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第16話 思い出と未練は似て非なるもの

 これは修羅場というやつかもしれない。知らんけど。


「えーと、前に食堂で会った山崎さんよね?」


 エコバッグを肩にかけた麻衣子は、俺たちから目を逸らしながら問いかけた。たぶん俺と山崎がただならぬ関係だと思っている。


「あー、うん」

「もしかして、そういう関係?」


 そりゃあそうだろう。

 傍からは仲睦まじく寄り添っているように見えるし、なぜか髪も隠して男に見えるような服装をしているし。この状況でただのお隣さんだとは誰も思わない。


「えーと」


 魔法使いの助手とも言えず、かと言って麻衣子が想像している関係でもない。俺は口ごもることしかできなかった。


「あのですね、たぶん想像されている関係とは違いますよ」

「え?」


 どうしようもなくなっていたところで、助け舟が入った。麻衣子も驚いたように、山崎を見つめる。

 ここでのこれは、とても有難かった。しかし、この子が言うことだから、油断はできない。凄くいい子なのだが、どこかズレているのが山崎だ。


「実はですね、先週私が健司おじさんに一目惚れしてしまいまして」

「は?」

「え?」


 二人で声が揃った。なんてことを言うんだこの子は。


「それで、お隣さんなのをいい事にいろいろ連れ回していました。今も何度目かの告白を断られたところなんです」


 当然のことのように淡々と説明する山崎に、俺も麻衣子も開いた口が塞がらない。


「意思が弱いくせに頑固で、困ってしまいます。優しさで言わないんでしょうけど、年齢差を気にしてるのがバレバレです」


 山崎は大袈裟に肩をすくめて説明を終えた。嘘はついていなし、魔法使いの事は隠してくれている。そして俺が躊躇っている原因もバレていた。

 ほぼ完璧な答えだとは思うが、俺の背中を冷や汗が伝った。


「いててて」


 複数の要因が重なり、頭痛はますます酷くなっていた。


「大丈夫ですか?」

「健くん!」


 今度は女二人の声が重なった。ふらついたところを山崎が支えるのと同時に、麻衣子も俺に駆け寄る。


「今も頭痛続いてるの?」

「たまにね」


 麻衣子と付き合っていた頃、よく魔術の反動でデートをキャンセルしていた。魔法使いになりたての俺は、魔術の加減がわかっておらず、頻繁に寝込んでいた。

 反動だけではない。魔法使いの仕事そのものも忙しくなってしまい、二人の時間を犠牲にしていた。今となっては、取り戻しようのない時間だ。


「しっかりね。帰って薬飲んで寝なよ」

「ああ、ありがとう」


 麻衣子は、あの頃のように俺には触れることはない。もう恋人ではないから当然だ。それに、お互いにそれを求めてはいないと思う。


「大丈夫です。私が責任を持って送りますので」

「うん、よろしくお願いね」

「お任せください」


 対する山崎は、いとも簡単に俺の背中に手を添える。若さなのか、そういう性格なのか。

 たぶん両方だと勝手に納得してみた。


「あのね、アドバイス」

「はい?」

「彼ね、強引にいかないと振り向いてくれないでしょ?」

「はい。まさにその通りです」


 俺を挟んで女同士の会話が始まる。穏やかな口調なのに、どこか冷え冷えともしている。大変に恐ろしい気がした。


「でもね、無理に振り向かせると、心だけ離れていっちゃうから気を付けてね」

「おい、麻衣子」

「いいでしょ。この歳になってようやくわかったの。恋する若い子を助けてあげたいしね」

「わかりました。ありがとうございます」


 山崎は大きく頭を下げた。


「では、失礼しますね。さ、健司おじさん」

「おう」

「じゃあね、健くん」

「ああ、月曜日はちゃんと会社行くからな」

「うん、待ってる。でも無理しないでね」


 薄い笑顔で手を振る麻衣子を背に、俺と山崎は家路についた。

 その途中、山崎は口数が極端に少なかった。


「健司おじさん」

「ん?」


 最寄り駅で電車を降り、アパートまではあと少し。山崎は意を決したように話しかけてきた。


「元カノさんのこと、聞いてもいいですか? 嫌なら無視してください」

「いいよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 山崎の声が少し軽くなった。

 たぶん、さっき麻衣子に言われたことを気にしている。聞きたいけど聞けずに、珍しく迷っていた様子だ。


「何が聞きたい?」

「知り合って、お付き合いした経緯とか、別れた……理由とか」

「長くなるぞ? それに面白くもない」

「むしろ大歓迎です。健司おじさんのお話聞けるのは嬉しいですよ」


 今俺を口説こうとしている子が、昔の恋人の話を喜ぶ。やっぱりおかしな子だ。

 不思議と、少しは話してもいい気分になっていた。俺の方こそ、聞いてもらいたかったのかもしれない。

 全てを隠さず話せる上に、それを笑って聞いてくれるのは山崎くらいだから。


「俺とあいつは、会社の同期でな」

「はい」


 まだ若かった頃を思い出す。自分は何か特別になれると根拠のない期待があった。


「なぜか好かれて、押しに押された」

「気持ちはわかります」

「で、俺も悪い気はしなくて、そのまま付き合った」

「押しに弱いってことですね」


 その頃はたしかに楽しかった。でも、俺は自分に自信が持てなかった。今でもその気持ちは変わらない。


「仕事でぐんぐん実績を上げるあいつに対して、俺は酷く平凡でな。焦ってた」

「はい」

「俺が愛されているのかすらわからなくなっていた時に、師匠にスカウトされてね」

「魔法使いの?」

「そう。それで俺もあいつに並べるくらい特別になれると思ったんだ。って、ここまで話さなくてもいいよな」

「ううん、聞かせてください」


 段々と照れくさくなってきた俺を励ますように、山崎が背中をさする。頭痛と背中の熱に促され、話を続けた。


「それからすれ違いが増えてな。修行やらなんやらで土日は埋まるし、資格をとった後は仕事やその反動だ」

「そうなっちゃいますよね」

「で、俺は振られて、あいつは他の男と付き合ったというわけ。すぐに別れたみたいだけど、その理由までは知らない」

「そうでしたか……」


 山崎にも言葉が出てこないことがあるらしい。なにか考え込んでいる素振りだ。


「私の勘違いでなければですけどね、元カノさんは今でも健司おじさんのこと好きですよ」

「そんなまさか。振られてすぐに彼氏作ってたぞ?」

「んー」


 アパートの階段を上りながら、山崎は再び考え込む。想像を巡らせているというよりは、言葉を選んでいるようだ。


「たぶん、その負い目があるから今の距離なんですよ」

「そうなのか? わからんかった」

「そうですよ。私としては助かりました」

「何が?」

「ふふふー」


 階段を上りきり、部屋のドアまでたどり着いた。そして、含み笑いを終えた山崎が口を開く。


「健司おじさんの鈍感さと、元カノさんの遠慮にです。どちらかが無かったら、私の入る隙間なんてなかったと思いますから」

「そうなのか?」

「そうですよ、鈍感おじさん。頭痛、お大事に」


 山崎は舌を出すと、そのまま自室に帰っていった。捨て台詞に「夕飯作りすぎるので、持ってきますね」と、言い残して。

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