮捕、拘留、家裁、院、そして弁護士、マスコミの取材に父親……父親!


「父さんに知らせるのは止めてくれ!」

「暴行、傷害、誘拐その他諸々! とっくに警察がしてる。お父さんからは何の連絡もなかったの?」

「そもそも連絡くれねーよ……」


 何かで潰されたような声だった。

 その言葉を聞いて彩華がそっと双羽の様子を伺うが、無反応。

 家族の問題については強く気に掛ける双羽だが、物事には()()があるらしい。

 ペストマスクが後ろにいる筈のザーチとウレリトに縋り付こうとして、手が空を切る。

 二人に避けられた。


「おい!?」

「貴方たちは誰?」


 篠生が慎重に大男たちの出方を見る。

 ペストマスクの仲間には見えないが、なら何故ここにいるのかが分からない。

 疑惑を知ってか知らずか、二人は無害そうに愛想笑いした。どっちもARグラスを付けたままなので、イマイチ愛想ないが。

 ――双羽が何故か背筋を震わせた。

 どっちかが自分の後ろを見た? あるいは尻を?


「……?」

「コイツちょっと興奮してるだけでさ? いま落ち着かすから待ってくれ」

「だから、あなた方は誰?」


 篠生が鋭く問いただす。ザーチとウレリトは体格もよく、脅威になり得る。

 問われたザーチがさらに愛想よく笑った。


「オレたちは、ただのセールスマンだよ。扱ってるのはサプリとか健康器具、後は自由診療のお高め医薬品」

「オレたちも一緒に出頭するから勘弁してくれよ、こっちも驚いてるんだ」


 ザーチに続き、ウレリトも愛想笑い。

 その言葉を聞いたペストマスクが目を剥いた。


「な、何を言いやがる、お前らが薬を売ってくれたじゃねーか!」

「ああ、売ったよ。有名な漫画家さんが〆切間際で踏ん張るために生まれた、注射タイプのエナドリを。ニンニク注射よりきくぜー?」

「他にも色々と扱ってるんだ。例えばダイエット剤や、胎盤から抽出したアンチエイジング剤……おっと、正確には更年期障害の治療薬とかさ。四十超えた人がいたら声かけてよ。――あ、クーポンいる?」

「ただ一部の奴はドーピング認定されちゃうから、スポーツ大会に出る人は使っちゃ駄目だよ」


 ウレリトとザーチがうんうんと頷く。

 その物言いにペストマスクが目を剥いた。そんな話しを聞きたいわけじゃない――そんな顔で。


「ふうん……」


 そのペストマスクの顔が、双羽たちの警戒心を少しだけ緩めた。

 胡散臭そうではあるけれど、ペストマスクは金だけは持っていそうだ。搾り取る分には勝手にしてくれとしか言い様がない。

 追い打ちでペストマスクが畳みかける。


「けっ、警察の手配とか言ってるが、みみ、見え透いたウソだ。オレが納得してないのに罪になるわけねー! 絶対に冤罪だ!!」


 彩華がマオにそっと耳打ちする。


「冤罪って、アレって本気で言ってるんでしょうか?」

「ゴネ得を狙ってるだけじゃないかな。裁判でもそう主張する人いるけど、無意味に長引くし、和解できなくなって首絞めるね」


 そんな会話を余所に、ペストマスクがザーチに詰め寄った。

 詰め寄られたザーチは、ポケットから片手だけ抜いてペストマスクに差し出した。もう片手はポケットの中だ。


「まずは起きたらどうです?」

「……」


 手を取って立ち上がったペストマスクが一度縋り付くような顔を向けたが、作った愛想笑いに弾かれる。

 ザーチが手を隠しつつ近づくと、ポケットから注射器銃を覗かせた。

 ARグラスの奥にあったのは黒い嗤い――


「なんだ、分かってるじゃん!」


 歓喜の叫び声とともにペストマスクがザーチに飛びつき、離れた。

 その手には注射器銃があった。

 代わりにザーチが自分の手を見た。空っぽだ。


「え?」

「かかか、そうだよ……そうだ。オレは吸血鬼ハンターだぜっ!」


 カシュ!

