異世界奇譚「蕎麦は自分がこの世に生まれた意味を考える」
その異世界の蕎麦は店の厨房の棚にて茹でられる順番を待ちながら考えていた。
「私は何処から来て何処へ行こうとしているのだろう?」
なるほど、さすがは蕎麦だ、そんな事も判らないんだな。ならば私が教えてやろうっ!お前は異世界信州の蕎麦畑から異世界米沢の蕎麦屋にやって来て異世界山形へ観光に来てくださっている県外の方々の腹の中に収まるんだよっ!
そして最終的にはどこかの便所で下水道に流される運命なのさっ!
「ちょっと待ったぁーっ!その説明に異議ありっ!」
私の完璧な説明に対して先ほど自身の運命を思慮していた蕎麦の横にある箱の中から異議を唱える声が上がった。
その声に対して私はその箱に書かれていた産地をちらりと確認する。そこには異世界山形の隣県である異世界福島県の異世界会津産と書かれていた。
「ちっ、徳川幕府の犬がきゃんきゃんとうるせぇな。もう新撰組はいないんだ。今は薩長の天下なんだよっ!と言うか『少年兵』を白虎隊として編成し戦線に送り込んだお前らに発言権はないっ!」
私は過去の事例を持ち出して会津産蕎麦の口を封じた。そもそも負け犬の遠吠えを吐くようなやつらにはちゃんと言って聞かせないと駄目なのだ。
なので私は相手に聞こえない程度のボリュームで啖呵をきった。そう、こうゆう場合は相手に聞こえては駄目なのだ。だって炎上しちゃうから。と言うか麺類は『茹でる』ものであって焼くものではないからなっ!
*注*焼きソバは例外とする。
因みに会津産蕎麦は知名度では信州産に遅れを取っているが食した客たちからの評価は高い。だが如何せん絶対的数量で押してくる信州蕎麦軍団に対して、拠点である会津以外でのシェアは伸び悩んでいる。
なので一部の地域では箸の代わりに長ネギで蕎麦をすくうなどというイマイチ理解不能なパフォーマンスで集客を図ろうとしていた。
しかもそれに使用するネギは二本ではなく一本なのだ。一本で蕎麦をすくう・・。それってビジュアル的にどうなんだろう。犬食いになってしまわないのか?
まっ、多分これの発祥理由は狭い限られた地域における若者たちのちょっと悪ふざけ気味な娯楽として始まったのだろう。岩手のわんこ蕎麦だってルーツは同じような理由からと推測するしな。
そもそも蕎麦は昔の農村などでは婚礼などの祝いの席で振舞われるご馳走だったのだ。それが普通に食されるようになったのは江戸中期頃からと聞いている。
しかも江戸っ子は『粋』を気取って短めの蕎麦を噛まずにズズズっとすすり上げていたらしい。そして蕎麦は喉こしで味わうものだなどとほざいていたとか。
まぁ、この辺は地域の『文化』『風習』に関わるものなので否定してはいけない。SNSにおける『句点怖い』感情だって全体からみれば一部の者たちの受け止めでしかないのだから。
なのでその『地域に根付いた』食べ方に関しては否定ではなくスルーするのが大人の嗜みである。
あっ、そうこうしている内に先ほどの麺が茹でられている。おっ、あいつはざる蕎麦として提供されるのか。しかも饅頭の天ぷら付きだと?
ちっ、結構な上客がついたんだな。まっ、ちょっと気性がはげしいやつだったがあいつも会津産だ。きっと客を満足させるであろう。
因みに私はラーメンの麺である。えっ?何故蕎麦屋にラーメンの麺があるのかって?それはお前、店主とおかみさんがまかないで食べるからだよっ!
蕎麦屋を営んでいるからって毎日蕎麦なんか食えるかっ!いや、週に2、3回は食べられるか?
もっとも店主たちがラーメンを食べるのは月に2、3度だ。だから前日のまかないはパスタだったし、その前は焼きソバだった。
おかみさんが暑さにやられた時は「これならば食べられるか?」と店主はミョウガがたっぷりのったそうめんを作っていたな。くっ、見せつけてくれるぜっ!愛か?愛なのかっ!
うんっ、でも結構な割合で麺類だな・・。やっぱりこれも愛故なのだろうか?
