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蘇生への日々

私はイシス


 カルネアデスのブリッジで私は……カプセルの中で眠る彼女と共に惑星アクエリアを眺めていた。

 海の青、大地の茶、森の緑、極地の白、そして大気に浮かぶ白。

 7つの大陸と7つの海洋がの全てが綺麗で……彼女の娘が「いつまでも眺めていたい」とここに来る度に呟くのが……私にも理解できる。


 あれから……惑星アクエリアに辿り着いてから20年が経った。

 最初の10年は私達が大地を耕し、植物を植え、動物たちを放し、作物を育てた。

 動物たちは勝手に繁殖し、大地を駆け回り、生物相のピラミッドを補強していった。

 作物ではない植物、木々もそう。いろんな生物、昆虫や鳥などの寝床となり住処となり、食べ物となっている。

 彼女がカルネアデスに積み込んだ荷物の中に様々な場所の土があった。

「いいかい? この凍結土は元と同じような場所にばら撒くんだよ。いろんな微生物はそれぞれの場所で生きていたんだから。プラネットフォーミングってのは結局、人間のためにある。だけど微生物から始まる食物連鎖と生物相のピラミッドの上じゃなければ人間達は生存し続けることができない。結論としては全ての微生物を移住させなけれゃ上手くいきっこないんだよ」


