第11話 残響
Scene-11(屋内)ダイナー「ナイトランチ」 - 夕方(cont'D)
一瞬間があった。
彩華と篠生が、同時に双羽の表情を確認――問題ナシ!
「気にしなーい!」
「吸血鬼は多かれ少なかれ同じような体験をしてます。皆で苦労を分かち合いましょう」
「――僕たちなら大丈夫。そういう身寄りのなくなった人たちは、D機関が運営している寮にいるんだ。必要なら莉子ちゃんも頼っていいよ、寮の皆で歓迎する」
「私も少しの期間、寮でお世話になってました。先輩と知り合ったのもそこで――あ、吸血鬼の先輩です!」
視線を落としていた莉子が、反射的に胸元のポケットを握りしめた。
かすかに浮かぶ四角いシルエットからスマホかと思ったが、鳴った様子はない。そうやって胸を押さえたまま、莉子がちょっとずつ目線を上げていく。
皆と同じ高さになった時、そっと口を開いた。
「あの……こ、後遺症ですけど……え、駅で使った、魔法みたいのもそうなんでしょうか」
「駅のですか? ――ああ、D装備ですね!」
「……」
双羽と篠生は無言のままだ。
これも莉子が本当に聞きたいことではなさそうだが、二人は敢えて何も言わない。
彩華が会話を続けていく。
「あれはD装備っていうんですよ。元々は疑似科学だったそうで、吸血鬼にも滅多に使え……あれ、いまさら動き始めました?」
「え? ――ああ、こっちもだ。なんだかよく分からない機械だね」
彩華と双羽がD装備を見せ合うと、どちらもレンズ部分から安定した淡い光を放っていた。
彩華がグローブを篠生に見せる。
「篠生さん、D装備って返した方がいいんでしょうか」
「今回の件が落ち着くまでは持っててもいいんじゃない? ペストマスクも何故か波動を使うみたいだし」
そこからしばらく事務的な話しが続く。
会話が一段落したところで、莉子が再び口を開いた。
「――続き、よろしいでしょうか」
「どぞ!」
「その、後遺症ですけど……へ、変異について、く、詳しくお願いします」
莉子は、相変わらず自分の胸を四角く押さえながら尋ねる。
彩華が答えるため、少々深めに息を吸い込んだ。彼女にしても後遺症の話題は少し緊張する。
「変異についてもう少し詳しく説明すると、臓器とかが作り替えられちゃうんです。だから変異が急激に起こると死んじゃう人も多いです」
「死……!?」
「彩華、言葉に気をつけて。――もちろん変異が何も起こらない幸運な人だっているよ。莉子ちゃんもそんな幸運な人の一人だと思うけど……うん、念のため専門のお医者さんにも診てもらった方がいいかな」
「み、皆さんは、どのような変化があったんでしょうか。な、内臓とかで!」
莉子が少し喰い気味に尋ねてくる。
まず彩華が答えた。
説明のため服の上から腹を掌で押さえると、胸が作り出していた何もない大空間がペターンと小さくなって最後には消えてしまう。
示した場所は胃のあたりか。
「私で一番大きなのは脾臓の変異です」
「ひぞう?」
「そそ、胃の裏側くらいにある内臓です。脾臓は髪の毛と同じく無くなっても死にはしない臓器ですけど、私たちオオカミは機能が大幅に強化されてます」
ドンと胸を張る。
彩華自身にとっては害になるような臓器ではない。むしろチカラの源だ。
「貯血や造血に加えて免疫も向上して……簡単にいうと身体が頑丈になって、体力も上がって、病気にも罹りにくくなりました。この変異脾臓、吸血鬼界隈では『二つ目の心臓』なんて呼ばれています。――実際、イヌ科の脾臓はそういう機能を持ってるそうです。なのでタイプ名がオオカミ!」
「へえ……」
莉子の反応に気を良くした彩華が、次に双羽へ発言を譲る。
双羽は説明続けていいよとアイコンタクトしたので、頷いた彩華が再び喋りだした。
「先輩は目と視神経、それと松果体が最も大きく変異しています。――松果体って言うのは、昼と夜を区別してるホルモン分泌器官ですね。これも無くても死なないような器官で、お年を召すと無くなっちゃう人もいます」
そう言って、自分の額のずっと奥をちょいちょいと指す。
その奥にあるのだろう。
「変異した松果体は別の名前がついてましたよね。なんて言いましたっけ……ぴえろ?」
「ヒエロニムス器官だよ。言い難いよね」
「ああ、それそれ! ――カラスと呼ばれる皆さんたちは、それが発達してまして。渡り鳥みたいに磁場や電磁波を感知したり、電気と光の性質を持つ『波動』まで操れたりする人もいます。――その中でも、双羽先輩は特別なんですから!」
「電磁波を?」