因みになんで私がそんな前の事まで知っているかというと、私はラーメンの麺に憑依している精神生命体だからだ。
なのでまかないで麺本体を食べられても別の麺に乗り移れるのである。但し乗り移れるのは半径3.3メートル以内にある麺だけなので他へは行けないのがちょっとだけ残念である。
そう、ここは異世界。なので私みたいな存在も結構普通だ。そして今の私の『夢』は伯爵令嬢様に食べられてお譲様の腹の中で『婚約破棄』を観劇する事だっ!
でも残念ながら伯爵令嬢様がこの蕎麦屋に来てくれる可能性は薄い。でも希望は捨てないぜっ!待てば海路の日よりありと言うからなっ!
その日が訪れるまで私はここで待つのだっ!うんっ、ただ待つだけ。自分からは行動しません。だって私ってご都合主義な異世界の生き物だからねっ!
でも流れ星に願うぜっ!あーっ、リアルな『ざまぁ』をこの目で見てみたいっ!きっと楽しいんだろうなぁ、だって某所では大流行しているって噂だものっ!
-完-
さて、今回はとある企画への参加用として壮大なる異世界大叙事詩を投稿したが、この企画って文字数制限があり、なんとたったの2千文字以内で物語をまとめなければならなかった。
2千文字・・、おいおい、私は星新一じゃねぇんだよ。そんな文字数で物語など表現できるかっ!
なので本文の方は序章として、こちらに麺たちのその後を書き記します。
うんっ、なんせ前書きと後書きってそれぞれ2万文字文字まで書けるらしいからな。2万あればお譲様の宮廷婚約破棄エピソードだって書けちゃうぜっ!
では早速本編に行ってみようっ!
異世界奇譚「蕎麦は自分がこの世に生まれた意味を考える」改め「異世界のお譲様はお蕎麦が好きっ!」本編
それは異世界系精神生命体である私が何回目になるかさえ忘れるほど憑依する麺を乗り換えた秋の日の午後に起こった。
そう、私が地縛している蕎麦屋でも既に昼飯時のピークは過ぎ、大して広くない店内には2、3人の客が残るだけとなっていたこの時間帯に、場違いとも言える豪華な仕立ての馬車が店の入り口に横付けしたのだ。
しかも驚け、その馬車の前後には馬に騎乗し帯剣した屈強な体躯の兵士が随伴していたのであるっ!その意味するところは魔王軍に屈したこの国の王が私に差し向けた公安の『手入れ』に違いないっ!
そう、実は私はこの地域を陰から牛耳る魔王と敵対していた、今はなき勇者パーティの一員だったのである。なので魔王は勇者パーティの生き残りである私を亡き者にしようと自身の手先となったこの地域を統治する王に命じて刺客を送り込んできたのだろう。
因みに勇者パーティにおける私の職種は『警戒員』だった。いや、だって私って精神生命体だから実態がないので物理的な交戦は苦手なのよ。まぁ、出来なくはないんだけど、そもそもそっちの方は戦士や勇者がいたからね。
なので私は主に索敵や諜報活動でパーティに貢献していた。特に諜報では抜群の成果を残したね。だって私って普通の人には見えないからさぁ。なので隣にいても大抵の人は気づかないのよ。
おかげでちょっとこいつ怪しいなと思うやつには2、3日張り付いて言質をとりまくったの。
ほら、あなたの側にも私みたいな存在がいるかもよ?だからエロサイトばかり見ていると知らぬ間にクラスや職場で変な噂が立っちゃうかも知れないぞっ!
で、そんな情報戦を主に担っていた私が当時一番警戒していたのは、実は途中からメンバーとなった聖女だったりする。だって聖女ったらやたらと勇者にハニートラップを仕掛けていたんだもん。
でもこう言ってはなんだが、私が所属していたパーティの勇者って性格はすげーいいやつだったんだけど見た目がちょっと残念系だったんだ。なので勇者なのに全然モテなかったのよ。
ところが聖女はパーティに入った途端、勇者に猛アタックしたからね。幾ら人の好みはそれぞれと言っても怪し過ぎるだろう。なので私は警戒したのだ。
だっておかしいだろう?聖女って『聖なる乙女』なはずなのになんで勇者に色仕掛けをかますんだよっ!