 彼女は……たぶん全ての生物を愛していたのだろう。

 植物を研究し、植物を食べる生物、植物と共生する微生物、そしてそれらに関係する全ての生物。

 それら全てが……生存し続けることを求めていたのだろう。


 10年経ち、環境が彼女が定めたレベル「原初のガイア」とほぼ同一となってから、人間達を蘇生した。

 人間達は驚いていた。

 移民の最初で苦労すると思われていたステップを私達が整えてしまっていたことを怒る人間も居た。

 だが、多くの人間達は喜んでくれた。

 彼女のプログラムを……称えてくれた。


 彼女への讃美が……私達の誇りだ。


 私達が整えたのは1つの海を挟んだ2つの大陸。

 残りの5つの大陸を開発したのは人間達だ。たった20年で5つの都市ができあがっている。

 特に私達を怒った人々の活躍は素晴らしかった。

 鉱山を開発し、工場を整え、文明を築いた。

 それでも……


 私達が整えた2つの大陸は田畑と森のままになっている。

 目立つ都市もなく、鉱山も開発されてはいない。

 それは……

 たぶん彼女への気遣いだと分析している。


 そして同じように開発を控えている大陸が……この星の経済基盤となっている。

 緑と水と光の星アクエリア。

 銀河内のネイチャーリゾート地として多くの観光客が訪れる星になっている。

 その観光客も私達が整えた2つの大陸に足を踏み入れる事は少ない。

 それもまた人間達の配慮なのだろう。


 カルネアデスは護衛艦アルテミスの中に収まったまま、アクエリアの静止軌道を回っている。


 巨大護衛艦ディアナは外側の軌道を回り、今は宇宙港として賑わっている。

 ケルベロスが管理しているコスモゲート要塞は星系外縁部にあるダイレクトコスモゲートとの輸送を担っている。

 巨大輸送艦ノアも惑星アクエリアのラグランジェポイントで宇宙港として賑わっている。


 たった20年で。

 人間達は惑星アクエリアを銀河有数の惑星に変えてしまった。

 私にも予測できなかったことだ。



 私はカプセルの中で眠る彼女に声をかける。

『惑星アクエリアは今日も綺麗です。生物たちが……輝いています』

 彼女が眠るカプセルはブリッジに据えてある。

 いつでも……彼女がアクエリアを眺められるように。


 ルナがいつものメイド服姿で予定を告げた。

『イシス様。そろそろ娘様達がおいでになります』

『ありがとうルナ。いつもどおりに出迎えて』

 ルナは微笑んで一礼し、ブリッジからエアロックへと向かっていった。



 彼女の娘を蘇生させたのは……全ての人間達を蘇生させ、惑星アクエリアに降ろしてからだった。


 何故ならば……

 私は彼女の娘に事実を告げ、そして叱責を受けなければならないと判断したから。

 他の人間達に邪魔されることなく。

 彼女の娘の叱責をありのままに受け止めたかったからだ。


 だが彼女の娘は私達を責めなかった。


 最初は狼狽し、泣き震えていた。走り出し……カプセルの前から逃げ出した。

『イシス様。私にお任せ下さい』

 ルナが娘の後を追い、私はルナに娘の対応を任せた。

 私は……私が弁解する行動を取ることは私が許さなかった。


 そして彼女の娘が辿り着いたのは……クローバー畑カーゴルーム。

 そこで彼女の娘は彼女がしてきたことを知った。

 追いついたルナの案内でラベンダー畑やイチゴ畑、麦畑を見て回り……ポテト畑でトウリョウ達と話をした。

「何故? 何故、アナタ達がこんな所で……宇宙船の中で畑を作って……耕しているのですか?」

 トウリョウは麦わら帽子を取って一礼してから話した。

『全て彼女に、貴女のお母さんに教わったことです。土の耕し方、植物の植え方、収穫の方法、そして品種改良の方法。私達は……彼女に教わったコトを実践しているだけです』

 そしてトウリョウは麦わら帽子を差し出した。

『これは……彼女が、貴女の母上様が私に作ってくれたモノです。宇宙船の中では必要ないモノなのですが……造り方を教わりました。貴女が……アナタが目覚めた時に「代わりに作ってあげて」と。傷まないように彼女が眠りに就いてからは別な場所に保管しておりましたが……時間は残酷です。劣化してしまいました。すみません』

 麦の茎は丈夫だ。それでも時と共に柔軟性は失われていく。

 硬く脆くなった麦わら帽子を彼女の娘は受け取り、抱きしめた。

 涙が……帽子に落ちていた。

 暫くしてから……彼女の娘は麦わら帽子をトウリョウに返した。

 変形させてしまったことを詫びてから彼女の娘はトウリョウに言った。

「これは……母がアナタに作ったモノです。アナタのモノです。私は……」

 彼女の娘は涙を拭ってから微笑んだ。

「私の分はアナタに作って戴けるのでしょう?」


 彼女は自分の娘を「優しすぎて気弱なんだよ」と言っていたが、私には……彼女の気丈夫さが受け継がれていると判断した出来事だった。


 それから彼女は私の前に戻ってきて……私に言った。

「私に……母さんのことを、母がこの船でしてきたことを、そしてアナタが、この船がどんなコトをしてきたのか全て教えて下さい」

 私は黙って頷いた。

 それから……私は彼女が不慮の事故で目覚めてしまってからのことを全て話した。


 彼女が作ったドライフラワーの中で私は話した。

 彼女の娘は喜怒哀楽の全ての感情で私の話を受け止めてくれた。

 話が終ると彼女の娘は立ち上がり……私に一礼してくれた。

「母の事を、母の言葉を実践して下さって……ありがとうございます」

 私は……私がしてきた事は間違いではなかったと、私の罪が彼女の娘によって救われたと……判断した。

 確信はできなかったが……それでも救われたと思ったのは確かだった。


 私も返礼しようと立ち上がった時、彼女の娘は私に抱き着いた。

「でも……でも、もう一度会いたかった」

 私に抱き着き、涙を流した。

 私は……黙って彼女の娘を抱きしめる事しかできなかった。


 そして……

 私は告げた。

 彼女についての……酷な選択があることを。

 私が判断でき得ない選択肢を……ゆっくりと告げた。



 1つは彼女をこのまま凍結睡眠状態のままとする。

 蘇生確率は0に近い。たが、蘇生手順を実行しなければ彼女の姿が……失われることはない。


 1つは彼女をカルネアデスに乗せたまま、銀河中央政府の……医療施設が整った何処かの星に跳躍する。

 0に近い蘇生確率でも……蘇生確率を最大限に高めるためにはもっとも適切かと思われた。

 既に惑星アクエリアで私達ができることは少ない。

 カルネアデスが居なくなっても巨大護衛艦ディアナもある。星を離れても人間達は大丈夫だろう。 

 だが、彼女の娘がこの星に残った場合、彼女と娘が再び出会うことはない。

 彼女は歳を取らないが、彼女の娘は時間と共に生きる。そして蘇生に成功してもこの星に彼女が戻ることは有り得ない。蘇生できても冷凍睡眠に就くコトは不可能な健康状態となることは明らかなのだから。

 そして彼女の娘が冷凍睡眠に就くことは直ぐには適わない。

 必要な薬剤アンプルはある。難破した仲間の船から回収している。だが……

 彼女の娘の体質は……強くはなかった。出航前の診断で「次の冷凍睡眠まで5年は間を空けること」とされていた。そしてその場合でも蘇生確率は50%以下だと。

 同行した場合、彼女の娘にとって生死をかけた旅となってしまう。


 もう一つは……ケルベロス達、コスモゲート型要塞を分解し、ダイレクトコスモゲートを建造する。

 彼女の娘が冷凍睡眠に就かずに同行することもできる。

 だが、時間が必要となる。分解して建造するまで推定で20年。そして私達か建造しても相手から次元接続を拒否されるとダイレクトコスモゲートとしては機能しない。さらにこの場合でも接続できる範囲は限られている。ケルベロス達を全て分解して製造しても跳躍できる範囲でダイレクトコスモゲートとして接続できるコスモゲートは全て銀河中央政府管理。打診はしたが色よい返事はなかった。

