5、広場と気絶
「アレス、貴様は本当に軟弱物だな」
「恥を知れ」
アイラード王国兵団本部の廊下で侮蔑の眼差しを向ける金髪の男。
宮廷魔道士ミカエル・カエサル。
俺と同年の20歳で宮廷魔道士の称号を与えられた秀才。
兵士学校時代には共に学んだ仲ではあったが仲良くは無かった。
「恥はもう知ってるよカエサル、嫌な程にな」
「であれば今回の退団はなんだ、剣聖という称号を陛下より授かっておきながらそれを返上するとは恥以外なんといえる」
「貴様を認めた陛下に泥を塗るつもりか?」
「違うんだカエサル、陛下にも同じ事を言ったけど俺は剣聖の座を捨てたわけじゃない」
「ふさわしい戦力になって戻ってくるから預かって頂いた」
「下らん、そんな言い訳を並べるなら今すぐ立ち去れ、貴様に王国に仕える兵士は不相応というものだ」
「誰ともしれない輩の言葉を真に受けた馬鹿者は出直してこい」
相変わらず口が減らない野郎だ。
ただ不思議と嫌な気持ちにはならない、なぜならこのミカエル・カエサルという男は兵士学校入学の12歳では俺と同じ1番下のクラスに所属していた。
そこからの努力で魔法を高め今となっては誰もが認める魔道士になっている。
そいつに何を言われようとも嫌味には聞こえない。
「そんなさよならダメだよぉミカエル」
「ユリィ、来るなと言っただろ」
「だってアレスの旅立ちでしょ?お見送りしなきゃだよ」
カエサルの隣で眠たそうな目を擦る女魔道士ユリィ・サフォイ。
こいつも20歳にして宮廷魔道士の称号を授かった英傑。
いつも眠たそうな顔をして頻繁に転けるが魔法を使う試験ではカエサルの次に成績が良かった。
「ありがとうユリィ、またな」
「うん、アレスが決めた道なら応援してよぉ」
「今度会う時は戦場で会いたいね」
「あと、知らない人の言葉なんて真に受けちゃダメだよ?」
「ありがとうユリィ、期待して待っていてくれ」
5年間務めた王国兵団と別れを告げ、王都にあるギルドへ向かう。
ギルドへ向かうと入口近くに赤毛の魔道士がこちらを見て手を振っていた。
「またせたなヒスイ」
「何時間でも待つよ、じゃあ今日は付与魔法の度合いを測るって事でいいのよね?」
「まぁ度合いというか段階を知っておきたい、前の最大出力も考慮した戦える範囲を調べるぞ」
「了解、じゃあ今日も張り切って行こう!」
張り切られるとあの二の舞になりそうなんだが、まぁそうなればまたベーグルに介抱して貰えばいいか。
王都には魔法を練習できる広場が各所に設けてある。
学校が管理しているものと兵団、ギルドが管理し一般開放しているものがある。
今回来たのはギルドが管理している定員10名の広場、予約はしていたので受付を通りいざ広場へ。
まずは敵を倒すよりさきに戦える範囲を調べる。
「とりあえず広場に着いたら最小限の力から試そう」
「最大最小の幅を知れば間は予想できるし、何より魔力温存の関係から最小をベースに考える事も視野に入れておきた……どうしたヒスイ?」
後ろに居たはずのヒスイが広場前で立ち止まっていた。
先程までの笑顔が嘘のように目を見開き手を胸の前で握っている。
「あれ、ヒスイじゃん」
振り返ると広場にいた先客4名。
どれも見たことがない人、多分この国の冒険者。
ということはヒスイの旧友か何かか、まぁヒスイの表情を見れば良い関係ではない事は確か。
先頭のゴツい丸刈りがこちらへ近寄る。
「また新しい生贄を探したのかよヒスイ」
「【味方殺し】って異名付けられてまだパーティを組むのかお前は」
「………」
少し怒りの表情を浮かべる丸刈りと押し黙るヒスイ。
今俺を生贄と言ったか、なんと失礼な輩。
「なぁ兄ちゃん、どうやってたぶらかされたか知らねぇけどこいつはやめときな」
「このヒスイって野郎は阻害魔法を俺達にかける魔王軍の間者なんだよ、本来なら独房にいるような輩だぜ」
「なぁヒスイ、この人が言ってる事は本当なのか?」
静かに首を振るヒスイ。
丸刈りはバカにした口調をしているが後の3人の表情は軽蔑の視線。
それに言い返さないヒスイ、多分昔に何かあったのか。
「忠告ありがとう、だけど俺は組むって決めたんだ」
「それは変えられない、悪いね」
「……あんた、どっかで見たことあると思ったら剣聖アレスじゃん」
「王国兵士なら税に見合った働きをして欲しいもんだ、戦場に行けないならそこの犯罪者の罪状を調べてくれよ」
「あいつは俺の仲間を2人も殺しかけたんだぜ、十分懲罰に値するだろ?」
「それはできない相談だ」
「俺は彼女の魔法をこの身に受けた、それで彼女の魔法が有益だと判断しパーティを組んだまで」
「もういいだろ、自分達の未熟さを他者に押し付けるな、そんな暇があったらもっと修練したらどうだ王国兵団に生かされている冒険者」
「な……魔法を使えねぇゴミが調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「剣聖だって王が暇つぶしで与えただけだろ、現実を見ろよこの雑魚へい……」
胸ぐらを掴み丸刈りを持ち上げる。
「それ以上の失言は許さないぞ」
「陛下は暇つぶしで判断するほど易い方ではない、剣聖とは王自ら剣を極めた者に与える称号」
「その意味が分かるか冒険者」
力が自然と強まる。
別に俺が卑下されようと構わないが陛下を軽んじる言動は許せない。
俺が剣聖の称号を返還した時陛下はこう言った「認めた証が重荷になって申し訳ない」と、謝罪するのは陛下ではなく俺の方なのに。
そんな陛下と称号を暇つぶしの一言で表すのは頂けない。
それにヒスイを罪人と揶揄した事、彼女の本当の力を見ようとしないで外側だけで判断する早計さも腹立たしい。
「やめ……苦しい」
「なら謝罪しろ、ヒスイが君達に被害を出したとしても罪人と呼ぶべきではない」
「自分の道を極めている者に対しての侮辱を俺は絶対に許さない……ぞ……」
背中に走る鈍痛と共に意識が遠のく。
後ろには杖を構えた管理人、おそらく麻痺系の魔法を撃たれたのか……不覚。