えっ、別世界のラノベでは定番なの?ラノベでは聖女はお色気担当?えーっ、それってあまりにも読者であるお子ちゃまたちに忖度し過ぎじゃないのかなぁ。
で、実際のところ聖女は魔王の手先でもなんでもない、男性に対してちょっと変わった好みを持っていただけの普通の聖女だったんだけど、それでも勇者パーティを瓦解させた一番の要因はやっぱり聖女だった。
だって結局勇者は聖女にめろめろに溶かされて腑抜けとなってしまったからな。うんっ、恐ろしきは女の色香である。
と言うか普段女性にモテなかった勇者にとっては聖女はまさに女神様だったのだろう。なのでもう聖女に言われるがままだったよ。
しかも戦士や剣士も聖女が連れてきた可愛いメイドたちにいとも簡単に篭絡されてしまったからね。うんっ、男って生物的に女に抗えないのかも知れないな。
更にさすがに女性だから魔法使いは大丈夫だろうと思っていたら、魔王軍内で『丘の上の王子様』との異名を持つ四天王のひとりに『ニコポ』されてしまい、いつの間にかいなくなってしまった・・。
このふたりに関しては魔王軍からも探索隊が出たらしいから、つまるところ『駆け落ち』だったらしい。
成る程、愛は盲目とはよく言ったものだ。まるでロミジュリじゃないか。でも昭和枯れススキにならないように祈っているよ。
しかしあれだね、私が所属した勇者パーティってちょっと仕事に対する姿勢ってやつが駄目だめだったんじゃないか?仕事仲間に恋愛感情を持つのはどうかと思うんだけど?
いや、一般の職種ならば別に気にする必要もないのだろうけど、勇者パーティってズバリ言うと殺傷無双を通常業務にしている出来れば側にいて欲しくない職なんだよ?
そんな明日の命も知れない間柄なのに恋心を抱いたら職務に支障がでるじゃない。いや、吊橋効果で結構燃え上がっちゃうのか?
恋愛系の物語でも何か障害がある方が盛り上がるにしいしね。だけどそうなるとまた別の問題が浮き上がる。それは・・。
なんで私には誰もハニートラップを仕掛けてこないんだよっ!おかしいじゃないかっ!私だって勇者パーティの構成員なんだぞっ!
あっ、私って精神生命体だから魔物たちには見えないのか・・。あれ?と言う事は私って魔王陣営から勇者パーティのメンバーとして認識されていなかったの?あれれ、もしかして王国側からもスルーされていた?
がーんっ!どうりで王国から支給される給金がいつも5人分しかなかった訳だよっ!そう言えば出陣式の時にも私だけ名前を呼んでもらえなかった・・。あれってそうゆう理由だったのか・・。
くそっ、勇者めっ!なにが「お前は俺たちの切り札だからな。なので王国にも存在は隠してあるのさ。」だっ!
ふざけるなっ!単に説明が面倒だっただけだろうっ!絶対そうに決まってる。うんっ、今から思えばあいつはそうゆうやつだったっ!地獄に落ちやがれっ!
かくして複雑な要因が重なって、勇者パーティは魔王と戦う前にあっけなく瓦解したんだけど、私としてはひとり貧乏くじを引いたみたいで納得できなかった。
だって、なんか私だけひとり幸せじゃないじゃんっ!他のメンバーたちはハートマークをばら撒いているのに、なんで私の背景は縦線で表現されているんだよっ!
