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第5話 悪い行儀は優しさの内

 めちゃくちゃな出会いというか再会があった翌日。もう日は登りきるくらいの時間になっていた。

 今日が土曜日で本当に良かったと思う。

 昨夜、路地裏で山崎さんを救うために無茶な魔術を使ってしまった反動で、全身が筋肉痛だ。

 頭痛も覚悟していたが、そっちは幸運にも控えめで済んでいる。むしろ、二日酔い気味なのが辛い。


「いたたたたた」


 思わず声が出てしまうくらいに痛い。ただ、翌日に出たことだけは少し嬉しい。これならまだ若いと言い張れる。


「うおおおおお」


 気合いを入れ、床に直置きしたマットレスから起き上がる。動くには動くけど、まじで痛い。

 トイレに行くためだけでこの苦労だ。土日は引きこもるしかないだろう。食料も、まぁないことはない。飢えはしないと思う。

 このところ土日は副業で忙しかった。たまにはゆっくりした休日を過ごすのもいい。痛いけど。


 ピンポーン


 用を足し終え、マットレスに戻ろうとしたところ、玄関のチャイムが鳴る。


「こんにちはー」


 ドアの向こうから、可愛らしくも元気な声が聞こえる。嬉しいやら困るやら、俺のゆっくりとした休日は終わりを告げた。

 寝る時に着ているスウェットのままだが、まぁいいか。


「やぁ」

「はい、こんにちは! 助手です!」


 体を引きずるようにしてドアを開けると、美少女がにっこりと立っていた。

 桜色のブラウスに、濃いピンク色をしたロングスカート。長い髪はハーフアップにまとめられている。

 くそう、なんだこれ、可愛いぞ。しかし俺は好きにはならない。なぜなら大人だからだ。


「ああ、おはよう」

「もうお昼ですよって、どうしました? 体調悪いんですか?」


 俺の憔悴しきった顔に気付いたのか、慌てて玄関に入ってくる。フワッといい香りがして、クラクラしそうだ。


「あー、筋肉痛でね」

「何か運動されたんですか? 木曜日あたりでしょうか?」

「昨日ね」

「昨日でしたか」

「うん、昨日だよ」


 筋肉痛と聞いて、露骨に安心している。本当にわかりやすい子だ。

 そのすぐ後に、なにかに気付いたみたいだ。


「もしかして、私を助けてくれた時ですか?」

「まぁね」


 さすが、魔法・魔術学部。よく知っている。


「それはすみませんでした」

「いやいや、魔法使いとしては当然」

「それでも、私のために……」

「気にしないで。土日寝てれば治るだろうし。それじゃ、今日はこれで」


 ドアを閉めようとした俺の手を、山崎さんがゆっくり遮った。


「わかりました。大丈夫です。私が介護しますので」

「は?」


 何が大丈夫か、よくわからない。しかし山崎さんの鼻息が荒いことだけは、よくわかった。


「はい、お邪魔しますね」


 俺の返事を待たず、靴を脱いで部屋に上がる。二度目となるともう、勝手は心得ていた。


「失礼します」

「おっ」


 今にも震えそうな体が優しく支えられる。左側の背中に凄いものが当たっていることにも気付いていないようだ。

 それほど山崎さんは強引で真剣だった。俺はなんだか恥ずかしくなった。

 そのまま彼女の助けを借り、なんとかマットレスに寝転んだ。


「ゆっくり寝ててくださいね。見てますから」

「いや、見られても」

「そうだ、お食事は?」

「特に」

「じゃあ、持ってきますから待っててください」


 軽く掌を叩いた山崎さんは、バタバタと俺の部屋を出て行った。


「お待たせしましたー」


 しばらく待つと、蓋つきのお椀を持って戻ってきた。そっと運んでいるので、出ていった時よりも動きがゆっくりだ。

 お椀をテーブルに置き、俺の上体を起こしてくれる。


「余り物だし、お行儀も悪いんですが、食べやすいかなと思いまして」


 山崎さんがお椀の蓋を開けると、出汁と味噌のいい匂いが漂ってくる。白いご飯に味噌汁がかけられていた。具はキャベツと油揚げ。確かに行儀は悪いが、気にする程ではない。

 それに、俺も気を遣わないで済む。

 大きめのお椀で持ってきたのは、間違ってもこぼさないようにするためだろう。たくさんの配慮が眩しすぎる。


「うまそうだね」

「よかった。引かれなくて。はいどうぞ」

「あー……って」


 柄に猫の付いたスプーンが差し出される。そこには味噌汁かけご飯が乗っていた。

 あまりの自然さに何の違和感もなかった。危うく『あーん』をする所だった。


「自分で食べるよ」

「ちぇー、残念」

「遠慮なく、いただきます」


 頬を膨らます山崎さんを極力見ないようにして、味噌汁かけご飯を口に入れた。

 優しい出汁の風味が口に広がる。こんな手料理を食べたのはどれくらいぶりだろう。


「うまい」

「よかったぁ」


 山崎さんが持ち上げてくれたお椀から、次のひと口をすくい上げ再び口に運ぶ。その勢いで、全て食べてしまった。


「ご馳走様。美味しかったよ」

「ふふっ、お粗末さまでした。嬉しいです」


 これは危険だ。胃袋まで掴まれては、完全に好きになる流れだ。鋼の意思が欲しい。


 ピピピピピピピピ


 妙な空気から俺を救ったのは携帯電話の着信音だ。デフォルトから変えていないのは、私用ではなく副業用に支給されたものだ。

 魔法使いへ仕事の依頼。通話の音声は加工され、不定期に番号も変わり、位置の特定もされない特別仕様だ。

 これが鳴るということは、黒影に困っている人がいるということだ。


「あー」


 この土日は仕事は受けられない。申し訳ないが、このまま留守電になるまで待とう。


「はい魔法使いです。代理で失礼します。助手のわたくしが承ります」


 おい。

 勝手に電話取ったぞ。

 助手だけど、雇い主の許可なしに。

 でも、名乗らないのは偉い。


「はい、そうですか。それはお困りですね。詳しく伺ってもよろしいでしょうか」


 これも大学で学んだのか、ほぼ完璧な電話対応だ。

 じゃない。なぜ勝手に話を進めている。

 相手に聞こえてしまうので声も出せず、電話を奪うこともできず、俺は悶え続けた。


「はい、はい、承知いたしました。お任せください。連絡は今かけられている番号でよろしいでしょうか」


 しかも仕事をうけてるよ。それにしても会話上手いな。俺より上手いぞ。


「はい、では失礼いたします」


 山崎さんは、ゆっくりと通話終了ボタンを押すと、俺に微笑みかけた。


「お仕事ですよ」

「おい」


 ツッコミすら俺には痛かった。

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