 高圧空気の抜ける音が響く。

 カシュ! カシュ!

 さらに二回。


「う……」


 さらに引き金を引こうとしたペストマスクが嘔吐き、壁に背を突く。

 注射器銃が足元へ落ちた。

 銃を拾おうとしたザーチとウレリトの前で、振り返ったペストマスクが盛大に吐いた。

 ドロドロになった銃からカチっと音がし、圧縮空気が抜けた。熱風が散る。


「ああ……」

「けけ、かかかか!」


 ペストマスクがドロドロになりながら嗤う。

 プツっと鼻血も流れ出した。

 ザーチが混乱しながら、どこかに説明してくれる人間がいないか探す。


「え……と、え?」


 何となく視線が流れ、双羽と偶然目が合った。

 双羽にも詳細はよく分からなかったが、ザーチの困惑度合いにはリアリティがあった。リアルで困惑していたから当然だが。


「――そこの二人、そいつから離れて!」


 双羽が叫ぶ。

 やっぱり胡散臭いのでザーチとウレリトを庇いはしなかったが、警告だけはしてやる。

 同時に他のメンバーも臨戦態勢に入った。


「けけけ、かかか……あかっ、へけけ」


 ペストマスクの肌が土気色と化し、目の色彩が毒々しく反転する。

 流石の彩華も気圧されてジリと下がった。


「せ、先輩、アレはなんでしょう……」

「分からないけど……変異で亡くなられた人たちを、一つに繋ぎ合わせたような」

「はっ、はははは!」


 濁った目が狂気に染まり、白朧に笑った。

 一歩踏み出すとズシンと部屋が揺れ、大男二人組も思わず身を寄せ合った。


「うげ、波動の質量効果が出てるぞ。ザーチ、コレちょっと不味くないか」

「すまん、未知数だ。安定剤を打ってないのに即死しなかったのは凄いと思うが……サンプル取れないかな、駄目かな」


 珍しくザーチとウレリトがオロオロしている。

 その間にも、ペストマスクの肉体がゴキゴキと増大していく。歪な巨人が生まれつつあった。


「ははははは!」


 哄笑に続き、特大の《波動》が放たれた。

 暴風みたいな衝撃を受けて、双羽たち全員が壁まで吹き飛ぶ。


「いだーっ!?」

「くっ……!」


 衝撃が連続する。

 彩華が物凄い勢いで化粧パネルにめり込んだが、無事だ。無傷ではないが。

 篠生は無茶なパルクールで壁を走ってから着地。

 マオと莉子はゴッチャに吹き飛ばされるが、寸前で双羽のカバーが間に合った。

 三人まとめて壁に叩きつけられ――


「ふっ……」


 双羽がD装備を解放した。レンズと額が淡く光る。

 物凄い恰好の莉子とマオを受け止めたまま、双羽が辛うじて衝撃を防ぎきった。


「え……?」


 ショックで莉子が目を開ける。

 朦朧としていた意識のままスマホを探した手が、下着の上を空振りした。

 莉子が、それで自分がどういう状況なのか思い出す。


「えと……え?」


 双羽を見て顔を赤らめ、満更でもなさそうに目線を逸らした先で――こちらに向かってくる異形化したペストマスクと目があった。

 怪物と化しているが、どことなく元の顔が残っている。


「ええっ!?」

「ゲラゲラ!」


 迫ってくるペストマスクを見た莉子が、マオと双羽にぎゅっと抱きついた。

 三人に巨人が迫る――


「双羽くん足場は任せた。莉子ちゃん、三つ数えるから一緒にね!」

「は、はい」

「いち、にー、さん!!」


 マオと莉子の綺麗な蹴りが、突進してきたペストマスクに叩き込まれる。

 タイミングを合わせた双羽のD装備が波動を放射した。


『ブゴガギッ!?』


 三乗の大衝撃が、ペストマスクの顎を跳ね上げた。

 巨体の両足が浮く。

 だが突進自体は止まらず、首を物凄い角度にネジったままペストマスクが引き戸を突き破って廊下へ飛び出していった。

 そのままズガンと反対側の壁にめり込む。

 巻き込まれた双羽たちも一緒に廊下へ投げ出され、莫大な量の埃が舞う。