うんっ、小説なのに漫画的技法で状況を表現してしまった。まっ、この方がお子ちゃまたちには想像しやすいだろうからな。なので気にしないようにしよう。
で、話を戻すが、そうゆう訳だから私はひとりで魔王の元に行き魔王の寝首をかこうと思ったんだよね。
ほら、私って精神生命体だからさ。ひとりだけならばどんな防衛陣地だってスルーパスなのよ。魔王城の門番だって私には気づかなかったからね。
でも魔王が眠る寝室にて私は自分の失敗を痛感したんだ。
「ぎゃーっ、ここって魔力濃度が濃過ぎて実体化できねぇっ!」
うんっ、さすがは魔王だったね。今まで経験した事がないくらいの魔力濃度だったよ。おかげで実体化はおろか魔王に近付く事すらできなかった。
しかも寝ていたはずの魔王は私の存在に気づきやがったのよ。私、実体の無い精神生命体なのに・・。
はははっ、実は勇者よりも魔王の方が色々な面で優秀だったのかも知れないな。
でも優秀過ぎて周りのやつらがアホに見えたんだろう。特に人間たちが。だから虫けらを駆除するかの如く目障りな人間世界を攻撃したのかも知れない。
とは言え、そんな魔王も完全防御形態の私を消滅させる事はできなかった。いや、HPはすげぇー削られたんだけど、なんとか魔王からの攻撃をしのいで逃げ出せたのよ。
でも王国に逃げ帰っても魔王城で失ったHPは中々回復しなかった。教会に行っても駄目だったな。もしかして何か呪いでも掛けられたのかもね。
なので仕方なく私は残ったMPの全てを使ってたまたまそこにあった蕎麦屋に進入し、厨房でまかない用として用意されていたラーメンに憑依したのだ。そして魔王の索敵から隠れるように今日までHPの回復に努めていたのである。
しかし安寧な時は続かないらしい。結構完璧に姿をくらませたつもりだったんだけど、とうとう魔王の手がここまで及んできたようだ。なので私は決断した。
「くっ、とうとう魔王の追及の手がここまで及んだのか・・。だが事ここに至っては止む無しっ!降りかかる火の粉は払わねば道は開けぬっ!」
私は束の間の安らぎもこれまでかと腹をくくり、そこそこまで回復していたMPを駆使して厨房にあった様々なものを使い体を実体化させると麺打ち棒に変化させていた愛剣『エックスリカバリー』を念動力で引き寄せ手にした。
因みにこの時の実体化した姿は頭が麺を茹でる『寸胴鍋』で胴体は使用済みの割り箸群で構成してみた。
更に胸の部分には敵を欺く為に蕎麦のどんぶりをふたつ貼り付け、股間部分には蕎麦の麺を充てた。これによって相手の視線は胸部のどんぶりと股間のヘアもどきに釘付けとなるはずだ。
ふふふっ、我ながら中々の策略である。そう、精神生命体である私にはあまり理解出来ない事なのだが、人間の男たちは胸部にふたつの膨らみがあるとそこから目が離せなくなるのを私は知っているのだっ!
あれ、なんか頭がでか過ぎてふらふらするんだけど?あれ?寸胴鍋はボディにしておくべきだったか?と言うか胴体を構成する割り箸群が寸胴鍋の重さに耐え切れずにミシミシいっているんだが?
くっ、やはり時間を惜しまずに割り箸はトラス構造にしてボディを構築しておくべきだったか?でも相手が糊付けした割り箸の接合部分が乾くまで待ってくれるわけがないからなぁ。
と言うかこの割り箸って使用済みのリサイクル品だから片方が汁で湿っているから糊がくっつかないや・・。
まっ、戦いってやつは常にベストコンディションで対戦できる訳ではないからな。でもその時々でベストを尽くすのが勇者ってもんだぜっ!
いや、私は勇者じゃないけどね・・。実体を持たない、しがない精神生命体です・・。
でもそんな事は関係ないんだっ!ようはやる気よっ!気概だ気概っ!人生常に前向きうつ伏せ倒れだぜっ!
しかしそんな私のヤケ糞のような気合も、先に馬車から降りた執事らきし男に手をとられ馬車を降りてきた貴婦人の姿によって霧散した。
おーっ、そのお姿はっ!もしや隣国ウロナ帝国の宰相ハイファーン伯爵のご息女、ラブリー・ハイファーンお譲様ではないだろうかっ!
いや、間違いないっ!なぜならばお譲様が降り立った馬車の扉にはハイファーン伯爵家の紋章である『トラックに轢かれたロクデナシ』が刻まれていたのだからっ!
えっ、なに?もしかしてお譲様ってお蕎麦を食べにきたの?こんなしがない下町の蕎麦屋に?
えっ、なんで?別にこの蕎麦屋ってSNSで人気になっている訳でもないよ?確かに昼飯時には多少行列ができるけど、蕎麦って回転が早いから並んでいても数分も待てば食べられるんだよ?
だがそんな私の危惧を知る由もないお譲様は、店内にお入りになるとそそくさと窓際の席にお座りになられ、壁に掲げられたメニューをざっと見わたすとその中から『ニシン蕎麦』をご注文あそばされた。勿論この店の隠れた人気商品である饅頭の天ぷらもオーダーなさいました。
この時点で私は天に感謝した。だってお譲様が注文したニシン蕎麦か饅頭の天ぷらに憑依し直せば、お譲様に食べられてお譲様の腹の中で念願だった『婚約破棄』を観覧できるじゃんっ!
