第28話 事実だとしても言い方は考えた方がいい
山崎の一言で、香園さんが浮かべていた妙に柔和な笑みが引きつった。俺と瀬戸は、そのあまりの変化に息を飲んだ。
「私が、嘘を言っていると、いうことかな?」
「はい。嘘とは言い切れないかもしれませんが、少なくとも事実ではないです」
はっきりしっかり明確に、山崎は事実を突きつける。ここまで見ていた限り、香園さんは本当のお嬢様だ。恐らく、こうもはっきり否定的な意見を言われたことはないのだろう。
山崎の言葉は正しいが、正しいことが全てではない。勘違いであったとしても依頼者は依頼者だ。怒らせたり傷付けることがあってはならない。
「じゃぁ、どういうことなの? この気持ちは」
「恐らく、なにか別の要因があると思います。黒影の影響が出てしまった方は、本来の欲求とは別の角度から、欲求を満たそうとします」
「別の?」
「ええ、特に他人や自分を傷付ける方向に働いてしまうことが多いです」
口を挟もうと思ったが、一旦我慢した。どうやら、山崎の説明が聞き入れられているようだ。ゆっくりと抑えた声と言い回しで、相手を悪く刺激しないようにしている。
最初の言葉は、とりあえず話を聞いてもらおうとする山崎なりの工夫だったのだろう。あの歳でそれができるのは、単純に尊敬に値する。
間に入られてしまった瀬戸は、ただ口をぽかんと開けていた。
「香園さんのお気持ちは、本心からのものでよろしいでしょうか。もし本音とは違う欲求に押し潰されてしまいそうならば、黒影の可能性があります。その場合は先ほどの言葉をお詫びさせてください」
「うーん、たぶんね、本心だと思うの」
香園さんは再び人差し指を口に当てた。どうも、山崎の説明と勢いに押されている。遠回しに『それはあなたのわがままですよ』と言われているようなものだ。いや、彼女にはその認識すらないのかもしれない。
「では、黒影ではなさそうですね。魔力の揺らぎも感じられないそうですので。ですよね?」
瀬戸の方を向いて、確認をした。俺じゃなくて瀬戸に確認するあたり、こういう場面で立てるべき相手を心得ている。空気の読み方は俺より遥かに上手い。山崎は恐ろしい女の子だ。
「そ、そうね。取り憑かれた方にある魔力は感じません」
「専門家もこう言っていますので、香園さんに被害はないかと」
「そうなのね……」
口に当てていた人差し指が段々と上に上がっていき、香園さんは目頭を押さえ始めた。
「でしたら、私はあなた達を無駄に呼んでしまったということでしょうか」
「そうなりますね」
すかさず瀬戸が答える。待て、その返答はまずい。その話を聞いた人や香園さん本人が、後々黒影被害を相談しづらくなってしまう。
「でも、よかったです」
俺が『いやいや』と言いかけたところで、またしても山崎が言葉を発した。しかも、俺が正解だと思うそのままの言葉だ。
「よかった、の?」
「はい。私もたくさん見たわけではありませんが、取り憑かれた方は本当に辛い思いをされます。場合によってはしたくもない犯罪に手を染めてしまうことすらあるんです」
「う、うん」
「だから、今回は黒影ではなくてよかったです。でも、香園さんの『もー』というお気持ちも何かがあるのかと思います。何の専門家でもない私ですが、よければお話を聞きますよ」
いや山崎、そいつはだめだ。魔法使いは個人の問題に深く踏み込んではいけない。それに、黒影を祓うこと以外は何の責任も能力もないのだ。
「待って助手。それはできない」
今度は瀬戸が山崎の言葉を遮る。
「申し訳ないです。今の発言は取り消させてください。心理的な問題の可能性もありますので、もし相談される場合はこちらの専門家を」
黒影の問題には、いつも心理的な問題が付きまとう。しかし、魔法使いには被害者の心をケアする資格も知識も能力もない。ここは、協会が提携する各種施設のパンフレットを渡した瀬戸の行動が正しかった。
補い合うような二人を見ていると、いいコンビなのではないかと思えてしまう。少し嫉妬してしまうくらい。
「大変失礼しました。余計なことを言ってしまいました」
慌てて謝罪すると、山崎は大きく頭を下げた。長い髪がふわっと揺れた。
そのままの体勢で、ちらりとこちらへ視線を向けてくる。俺は軽く頷いて返した。
「それでは、私たちはこれで」
「はい、ご迷惑をおかけしました」
「失礼します。また何かあればご連絡を」
最後は瀬戸が締め、二人は少し離れた俺の元へ近づいてくる。それぞれ思うところがあるのか、表情は優れない。
落ち込んだ様子の香園さんも気になるが、俺にできることは何もない。
「お疲れ。こういうこともあるさ」
「黒影じゃ、ありませんでした。それに、ほとんど全部助けられてしまいました」
悔しそうに震える瀬戸。あれだけ張り切っていたのに、この結果は望むのもではないだろう。
「それを悔しいと思う自分が悔しいです。本当は山崎さんみたいに、よかったと思わないといけないのに」
「そうだな。まだまだだな」
「うわぁ、里中さんにも慰められたー」
「それもだめなのか」
瀬戸は、鞄にしまっていた帽子を深く被った。これでもう顔は見えない。
そして、俺にはもう一人フォローしなければならない相手がいる。
「山崎も、よくやったな」
「私、余計なこと言っちゃいました」
既に涙目になっている。山崎は自分に厳しいところがあると思う。あれだけ話せれば充分なのに。
「次から気を付けたらいいよ。救いたい気持ちは俺も同じ。それ以外は完璧だったぞ。いろいろ勉強してるのがわかった」
「あああ、健司おじさーん」
「うお」
感情が抑えられなくなったのか、俺の胸に突撃してきた山崎はそのまま大声で泣き出した。周囲の目が一斉に集中する。こいつは良くない。
「里中さん……」
瀬戸の視線まで痛い。
結局、山崎が泣き止むまで五分ほど好奇の目に晒される羽目になった。
「ごめんなさい、ご迷惑を」
「いや、落ち着いたらいいよ」
こうして、瀬戸の初仕事と俺の初同伴は、肩透かしのような結末に終わった。
「あああああああああああああああ!」
いや、終わるはずだった。