「え……えと!」
「――光は電磁波だからね。つまり普通の視力だって電磁波を見てる」
「へえ……あの、電波とかも見えるんですか?」
双羽が大げさに目を細め、とっても頑張ればねと笑った。
パスタを食べ終わって食後のルートビアで寛いでいた篠生も会話に混じってくるが、話し始めるより先に彩華がひくひくと篠生の匂いを嗅ぎ、首をかしげた。
「篠生さん、シップ薬美味しいですか?」
「そんなもの飲まないって。犬蓼、チョコミントのときも言ってたな」
「あのときは歯磨きって言ってます」
「同じだ、同じ!」
ひとしきり騒いでから、篠生がゴホンと咳払いする。
「じゃあ、ついでに私もね……私らコウモリは、耳と三半規管が一番変異してる。あと声帯や喉もかな。声は超音波領域まで出せて、耳はそれを感知できるから、ソナーみたいに他人に気付かれず周囲を識られるよ。これを利用した『奥の手』もあるんだよ」
「へえ、凄いです。みなさん、超能力者みた……」
莉子が何かいいかけて、ハッっと口をつぐんだ。
凄い能力だと思うが、そこまで辿り着けなかった人たちは亡くなったり、一生続く障害が残ったりしているのだと思い至った。
莉子が話題を変えようとして、口を押さえた。
「その……それと……」
「何か他に聞きたい?」
「遠慮しないでいいですよ。この際、疑問や悩みは全部出しちゃいましょう!」
「その……皆さんは」
三人が莉子の言葉を待つ。
やがて葛藤と逡巡の果てに、重い口を開いた。血でも吐きそうな重さで――
「皆さんは、いつ……血を吸ってらっしゃるんでしょうか」
「ち? ちって、血? ――そんなの飲まないですよ!」
「え……」
「それ、初期に広まったフェイクだよ。D機関がアレだけ動いたのに、まだ信じてる人がいるんだよねえ……」
キョトンとする莉子に、篠生が憮然として答えた。
双羽は無表情。
ただ彩華だけよく分かってない。
「え、夜でも目が見えるから吸血鬼だったんじゃ?」
「元々はそうだけど……その呼び名が広まると言葉が一人歩きしたのよ。それで吸血鬼と呼ばれてるなら、きっと血も飲んでると思い込んだ早とちり連中が出たんだ。大量に!」
「そう。――つまり、病気を元にした悪口だよ」
双羽が溜息を付きそうになり、珈琲で誤魔化す。
言われた経験があるらしい。
経験がなさそうな彩華と、その辺の事情を知らない莉子の視線が、篠生と双羽に集まった。
「僕らが吸血鬼なんて呼ばれているのは、それを悪い意味で呼び続け、ついには社会に定着させてしまった大勢の人たちがいたせいさ。――そして定着したらしたで、さらに悪化してる」
「犬蓼、口の中を見せてやってあげて。――莉子ちゃん、彼女の犬歯を見てみて。普通だよ」
「はいはい!」
いーっと彩華が自分の口を横に広げる。
犬歯を含めて歯並びはごく普通だ。唯一変なところと言えば、息に混じるポテトの匂いがすごいことくらいか。
だが見ても尚、莉子は納得できてなさそうにしていた。
その様子をジーッと見ていた双羽がピンとくる。
「――もしかしてだけど、お母さんにそう言われた?」
「!?」
双羽の指摘に、莉子の背筋がピンと伸びた。
そして凍り付く。
目の色彩が反転しかかり、手が再び無意識にポケットをまさぐる。母親からの連絡を待っているか、あるいは恐怖しているのか……
その様を見て、双羽が莉子の地雷を踏んでしまったことに気付いた。
会話を打ち切ろうとするが、莉子が言葉を続ける。
「き、吸血した人が、警察に捕まった事件もあるって聞いたことが……」
「元恋人に切りつけて血を飲んだ女とか、いたねえ。感染は絶対イヤだけど、吸血鬼には絶対なりたかった――だっけかな?」
「うわぁ……私たち、血なんか吸わないのに。――それ、どうなったんですか」
「そりゃもちろん、鉄格子の中行きね」
篠生がスマホをちょんちょんと操作し、AIが速攻で集めたニュースサイトのアーカイブを開いた。
吸血に絡む傷害事件の記事が、ザーッと流れていく。
「その逆に、吸血鬼に血を飲んで貰おうとした連中もいたね。最大の事件は――隣街にある、菊池病院の襲撃事件かな。そういう連中がネット経由で大量に押し寄せて、大暴動に発展した」
「……」
「莉子ちゃんは心配しなくて大丈夫。親御さんへのご説明が必要ならD機関の専門家を紹介するよ。根気よく話せば、最後にはきっと分かって貰えます」
「――家族に、相談してみます」
双羽の言葉に莉子がニコリと笑ったが、どこか作り物めいていた。
地雷二発目だ。
気付いた双羽が慌てて言葉を続ける。