おーっ、これぞまさに『待てば海路の日よりあり』だっ!
しかしここで私に迷いが生じた。
あーっ、どうしようっ!蕎麦に憑依すべきか、はたまた饅頭にしておくべきか。それが問題だっ!
原文:To be,or not to be,that is the question.
いや、考えている暇はない。ぼやぼやしていると店主が麺を茹で始めてしまう。その横でおかみさんが饅頭を揚げ始めてしまう。
よしっ、決めたっ!蕎麦に憑依しようっ!だってここは蕎麦屋だからなっ!
しかし私は一旦蕎麦に憑依しようと決断するも、何故か饅頭も捨てがたくなり直前でふらふらしてしまった。
なのでそうこうしているうちに蕎麦は茹で上がり饅頭もカラっと揚がってしまった・・。
うんっ、ちょっと訳があって私って製品として完成してしまったものには憑依できないのよ。
くーっ、人生一世一代の失策っ!うんっ、もういいや、こうなりゃ蕎麦湯に憑依しようっ!そしてお譲様に食後に飲んでもらおうっ!あれ?蕎麦湯って既にそれだけで完成しているから駄目か?
と言う事で、結局蕎麦と饅頭のどちらにも憑依するタイミングを失った私は自分の決断力のなさに涙した。だが天は私を見放さなかったぜっ!
なんとお譲様は初めて食された饅頭の天ぷらが大層お気に召したらしくおみやげにすると言って追加の注文をなさったのだっ!
何たる僥倖っ!私は今度こそ躊躇う事無くおかみさんが今まさに油へ投入しようとしていた饅頭に憑依したっ!
因みに別に私は油で揚げられても熱くありません。そもそも痛覚だってもってないからね。というか饅頭や麺だってそんな感覚器官は持っていないはずだ。
だってそんなもん持っていたら口の中で咀嚼される度に悲鳴を挙げているよ。だけどここは異世界だからなぁ。別世界の常識なんて作者の匙加減ひとつで簡単に吹っ飛ぶから油断はできないな。
そして今、饅頭の天ぷらに憑依した私はお譲様の膝の上で馬車に揺られていた。うんっ、揚げたての饅頭の天ぷらはほかほかだからな。なのでお嬢様様のお膝をぬくぬくと暖めるぜっ!
そのぬくもりを膝に感じながらお譲様は先ほど食された『ニシン蕎麦』と『饅頭の天ぷら』の感想を対面の席に座る執事に語り始めた。
「噂とおりに美味しいお蕎麦でしたわ。またデザートのお饅頭も蕎麦のお汁のしょっぱさとハーモニーして更に甘さが引き立っていました。」
「左様でございましょう。まぁ中には濃い汁は新蕎麦の風味を台無しにするなどとイチャモンをつける輩もおりますが、その様な者たちは所詮ジャンクフードの食べ過ぎで味覚が破綻したお子ちゃま舌の者たちです。様々な食材が織りなす微妙な味わいを知覚できぬようになった『食』の脱落者でございますから耳をかす必要はありません。」
「ふふふっ、じいは厳しいわね。でも私だってジャンクフードは好きよ?」
「お譲様、モノには加減というものがあるのです。お譲様は強くご自分を自制する事がおできになりますが、件の者たちは欲望に飲み込まれ際限なく食べ続けてしまうのです。その結果、味覚が破綻するのです。それでも尚、美味しかったという記憶は残っていますから、馬鹿になった味覚を満足させる為に更に強い刺激を求めてしまうのです。」
「あーっ、とうがらし系のお菓子や料理はそんな事になりやすいと料理長が言っていたわ。」
「左様ですな、挙句の果てにはどれだけ辛いものを食べられるかなどと競争しあい、あまりの辛さにぶっ倒れる者もおります。」
「まぁ、そんな事をする者がいるのですか?浅はかですわねぇ。」
「食は生物にとっては必須なものですが、人間はそこに娯楽という要素まで織り込みますから時として行き過ぎた行動にでてしまうケースもあるのでしょう。」
「ふふふっ、つまり仲間内で盛り上がってしまい退くに退けぬ状況になってしまうのですね。」
「左様でございますな。まさにこれは集団帰属意識の暴走でしょう。所謂『場の空気を読む』という事の行き過ぎた末路です。」
