第26話 講師の心を研修生が知ることはない
指定されたのは、朝の十時に駅前の繁華街ど真ん中。家族、友人、恋人など、様々な人でごった返している場所だ。
そんな待ち合わせ場所に現れた瀬戸は、なんともいえず怪しかった。一言で表現すると、なんかこう、黒い。
つばの大きいキャップを目深に被り、レンズの大きいサングラスをかけている。初夏のような陽気には暑いだろう長袖シャツも、細身のジーンズも、とにかく真っ黒だ。
「それは、なんだ?」
半袖シャツに綿の長ズボンという至って普通の俺は、目の前の真っ黒に辛うじて問いかけた。
「私たちは目立ってはいけませんので」
「うん、目立ったらだめだな」
「だからです。これが私にできる全力の地味な格好です」
「そうか……」
その言葉が精一杯だった。
俺の隣に立つ山崎は、柄のないカットソーに七分丈のチノパンで足元はスニーカーと、何の変哲もない服装だ。好きなスニーカーのメーカーが同じだったという、ちょっと嬉しいエピソードもあるが、それは置いておこう。
「瀬戸さん、瀬戸さんは、そうなんですね。そっちの人なんだね……」
肩を震わせた山崎が呟いている。笑っているのか怒っているのか、絶妙な均衡を保った不思議な表情だ。
「え、なんか間違えましたか?」
人混みの中でも埋もれることなく、しっかり目立った真っ黒は、慌てたように周囲を見回している。
これは、魔法使いとしての初仕事に張り切り過ぎたパターンだろう。俺も買ったよ、サングラス。
真っ黒が真っ黒になった気持ちがすごくわかるから、ただ項垂れる事しかできなかった。
「山崎、頼む」
「はい、わかりました」
優秀な助手は、深呼吸をして肩の震えを止めようとし始める。俺の心情を察してくれたということだ。本当にいつも助かっている。
「瀬戸さん」
「なに?」
「言いにくいのですが、逆に目立ってますよ。せめて帽子とサングラスは外しませんか?」
「えぇ……」
山崎の言葉は、的確で適切で、俺の期待以上だった。俺は心の中で深く頭を下げた。
真っ黒は言われるままに、おずおずと帽子とサングラスを外す。ついでに袖も捲り上げた。やっぱり暑かったんだな。
少し明るい髪色と程々に白い肌のおかげで、真っ黒からだいたい黒い程度になった。
「これで、なんとか……」
「まぁ、なんとかな」
「なんとか、ですね」
まっく……瀬戸は涙目で俯いてしまった。山崎より少し高い身長が縮んで見えた。
強気な瀬戸がしおらしくしていると、多少は可愛げがあるような気がしてくる。もちろん、女性としてではなく、卒業したばかりの新社会人としてだけど。
しかし、助け舟は必要だろう。あんまり凹みすぎてもいい事はない。
「よし、そこまで目立たなくなったところで、行くか」
「はい、待ち合わせはこっちです」
瀬戸は知らないだろうが、実は昨夜のうちに協会へと確認を入れてある。本気の新人いびりだとしたら、文句のひとつでも言ってやろうと思ったからだ。
それでわかったのだが、瀬戸の言い分と事実には違いがあった。原因は、自分を特別だと思ってる者にありがちな自意識過剰というやつだ。協会としてはその辺の指導も含め、ベテランである俺に任せたいらしい。
だったら、正式に依頼するべきだろう。と、一応の文句は言ってやった。まぁ、引き受けたからにはちゃんとやるつもりだ。
依頼内容も問い詰めたところ、今回はそう難しいものではないそうだ。大学首席くらいの実力があるなら、難なくこなせるだろう。
ただし、変に舞い上がって余計なことをしなければ、という前提ではある。
指導も含めるのならば、基本的には瀬戸の思い通りにやってもらおうと考えている。失敗しそうな時や、誰かに危害が加わりそうな時にフォローしてやればいい。
程よくサポートして程よく指導する。本業のやり方を副業で踏襲するとは、まったく思いもしなかった。
「こんな人の多いところで待ち合わせなんだな?」
「周りに人がいないとダメらしくて」
今回は、取り憑かれた本人が連絡してきたパターンだ。黒影を自覚しているということは、自分の欲求にも気付いている可能性がある。
つまり、新人の仕事としてはちょうどいい案件ということだ。だからといって、油断できるわけではない。
「水色の日傘と、白いワンピースが目印だそうで……」
「あ、あの人じゃないですか?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねた山崎が、左の方を指差す。揺れる胸元に持っていきかけた視線を、差された方に無理やり向けた。
「ああ、確かに」
日傘を差しているため、周りの人とは少しだけ距離がある。おかげで見つけやすかった。
ふんわりとした栗色の髪は腰まであり、山崎と同じくらいの長さだ。半袖から見える腕の先は、肌と同じように真っ白な手袋。
顔は影に隠れて見えないが、お嬢様然とした出で立ちだった。
「認識阻害かけます」
「この距離からいけるのか?」
「私を誰だと思っているんですか? 会員ナンバー五千とんで四十二ですよ」
「まじか」
師匠のファン、そんなにいたんだ。
「やります」
瀬戸が依頼者に掌を向ける。数秒後、彼女の体から魔力が放たれるのを感じた。
さすが大学首席、見本のような認識阻害魔術だ。瀬戸の魔力は、依頼者の頭部を完全に覆っていた。
「いいね」
「当然です」
気に食わない相手でも、褒める時は褒める。それも俺なりに胸に秘めた、研修講師としての持論だ。
「さぁ、声をかけますよ」
「ああ。行くぞ山崎」
「はーい」
棒読みのような返事を聞き、この先の流れが何となく予想できる。覚悟して振り向いた先では案の定、山崎が頬を膨らましていた。