「――莉子ちゃん、僕らの方でも君への誤解を解けるか頑張ってみるから、友達とかにお話しさせて貰ってもいいかな。必ず良い方向に向けてみせる!」
横で篠生が複雑な表情をした。
莉子も心配だったが、双羽も過去の件から家族に対して思い入れの強すぎる面がある。
少しブレーキを掛けてやった方がいいな――
そう考えた篠井だったが、彼女より先にポケットでスマホが鳴った。
表示は篠井の上司だ。
「――う。ごめん、ちょっと待ってて」
上司から呼び出された篠生が、社用スマホを耳に当てながら横を向く。
その間にも莉子が話を続ける。
「あの、変異でずけど……自分でも分かるんでしょうか」
「分かる人もいるけど、マシスン病に詳しい病院で調べて貰うのが一番確実だよ。莉子ちゃんはどこの病院に通ってるのかな?」
「病院は……」
沈黙は長かった。
やがてそっと口を開く。
「き、菊池病院に……」
その一言で篠井、双羽、彩華の三人に緊張が走る。
莉子が昏く笑った。
「そうです、先ほどの病院です。終息宣言の噂を聞いて、自分たちも吸血鬼になりたがっていた大勢の人たちに襲撃された……」
「結局、巻き込まれた見舞客一人だけが感染して――あっ、もしかして!?」
「狙われた感染者は、祖母でした。母は祖母ととても仲が悪く……当時、見舞いは私だけで……」
莉子が胸の四角を握っていた手を無理やり開いた。
手には、何もない。
何も残らなかったが正しいのかも知れない。
「感染してから……お母さんの強い希望で……様々な治療を試みました。でも……変異の抑制が精一杯で。――その抑制剤も、もう二週間飲んでません。あんな強いの、もう飲めない!」
「そ、その状況で、莉子ちゃんを一人に……!?」
ギリ……と、憤慨した双羽が奥歯を噛みしめる。
家族で唯一生き残った双羽は、吸血鬼とその家族たちに対する感情が強い。
とても!
篠生、彩華も気持ちは分かる。
だが通話中だった篠生がふと我に返った。片手で謝罪のジェスチャー。
「ちょっとゴメンね! ――大丈夫です、続けて下さい」
「……」
篠生のタイミングが悪かったのか、莉子はそのまま言葉を沈み込んだ。
まるで一人苦痛に耐えるように……
彩華が椅子から立ち上がった。
「とにかく、自分一人で抱え込んでは駄目です!」
「……」
俯いた莉子が顔を上げようか逡巡していると、会話を速攻で終わらせた篠生が割って入った。
少し困った顔をしている。
「皆、保安部からこっちに急な仕事の連絡が入った。――あと彩華、無理強いは駄目。双羽もね?」
言葉は柔らかかったが、アイコンタクトはかなり強めだ。
幸い、警告は二人に通じた。
莉子は気付いたのか、気付かなかったのか、下を向いたまま荷物を引き寄せる。
足をテーブルの下から出した。
「あの……わたし、そろそろ……」
「僕たちが家まで送ってくよ、彩華もいい?」
「はい!」
「だ、大丈夫です……どうせ今日は家には誰もいません。あの、皆さんの連絡先を頂いてもよろしいですか。また……ご相談させてもらえば」
「あ、はいはい! 何度でも呼んで下さい」
「はい……」
彩華、双羽と連絡先を交換する。
ついでに彩華はマップ情報なども共有した。これでいつでも繋がれる。
「あ、私もお願い……ああ、またぁ!」
篠生もスマホを出そうとして、再び呼び出し音が鳴った。
どうやら何か緊急の事態らしい。
「璃久、彩華、莉子ちゃんを送ってあげて。せめて駅まで……あ、いや、莉子ちゃんバイクの後ろ大丈夫かな。私が家まで送るから、ちょっと待ってて。――璃久と彩華はD機関のビルへ行っててくれる?」
「ほ、本当に大丈夫ですから……あの、ご馳走様でした。ま、またお会いしてくれると嬉しいです!」
「莉子ちゃん!」
「ああ、本当にちょっと待って――ぐっ!?」
篠生を始め、店内にいた何人かの吸血鬼たちが顔をしかめた。
その全員が「コウモリ」と呼ばれるタイプだったが、その時は誰も思い至らなかった。
誰も――
莉子がダイナーの出口へ走り去る。
キョトンとする彩華へ、篠生が必死にアイコンタクトを送った。
いま彼女を一人にするのは不味い――
スマホで会話しながらもゼスチャーで必死に訴える篠生の熱意に気付いた彩華が、走り去ろうとする莉子に追いすがる。
そして手を伸ばし――何もない空間を素通りした。
「あれ?」
確かに莉子の身体に触れた筈だった。
彩華が不思議そうに自分の手を見つめる後ろで、莉子は外階段へ続く扉を抜けて外へと出て行く。
まるで幽霊のように――