「娯楽もほどほどに楽しまなくては駄目だという事ね。でも美味しいものの誘惑には中々抗えないわ。先ほどのお蕎麦とお饅頭は本当においしかったですもの。」
お譲様はそういって私が憑依したまだ暖かい饅頭の天ぷらが入っている包みにそっと手を置かれた。
そんなお譲様に対して入り口側に座った執事が『ニシン蕎麦』と『饅頭の天ぷら』についてうんちくを語り始めた。
「こほんっ、実はこの地域は内陸なので海には面しておりません。なので新鮮な鮮魚は手に入りづらいのです。ですが先人は魚を干して乾燥させ保存するという技術を編み出しました。この処置によって魚の長期保存が可能になり内陸部でも海の魚類を食べられるようになったのでごさいます。」
「所謂干物というものですね。じいもお酒のつまみとしてイカの干し物であるスルメとかが大好きですものね。」
「はははっ、お恥ずかしいばかりです。まぁ、ワインにチーズもよく合いますがポン酒にはやはり炙ったイカが最高です。これはかの大物演歌歌手も歌われていましたからな。」
「鮒唄ね、でも何故炙るのはイカなのに唄のタイトルは『鮒』なのかしら?」
「権利等の回避対策です。所謂言い換えです。ネットでも『死』というワードはネット警察の検索対象なので『詩』という同音文字に置き換える行為がなされていますから。」
「まぁ、そうですの。頭がいいのかこずるいのかイマイチ判断しかねるやり方ですわね。」
「規制はある意味発展の原動力になり得ますからな。ですのである程度の規制は市場を活性化させます。逆に行き過ぎた規制撤廃は市場を混沌とさせかねません。まっ、規制反対派はそんな事まで考えが及ばずただただ自分の利のみを主張するのですよ。」
「つまり後始末はしないと?」
「しませんなぁ、すごい輩になると手の平返しで規制を撤廃した事を批判してきますからな。」
「そうですわね、ところでじい。私は干物とお蕎麦の、お話の続きを聞きたいわ。」
「おっと、これは失礼いたしました。実は『ニシン蕎麦』と『饅頭の天ぷら』はこの地域だけの特産ではないのですよ。そのルーツは異世界信州にあるのです。」
「まぁ、そうですの?」
「はい、まぁこれはあくまで俗説なのですが、その昔信州は高遠藩を治めていたご領主が幕府に領地換えを命じられ会津の地に移られたのです。その時に信州で食べられていた『ニシン蕎麦』と『饅頭の天ぷら』も一緒に会津の地に伝えられたと言われています。」
「まぁ、そうなのですか。そうなるとあまり声高々に『ニシン蕎麦』と『饅頭の天ぷら』を会津のソールフードだと言うのは憚られるかしら?」
「その様な事はございません。と言うかそれがまかり通ってはご当地ラーメンなどはアピール出来なくなりますからな。」
「それもそうですわね。パクリとは違いますものね。」
「創作において『パクリ』とは元の作品やアイデアを無断で盗用し、他人の表現を流用した制作者の努力を踏みにじる行為ですが、元の作品やアイデアに刺激を受け、そこに新たな感性を加えて表現を昇華させたものは『オマージュ』です。ですので信州の『ニシン蕎麦』や『饅頭の天ぷら』と会津の『ニシン蕎麦』と『饅頭の天ぷら』は似てはいますが別物なのですよ。」
「成る程、某素人投稿サイトのテンプレ作品も扱うテーマは同じでストーリーラインもほぼ一緒らしいけど、それでも別の作品だという事なのですね。」
「それは・・、まぁ微妙なところではありますが、そうなるのかも知れません。」
「ところで話は変わるけど、定年退職後の方々が嵌まる事に『蕎麦打ち』があると聞いた事があるのですけど、もしかしてじいもそうなのかしら?そもそも今回のお店を紹介してくれたのもじいだったわよね?」
「こほんっ、まぁ手慰み程度に興味はありますな。」
「ならば今度はじいが打ったお蕎麦を食べてみたいわ。」
「いや、私などまだまだでございます。とてもお譲様へお出しできるようなものではございません。」
「でもスープとかは色々試しているのでしょ?料理長が嬉しそうに話してくれたわ。じいは覚えも早いし筋もいいって。」
