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吸血鬼のおしごと/カラスにコウモリ、オオカミと  作者: kaichi
第一章 星降る街にて道化師が一言
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第1話 月下美人

Scene-01(屋外)駅前 - 夜


 茜だった秋空が紫へと澄んでいく。

 駅前ロータリーをすっぽり覆う高架デッキを行き交う人の波も、ゆっくりと色が変わりつつあった。学生の色が徐々に引いてスーツの色が満ち始め、そこに煌びやかな色も少しずつ混じり始めていく。

 そんな減りつつある学生の色の中から、小さな笑い声が漏れ出してきた。


「ふふ……」


 デッキの端に清楚な少女が佇んでいた。

 声は彼女の口元からだ。

 大きなマフラーに口元を埋めながら、笑いを堪えている。

 少女にしては背が高く、高校の制服に包まれた身体には一切の無駄がない。マフラーから覗く目鼻立ちも整っている。

 切り揃えられた濡れ羽色の長髪は、まるで現代的にリブートされた日本人形のようだ。

 ある一点を除いて非の打ち所はない。

 その一点も、社会的には非でなくなりつつあった――


「ふふっ……ふふ」


 少女の笑いは一向に収まらない。

 周囲に笑いを誘いそうなものは何もなかった。ごく普通に人々が行き交っているだけだ。

 そんな少女へ向け、人混みから黄色い声が掛けられた。


双羽(ふたば)センパイ、お待たせいたしましたー!」


 声だけが先に上がる。それから人波を掻き分け、ちっこいけど大っきい娘が抜け出してきた。

 小さな背丈は人混みの中に埋没していたが、代わりにベストが制服の前をドーンと突き破っている。庶民的な高校の制服を着ているが、丈はともかく胸のサイズが合わなかったのは明白だ。

