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第18話 高所恐怖症は生存本能の証

 あれを使うのは本当に気が進まない。しかし、手段はそれしか思いつかないし、ここで使わなければ激しく後悔するのは確実だ。


「よし」


 早くも震えつつある膝を叩き、俺は近くにある二十五階建ての商業ビルに駆け込んだ。その勢いのまま、エレベーターのボタンを連打する。普段はなかなか一階で待機していないのだが、今日は運が良かった。

 このビルは展望用に屋上の一部が解放されている。俺の目的はそれだ。


 屋上に到着したエレベーターから降り、展望台に急いだ。予想通り、平日の朝は人がいない。これなら見られる心配は少ないだろう。

 柵の隙間から地面を歩く人々を見る。二十五階から見下ろすと、まるで米粒のようだった。高所恐怖症の俺はそれだけで足がすくんだ。


「よし、行くぞ行くぞ行くぞ」


 目を閉じて、ビル内や周辺の皆さんから魔力を頂戴する。そこそこの距離があるため、多めに必要だ。

 さらに、自分の周りに認識阻害を展開した。魔法であれば魔術よりも広範囲に適用することができる。これもまた、魔力を多く消費する。

 つまり、近辺の方々は、ちょっとイラッとするくらいでは済まないということだ。

 きっと打ち合わせや商談、様々な人間関係に影響があるだろう。しかし人命には代えられない。ほんとごめんなさい。


 目の前の柵は、安全のため普通には越えられない高さに作られている。それはあくまでも、普通にはだ。魔法使いにとっては大した問題ではない。

 山崎が通う大学の方向を確認し、自分の周囲に魔力を集中させた。体が軽くなったのがわかる。これで準備は完了だ。


「おりゃ」


 恐怖感と罪悪感に包まれながら、俺は柵をあっさりと飛び越えた。文字通り地に足がつかない感覚に、股間のあたりがヒュっとなる。やっぱり高いところは苦手だ。

 でも、痩せ我慢が必要になる時がある。いつだったか、麻衣子に無理矢理乗せられたジェットコースターを思い出した。あれは辛かった。


「あー、もう!」


 我ながらカッコのつかない叫びをあげる。俺の体は大学に向けて真っ直ぐに加速した。


「あああああああ!」



 測ったわけではないが、飛行速度は時速六十キロメートル程度。風圧や埃は魔法で作ったシールドが防いでいる。

 飛行の魔法なんて使うのは久しぶりだ。怖くて修行時代以降は使っていない。それでも迷いなく使ったのは、何のためだろうか。


 五分ほどで目的地が見えてきた。着地の場所も考えなければならない。認識阻害を使っているとはいえ、極力目立たない場所にしておきたい。

 目を凝らして適した場所を探す。普段はメガネだが、今は魔術で視力を強化している。おかげでかなり遠くまで視認することができた。

 ビルから見た時と同じくらい、米粒のような大きさだが、なんとか人の判別はできる。


「って、おい!」


 周りには誰もいないのに、思わず俺はツッコミをいれた。

 それもそうだろう。隠れていろと指示したはずの山崎が、キョロキョロウロウロしているのだ。あれはたぶん、麻衣子を探している。


「まったくもう」


 自分の身より他者のことを案じる。そういう子なのは知っていた。でも、さすがに今回ばかりは指示に従ってほしかったと思う。

 ただ、困りはしても怒りは湧いてこなかった。ほんの、ほんの少しだけ、嬉しかったかもしれない。

 ともかく、着地の場所はおのずと決まってしまった。人目がどうとか言っている場合ではない。認識阻害を強化しておこう。


 高所恐怖症のベテランとしては、飛び上がる時もだが着地の時も大変に怖い。再び股間のあたりがヒュっとした。本来はゆっくり地面に降り立ちたいのだが、そんな余裕はなさそうだ。

 俺はかなりの速度のまま地面に突撃した。その衝撃は、魔法で完全に受けている。


「わっ!」


 山崎の驚いた声が聞こえた。無事なのはわかっていたものの、まずは大きく安心した。地面に立っているというのも、実は安心材料としてかなり大きい。

 俺は立ち上がって山崎の方を見た。着地の風圧で、長い髪がバタバタとなびいている。彼女の服装が、細身のパンツ姿でよかったと思う。スカートだったら、派手にめくれてしまっていたところだ。


「って、健司おじさん!」

「おう」

「おうって、どこから来たんですか?」

「飛んできた」


 俺は上を指差した。


「え、空を、ですか?」

「うん。怖かった」


 山崎はイマイチ理解していないようだ。俺としてもかなり無茶苦茶やったと思う。


「えーと、どうしたんですか? 私は会えて嬉しいですが、状況がわからず、どう喜んでいいかわかりません」

「喜ぶのは確定なんだ。じゃなくて、隠れてろって言っただろ」

「あーそれは、元カノさんが取り憑かれてるなら、探さないとって思いまして。誰かに危害を加える前にと」

「まぁ、そうなるよな。山崎だもんな」

「わかってもらえてて、嬉しいです」


 焦っていたとはいえ、説明が不足していた。相手に細かく伝えないのは、俺の欠点のひとつだ。認識はしていてもなかなか直らない。


「多分、麻衣子の狙いは山崎だよ」

「へ? 私ですか?」

「うん、山崎の予想が本当なら、だけど」

「予想? ……ああ!」


 一旦首をかしげた後、納得したように手を打った。


「そういうことだよ」

「あちゃー、じゃあ隠れてないとダメでしたね」

「そうだぞ。指示に従ってほしかった。まぁ、なんとか間に合ってよかったよ」

「うーんと……」

「どうした?」


 山崎は俺の言葉に何か考え込んでいる様子だ。


「健司おじさん、私が襲われてしまう危険性があったんですよね?」

「ああ、たぶん」

「で、健司おじさんは文字通り飛んできてくれたと?」

「うん」

「さっき怖かったって言ってましたよね?」

「うん」


 山崎の顔がだんだんと緩んでいく。効果音をあてるとしたら『にへら〜』という感じの表情になっていた。


「ということは、健司おじさんは空を飛ぶのが怖いということですよね。高所恐怖症とかでしょうか」

「うん。あっ……」


 その顔の理由がわかってしまった。これは恥ずかしい。


「それでも来てくれたのは、私をそれほど心配してくれていたんですね。わかりました大丈夫です。私も好きです」

「そうなるかー」

「そうに違いありません」


 緩みきった顔のまま、山崎は力強く頷いた。否定しきれないところが、ますます気恥ずかしい。

 しかし、そんな甘酸っぱい気分は長続きしない。そうだ、ここ来た目的は山崎の安全確保と、もうひとつ。


「見つけた……」

「来たか」

「健くんも一緒なのね。そう、そういうことなのね」


 魔力のゆらぎと共に、抑揚のない声が聞こえる。振り向いた先では、かつての恋人が鞄から包丁を取り出していた。

 俺は魔法による認識阻害を広域展開した。

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