「てて」


 廊下でくるっと回ったマオが双羽と入れ替わり、莉子と双羽を両方支える。華奢な女性の体格にしては凄まじい力だ。

 双羽が乱れた莉子の上着を直してやる。真っ赤になった莉子が胸元をしっかり押さえた。服からは彩華の匂いがしている。


「あの……これ、一体何が」

「説明は後で!」

『――けか、けかかかか!』


 走り出した三人を追うように壁からグッポンと首を引っこ抜いたペストマスクが、象みたいな地響きを立てながら追いかける。


「ええと……」


 残された篠生が、去って行く一段の背を呆然と見つめた。

 後ろで彩華がめり込んでいた壁からどうに復活し、穴と篠生の表情で即座に状況を把握する。


「先輩!」

「待って、私も行く!」


 飛び出した彩華を見て正気に返った篠生も、廊下へ飛び出す。

 その場にはザーチとウレリトが残された。


「――で、どうする?」


 問われたザーチが懐からチョコバーを取り出し、一息で全部食べる。

 脳に栄養が必要だった。


「むぐ……ふう、美味い。ウレリト、オレたちの目的は何だ」

「ヘルシングの完成」


 淀みない答えに、二人が拳を軽く打ち合わせた。


「培養臓器によるテストだけでは足りない。ガラスシリンダーの中には未知の条件なんて殆どないし、なにより《波動》を出さない。忌々しいあの《波動》を! だからこそ生きた人間で試す必要がある」

「そして試す以上、結果を知る必要もある。――サンプル採取のお時間だ」

「ちょうどD機関の吸血鬼たちが集まったし、奴らからも少々ご提供願おうぜ。どのくらい甘くなったか調べさせてもらおう」


 ニヤリと笑ったザーチが特殊警棒をスラっと伸ばした。

 ウレリトはベルト式のメリケンを拳に巻く。


「仕掛けを全部動かすぜ。甘々の突貫だからそれほど長くは保たないが、オレとお前がいるなら十分だろう」


 同時に建物中の電気がパシっと落ちた。

 さらに緊急搬送口に続く防火扉を閉めて固定する。正面扉は物理鍵で施錠済みだから、これで普通には出られないし、入ってもこられない。

 他の出口がなくもないが、警察などの普通の人間が探すのは骨の折れる作業になるだろう。そうなるようにしたのだ。

 やがて奥から爆発みたいな振動が連発して響いた。黄色い悲鳴も続く。

 しばらくして巨大な地響きが近づいてきた。


「行くぜ!」「おう!」


 完全な臨戦態勢で二人が廊下に飛び出した――その脇を、莉子を庇った双羽がすり抜ける。


「あ、有り難うございます!」

「すいません、よろしくお願いいたします」


 去り際に何故か莉子がお礼をいい、よくわからないまま反射的に二人へ会釈したザーチへ、双羽も礼。


「――え?」

『ゲラゲラ!』


 追ってきたペストマスクが、ザーチとウレリトに迫る。

 廊下一杯に広がる巨体が凄い迫力だ。

 マオ、彩華、篠生の三人は、巨体にしがみつくようにしてペストマスクへガシガシと攻撃を繰り返しているが、あまり効いてるようには見えない。


「え、と、あれ?」


 二人も成り行きで、突進してきたペストマスクに殴りかかった。

 ウレリトのパンチがイイ感じにブチ込まれる。


「さんくす!」

『ギシャーッ!』


 マオ、彩華、篠生がペストマスクから離れ、双羽と莉子を追う。

 そこにタイミング良く、ザーチの警棒が叩き込まれた。

 ペシン、パシとブン殴られたペストマスクがグルっと首を巡らし、ザーチとウレリトへ襲いかかった。


「こっ、これでいい筈だけど……なんか納得いかんぞー!」

「ザーチ、こいつマジで強いぞ!?」


 ザーチとウレリト、ペストマスクが一塊になりながら短い廊下を抜け、周囲を破壊しながら正面ロビーに飛び込んでいく。

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