「お譲様、料理長の話を真に受けてはなりません。彼はスープに指を突っ込んで温度を測る際物ですから。そんな彼の十八番話は、とあるラーメン店で客が注文したラーメンを女給がテーブルへ置く時に器を掴んでいる親指がスープに入っていたらしく、その事を客が指摘すると女給は『大丈夫、熱くないから。』と返したというものでした。」
「じい・・、それは某シンガーソングライターの『さらまわし』がコンサートでネタにしていた話では?」
「あれ?ご存知でしたか?えっ、何故?これって随分昔の話なんですが。」
「料理長が嬉々として私にも話してくれましたから。」
「これは失敗しました。身近な者からの伝聞は伝える相手を間違えると恥をかきますな。」
「でも昔の体験話って、いわばタイムマシンだから聞くのは楽しいですわ。なのでまだ私が幼き頃にじいが子守唄代わりに語ってくれたお話も楽し過ぎて逆に眠れなかったくらいですもの。」
「くっ・・、なんとお優しいお言葉か。私には勿体無いくらいのお言葉です。」
「じい、泣かないで・・。でも『涙の数だけ強くなれる』とも言うから、じいには長生きして貰うために少しくらい涙してもらった方がいいのかしら?」
「くっ、更なる追い討ちとは・・。勿論じいは死んだりしませんぞっ!トラックなんぞが突っ込んできたとて逆に弾き返してみせまするっ!そしてお譲様へ101回目にプロポーズしてきた者とお譲様がご結婚される姿をこの目に焼付けとうございますっ!」
「じい・・、私って既に333件くらいプロポーズを断っているのだけど・・。」
「あーっ、そうでしたな。まぁ、あんな伯爵家の権威目当てな輩共からのプロポーズなどはカウントなしと言う事で。」
「そう?でもプロポーズをお受けして取り敢えずでも婚約しないと『婚約破棄』を体験出来ないのよね。だから一回くらいはお受けするべきかしら?」
「お譲様、お戯れを。そもそもお譲様に対して婚約破棄などを宣言する者をお父上であるハイファーン卿がお許しになるはずがございません。仮にそのお相手が王族だったとしてもです。」
「あーっ、まぁそうね、姉様の時はすごかったものねぇ。お父様ったらたった3日でお相手の国を攻め落としてしまわれたもの。」
「はい、左様でございます。もっとも、あれはあの国が有する鉱山の利権を我が国が手に入れる為にハイファーン卿と国王とが仕組んだ謀略ですがね。それにまんまと引っかかったあの国の王子と王がアホだったという事です。」
「あら、そうだったの?なんだ心配して損しちゃったわ。と言うかその事って姉上もご存知なのかしら?」
「当然です。承知の上でご協力下さいました。でなければあんなアホな王子などからの申し出をプリティ様がお受けするわけがございません。」
「やっぱり・・、そうよねぇ、でなければ気位の高い姉様があんな屈辱を受けながら黙って引き下がるわけないですものね。私も当時は変だなとは思っていたのよ。」
「これも別世界で『婚約破棄系』の物語が流行ったおかげですな。プリティ様におかれましては架空の物語をリアルに体験できるとノリノリでございました。おかげでアドリブが行き過ぎて危うくあのアホ王子を言い負かししてしまいかねなかったようでございます。」
「ノリノリだったんだ・・。でも相手が掲げる婚約破棄理由の不備を突っ込むのは『婚約破棄系』で定石なのでは?」
「まぁ、そうなのでしょうがプリティ様にかかりますと1が10・・、いえ100くらいまで話が膨らみますので、どこでお知りになったのかアホ王子の王室資産不正流用までばらしてやり込めたとか。」
「それって単にカマをかけただけなのでは?」
「どうでしょうか、私には判りかねます。まぁ、確かにプリティ様はその手の情報に精通なされていらっしゃいますからなぁ。この前も、とある貴族が政治資金パーティーで集めた裏金の事をちらりと臭わせて、見逃す見返りにご自身が名誉総裁を務めるNPOが運営している子供食堂に結構な額の寄付金を出させていました。」