 小柄な少女は、律儀に双羽センパイ と呼んだ少女からのリアクションを待つ。だが双羽は笑いを堪えるのに必死で、すぐには返答する余裕もないらしい。


「い、彩華(いろは)……ふ、ふふ!」

「どうしました、双羽先輩!?」


 彩華と呼ばれた少女が周囲を見回し、それから自分の身体に変なところがないか確認する。

 ツーサイドにまとめた柔らかな髪がパタパタと揺れ、腰を捻るたび胸元に実らせた大変立派なモノが反動と慣性でカタチを変えていく。

 双羽が説明のために口を開きかけたが、笑いながらなので口元が引きつる。


「い、彩華に変なところはないんだけど……こ、こんな人がいるところで、こんな変な格好してる自分がおかしくて……あはは!」


 双羽がついに限界を迎えたらしい。

 笑うたび肩が震え、長くて艶やかな黒髪がサラサラと流れていく。

 声は少し低いが、よく似合っていた。

 その笑いに彩華が反論する。


「そんな、変だなんて。制服だってよくお似合いですよ!」


 身長に反比例する胸元からスマホを引っ張り出し、双羽に見せるようにブンブンと振る。ビジュアル系のSNSだ。

 双羽のアカウントらしく、画面はミステリアスな彼女のサムネイルで埋まっている。


「こういう先輩もいいです! 新鮮っていうか」

「彩華、恥ずかしいから……」


 彩華がスマホと現実の双羽を比べる。

 微笑ましい二人は、どちらもごく普通の少女――では、なかった。

 二人とも、両目の色彩が()()していた。

 例えるなら夜と月か。本来なら白い部分が深黒に、黒い部分が月光の白朧となっている。

 だが病的な感じはまったくない。

 道行く人々も気にはしているようだが、露骨に注意を払ったりしない。


 ()()()()()()終息宣言から一年すぎた現在、彼ら、彼女らの存在はよく知られている。

 不法が過ぎると盗撮などで訴えてくることも――

 今では、ジロジロとは見ない程度の社会常識は形成されていた。

 もっとも二人と歳の近そうな少年や少女たちは少し露骨だ。中には通行の途中で足を止め、勝手に撮影を始めようとする娘までいた。後ろの友人たちに嗜められていたが。

 そのうち、双羽がどうにか落ち着いた。


「ふぅ……彩華、恥ずかしいから、そろそろスマホしまってよ」

「でも、こんなに綺麗なんですよー!」


 彩華と呼ばれた少女が、今度はローカルストレージに溜め込んでいた双羽の写真をパーッと流していく。


「ええと……私はコレがお気に入りです!」


 満面の笑みで推したのは、撮影を終えた後でホッと息をついた瞬間の表情だった。その一個前までにはあった近寄り難さがない。


「余所行きの先輩もいいですけど、やっぱりいつもみたいな感じが……」

「いーろーはー」


 双羽がスマホを仕舞ってくれと再びジェスチャー。


「えー、本当に綺麗だと思うんですけど……」

「そう言ってもらえると嬉しいんだけど、ちょっと複雑だなあ」


 双羽が自分のスカートをそっと直し、そのまま濃いタイツに包まれた足をじっと見下ろす。

 くす……

 再び笑い出した。上品な感情が声に溶けてくる。


「い、いくら通り魔が狙うのが女性の()()()ばかりだからって……僕がこんな恰好して、囮になるのかなあ」


 双羽は僕っ子らしい。

 笑う双羽の腰が、脇にあった座り難そうなベンチに降ろされる。

 彩華にも座るように手で誘ったところで、彼女の口元がぴくっと動いた。


「……」


 彩華は、どの程度の距離まで双羽に近づけるかを計算しているらしい。僅かな逡巡の後、一歩分の隙間を空けてちょこんと並んだ。

 それはいつもの距離で――

 次のチャンスこそは! そんな決意も新たに、また夜空に視線を移す。

 ハロウィンの飾りつけは既に撤去されていたが、それでも夜の街は華やかなシティライトに彩られている。

 対照的に夜空は地味なベタ一色だ。


「綺麗な空ですね……」


 溜息に付ける歌詞にしてはロマンチックだったかもしれない。やっと笑いを抑えた双羽も、噛み締めるように頷いた。


「そうだね……」


 二人が目を細めて夜を見上げる。そこには()と月があった。

 夜という別名で呼ばれる空と、そこに浮かぶ月は二人の瞳と同じ色彩だった。

 双羽が懐かしむようにため息をついた。


「《マチスン病》から回復した初めての夜を思い出すよ。昼の空も綺麗だけど……光の封印が解けた空も綺麗だ」


 双羽が真横から彩華の童顔をイタズラっぽく覗き込むと、また笑った。イタズラっぽそうな笑顔で、双羽の大人びた雰囲気が一変して可愛くなる。


「彩華も一緒に気付いてくれて嬉しいよ。――夜の住人になった日、僕は一人ぼっちになった。マチスン病で亡くなられた人には申し訳ないけど……いま、こうして仲間に囲まれているのは嬉しいな」


 その顔は、さっき彩華が良いといったときと同じだった。

 正面から見つめられ、彩華の顔が一気に紅くなる。


「あの……とても綺麗だと思います」

「あと全然関係ないんだけど、スカートってポケットあったんだね」


 双羽がひょいと立ち上がると、布地に隠れていたポケットをつまんだ。最後に笑った理由はそれだったらしい。


「でも小さいね、何も入らなそう」


 引っ張られたポケットにつられたスカートが大胆にたくしあげられ、濃いタイツに包まれた脚線が露になっていく。太腿のラインが見え始めたところで見惚れていた彩華がハッと我に返った。

 真っ赤なまま飛びついて双羽の手を止める。


「先輩、ちょっと刺激が強すぎます! でもよくお似合いですっ」

「彩華……?」


 彼女の小さい身体が双羽の長い黒髪に引き寄せられ、影にすっと収まる。

 双羽の表情は何故か鋭かった。

 シリアスな目つきも、コレはこれで美しい。


「ふぇえ!?」

「静かに……後ろに僕たちから視線を外そうとしない男がいる。本当に、通り魔がオトリに食いついたのかも知れない――え?」


 シリアスだった双羽が、戸惑った声を上げた。

 足音がズカズカと近づいてきている。


「――そこのお二人さん、学校帰りに寄り道とはいただけないぜ!」


 無遠慮な大声もかかる。

 彩華が双羽の影からそっと覗き込むと、大きな目が点になった。

 純正のヘンタイが近づいてくる。


「いま何を被ったんですか、あの男?」

「ガスマスク……ペストマスクかな。中世のお医者さんマスク」


 人混みの中で、ハナだかクチバシが付いたレザーマスクを被った青年が、興奮した様子で双羽と彩華の元に駆け寄ってくる。

 服は普通に働いているだけでは中々手を出せそうもない高級なスーツだったが、普段よほど乱暴に扱っているのかヨレヨレで台なしになっている。着古すファッションでないことはアチコチにある油染みで分かった。

 双羽が首をかしげた。


「あいつが例の通り魔なら、四件の事件を起こしてる筈なんだけど……あんなに目立っていいのかな」


 双羽が自分のスマホにメッセージをポストしてからポケットにしまう。流した先は、仲間たちと――警察の人たちだ。

 最後に配信用の超小型カムコーダーをセットした。


「いこう。――彩華、頼りにしてるよ?」

「はい先輩!」

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