第13話 コンスピラシーセオリー
Scene-13(屋内)白いバンの車内 - 夕方
建物と建物の間に、白い月の明かりがそっと忍び寄ってきた――
数時間前に起こった騒ぎの影響もなく、立ち並ぶ高級マンションは静かなままだ。
そんな住宅街の一角にあった無味乾燥なコインパーキングに、スーツ姿の大男がふらりと現れた。
手にはコンビニ袋が一つ。
頭は刈り込んだ黒髪で、目にはサングラス並みに薄い運転用の高級ARグラスをしている。
男は、そのまま駐車していた白いバンの運転席に乗り込んだ。
助手席にも似たような風体の大男が座っていた。こちらは金髪で、もっとゴッツいARグラスをかけている。
助手席の金髪男がコンビニ袋を受け取った。
「お帰り、ザーチ。――なんだよ、コールドか」
「この季節は悩むよな。ああ、ウレリトは無糖で良かったよな?」
「おお」
助手席の金髪男が珈琲を一本出すと、もう一本を黒髪男に渡す。
二人とも中年くらいで筋肉質、体格から言って日本人ではなさそうだ。
ザーチがカシュっとタブを開けて中身を一口。
どうやら舌に合ったらしく、口角がかすかに釣り上がる。
「ふう……俺たちの痕跡は消してきたぜ。――で、奴さんはどうしてる?」
「夢中だな、何にも気付いてない。聞くか、ザーチ?」
ウレリトがスマホから百均のイヤホンを引っこ抜くと、ペストマスクの声が車内に流れてくる。
『この吸血鬼が! くっせー! 汚ったねー血が目に出てるぜっ!! オラ、何とか言えよ!!』
殴り、蹴るような音が響く。
相手の女の子は小さく呻くだけで、碌な反応はしていない。
高熱に浮かされて朦朧としているように聞こえる。
ザーチが缶コーヒーをもう一口すする。お茶請けには向いてないバックグラウンドミュージックだった。
「人体実験の素体だから丁重には扱うが、こういうところを見させられると滅入るぜ。――ウレリト、所感を聞かせてくれ」
ハンドルにもたれかかったザーチの言葉に、助手席のウレリトが真面目な顔で頷く。
「この騒ぎのだよな? ――まあ、おそらく嫉妬なんだろうな」
「嫉妬?」
「吸血鬼へのな。奴もなりたかったが、なれなかった……あんな事件まで起こしてるのに、だ。だから成れなくて良かった理由を探してるんだよ、必死にな」
「ああ、イソップ童話の狐か。だが日本の葡萄は大きくて甘いぜ」
ザーチが甘いことで有名な珈琲をさらに一口。
元々甘いのが好みだったらしく、味には満足しているらしい。ついでにチョコバーまで囓り出す。
「んぐ……日本のも美味いな。――日本の葡萄たちもだ。美味いからこそ、奴には『ヘルシング』の実験をもっとやって貰わないとな」
「その葡萄たちだが、見るか?」
「おお」
スマホに表示されたのは盗撮アカウントだ。写っているのは女装双羽と彩華だ。
ザーチが小さく口笛を吹く。
「まさに日本美人だ、惚れ惚れするぜ」
「くく……オレが撮ったデータもあるが見るか?」
ウレリトがスマホを操作すると、素人盗撮よりずっと繊細なデータが映し出される。
どこでどうやって撮ったのか、双羽のスカートが大きく跳ね上がったシーンのローアングルカットまである。
画面では、太ももから尻までのラインすら写っていた。
車内におっさん臭い笑い声がシンクロして響く。
「なんだなんだ、ちょっと細すぎじゃないか。イカン、イカンよ。もうちょっと柔らかい方が健康的で良いと思うぜ」
ザーチがげへへと下品に笑う。
横でウレリトもウットリと呟いた。
「男でこの美しさか……素晴らしいぜ」
「え!?」
ザーチがスマホを見て、ウレリトを見て、天井を見てから、もう一度ウレリトを見る。
えっへんと胸を張られた。
「俺の目に間違いはない!」
「え……と、トランス女性?」
「オレの見立てだと性自認は男だと思う。下も、男の子のしか付いてないんじゃないかな?」
「大工の息子から、それは間違ってると聞いたことがある」
「オレが日本で学んだ言葉を教えよう……それはそれ! これはこれ!! ここは多神教の国だぜ、ザーチ?」
「うむ、まあ……ううん」
若干納得できないような顔をしていたが、最後に双羽の尻に両手を合わせる。よく分からんものは拝んで封印、それもまた日本風である。
「――オーケィ相棒、仕事に戻ろう。なるべく早く」
「別に構わんが、ツラい現実が待ってるぞ?」
ウレリトが、カーナビのモードを切り替えた。
モニターしている警察とD機関の情報がざーっと流れていく。どちらも蜂の巣を突いたような騒ぎになってた。
「ああ……誘拐だものな、そりゃそうか」
「車を現場に置いていったのも不味かった。ずっと裏から手を尽くしてきたが、限界だ」
ウレリトとザーチが溜息を続く。
「やっと帰れるって気持ちもあるが、正直言うと勿体ないって気持ちもあるぜ」
「ああ、ラボの言うとおりペストマスクの体質はサンプルとして良好だった。後々の始末も楽そうだし……」
ザーチが小さく頷くと、ニヤリと笑った。
「ウレリト、オレたちで強制的に『ヘルシング』を使わせてやるってのはどうだろう。奴が買ったヘルシングは残り三本だが、それを一気に全部――ぷしうゅ!」
「そりゃ任務の範囲を超える……が、魅力的な案だぜ。ボスにお伺いを立ててみたいが、賛成してくれるか?」
「おお、いいぜ。進言はお前に任せる」
任された助手席のウレリトがスマホでチマチマと何かのアプリを操作し始めると、電話越しに誰かとシリアスな会話を始めた。
代わりにザーチが盗聴器から流れてくる朦朧とした女のうわごとや、ペストマスクの唸り声に意識を集中させる。
しばらく面白くもない罵倒をボーッと聞く。
やがてガッチガチに緊張していたウレリトがスマホを切った。
そこでふと、ザーチの脳裏に閃くモノがああった。
「スマホか。スマホ……スマホ?」
「ザーチ、OKが出たぞ。ボスも期待してくれるそうだから、何が何でもサンプルは持ち帰る。それで作戦だが……おい、どうした」
「なあ……あいつ、誘拐した女からスマホ取り上げてるよな?」
「うっ!?」
その時、違法にウォッチしている警察無線からここの地名が飛び出した。
それどころかマンション名も!
車内の雰囲気が風雲急を告げ、二人が大慌てで車から飛び出す。
ほんの短い時間内に、エジプト大脱出にも匹敵する奇跡を起こす必要があった――