「それって姉様の名前は表に出ないのよね?それどころか姉様はその貴族にお礼を言わなきゃならなかったはず。しかも相手は更に篤志家として名が上がって大喜びなんじゃないの?」
「左様でございますな。ですが角を立てずにwin-winとするのは上に立つ者として最良の采配といえます。これぞまさに現代の大岡裁き。私も感服致しました。」
「はぁ、出来すぎる姉を持つ妹の事も考えて欲しいものだわ。私は姉様と違って自立などせず殿方に寄生して安楽な生き方をしたいのに。でも切れ者の姉様の妹という噂が立っては殿方に尻ごみされてしまいそう。」
「はははっ、お戯れを。お譲様が慎ましい良妻賢母な性格なのは知れ渡っております。そのせいもあって求婚の申し出が後を絶たないのはご存知ではないですか。」
「じい・・、結婚相手はひとりでいいのよ。でも私は理想が高いから相手は『三高』じゃないと嫌なのっ!」
「『三高』でございますか?しかしお譲様のお立場よりも高位となると数が限られてしまいます。下をみてもぎりぎり同格の伯爵家となり・・。」
「なにを言っているのよ、じい。結婚相手の『三高』って言ったら『高Lv』『高HP』『高MP』に決まっているじゃないっ!」
「お譲様、ラノベの読み過ぎです・・。そもそもそれだと該当者が勇者か魔王くらいしかいないのでは?」
「ああっ、勇者様っ!どうか私を聖女としてパーティメンバーに加えて頂きたいわっ!そしたら猛アタックして必ず落としてみせるのにっ!」
「お譲様っ!なりませぬっ!ラノベの聖女枠はお色気担当と相場が決まっているのですっ!お譲様のお胸ではかなり無理がございますっ!」
どんっ!ぐふっ!
執事の諫言に対してお譲様の右フックが執事の脇腹に綺麗に決まった。うんっ、お譲様のお胸に関しては私も黙っていたのにこの執事って馬鹿なのか?
だが私の予想に反して執事は脇腹を抑えつつ口元に笑みを浮かべながらこう言ったよ。
「いつもながらキレのあるパンチでございました。これならばいつ嫁いでも安心して初夜を迎えられますぞ。」
「もうっ、じいったらっ!あまりおだてないでっ!恥ずかしいわっ!」
いや、お譲様?なんか初夜を勘違いしていないか?普通の初夜はベッドの上でプロレスごっこをするらしいけどボクシングはしないはずなんだけどなぁ。
まぁ、ここは異世界だからな。色々と違うのか。
と、まぁ、こんな感じで馬車の中ではお譲様と執事の会話が弾んで?いたが、このお話って精神生命体である私が主人公だったはずなのになんか忘れられている気がする・・。
なので最後の方ではいきなり私が突っ込み始めたので違和感があったでしょう?
これってやっぱり饅頭に憑依したのが失敗だったのか?そう言えばアニメ化までされた某人気スライム作品も、中盤以降には『人型』になっていたらしいからな。
そうかぁ、やっぱりビジュアル的には姿がないと駄目なのか。と言うか婚約破棄を堪能したいのならばお譲様の姉上様に憑依しなけりゃならなかったんだな。
うんっ、失敗したぜっ!なのでこのお土産のお饅頭の天ぷらは是非ともプリティお譲様に食べて頂こうっ!
そして腹の中で観劇するぜっ!最高の『婚約破棄』をねっ!
-異世界のお譲様はお蕎麦が好きっ! 完-
後書きのあとがき
うんっ、駄目だ。2万文字ってこんなに書いても届かなかったっけ?
まぁ、よくよく考えると2万文字って文庫本の20%くらいだからな。ちょろっと書く文量ではないか。
と言うか、なんで運営のエンジニアは前書きと後書き用としてこんなに文字数を充てているんだよっ!絶対必要ないだろうっ!
と言う事で、ここまで読んだ方はお疲れ様でした。歯磨きして寝て下さい。まさかお昼休みに読んでいるやつはいないよな?
だってここまでで本分も含めると1万3千文字以上だぞ?絶対休み時間内で読みきれないだろう?と言うか途中で飽きなかった?私は飽きたよ・・。
だからもうやらない・・。と言うか眠いよ・・。おやすみ・・。
-お後がよろしいようで。-