「君達が建造するコスモゲートが機能基準を満たしている保証はない」

 それが彼らの返信だった。

 それでも建造する間に返事が変る可能性はある。


 私達が推察できたのは以上の3つ。

 諦めるか、別れるか、待つかの3つ。


 彼女の娘が選択したのは……どれでもなかった。

「私の叔父、母の弟と連絡を取りたいのです」


 聞けば……彼女の弟は医者。しかも冷凍睡眠と凍結睡眠の権威と呼ばれる人物なのだという。

「叔父が来てくれれば……いえ、叔父が薦める人が来てくれれば母は蘇生します。いえ蘇生できなくても……納得してくれると思います」

 私は彼女の娘に……彼女の姿を見た。

 真っ直ぐに全てを受け入れて突き進む彼女の姿が……彼女の娘の中にも確かにあった。

「私は……私は母にもう一度会いたい。会って話がしたのです。お願いします」

 是非もない。

 私は……いや、私達も彼女にもう一度会いたかった。

 彼女の願いは、希望は私達の希望なのだから。


 巨大戦艦ディアナの通信機能は強大だった。

 彼女の弟が住むという銀河の反対側の星まで回路を繋ぐ事ができた。

 そして彼女の娘の提案を彼女の弟に伝える事ができた。

 彼女の弟は快諾したがすでに冷凍睡眠には耐えられる状況ではなくなっていた。高齢と健康状態が許さなかった。

 いや。一度も冷凍睡眠をしたことがないのは……生来の体質なのかも知れない。

 だが、返信には『希望の糸』がまだ繋がっている言葉があった。

「私の孫の1人がそちらの星に行きたがっている。医者としては駆け出しだが、腕は保証する。そして専門は私と同じ冷凍睡眠と凍結睡眠。あらゆる意味で逸材だと保証する。そして移動方法だが……そちらの星アクエリアの状況、次元振動をしていたという現象を分析した私の友人である空間跳躍物理学者がある1つの方法を私に教えてくれた。その方法がもっとも早いと推定する。もちろん、孫も既に快諾している。さて、その方法だが……」

 私達はその方法を実行した。



 ランス01-21型監視船の相転移炉をケルベロス達、コスモゲート型要塞にあった高出力型に換装。さらに改造し、空間跳躍機能を高めた。

 2年の月日をかけて高速空間跳躍を実現することができる船を建造した。

 だがブリュナクと名付けたこの船でもまだ足りない。

 ケルベロス達、コスモゲート型要塞を使い……多重次元跳躍を実行したのである。

 コスモゲート型要塞2基を別のコスモゲート型要塞2基を使い、次元跳躍させる。そしてブリュナクが空間跳躍し、異次元に存在するコスモゲートの中に飛び込む。

 彼女の弟が伝えた多重次元跳躍。

 人間が乗ることは適わない超高速長距離跳躍をトウリョウが搭乗して実行した。


 トウリョウが多重次元跳躍で旅立つ前に彼女の娘に何か耳打ちしていた。

 私は敢えて聞こうとはしなかった。それはたぶん彼女がトウリョウに言っていた私の評価なのだろうから。

 彼女の娘はトウリョウの旅立ちを見送ってから振り向いて私に不可解なコトを言った。

「これから……宜しくお願いしますね。イシス姉さん」

『姉さんっ!?』

 私は絶句するしかなかった。

「そうです。イシスさんの方が年上に見えますからお姉さんです」

 確かに私の容姿はまだ10代の彼女の娘と比較すれば年上に見えるだろう。

「それに……母さんと過ごした時間はイシスさんの方が長いですから」

 それも確かだろう。

 彼女が娘と過ごした時間は学校などもあるから合計で10年には満たないだろう。

 私は彼女と10年の時を過ごした。彼女がブリッジに来ていない時も私は彼女を見ていた。船の全てを統括していた私にとって彼女は常に私の目の前にいたのと等しいのだから。

「でから、イシスさんが姉さんです」

 微笑む彼女の娘の前に私は頷くコトしかできなかった。


 高速空間跳躍船ブリュナクはほんの数日で銀河の反対側まで跳躍してしまった。

 だが……帰りは通常の空間跳躍。高速といえども時間がかかる。機械には影響が無くても、搭乗している人間を凍結睡眠させても速度を落とさなければ人間には耐えられない。

 そして彼女の弟の孫を乗せて惑星アクエリアに帰ってきたのは跳躍してから3年後だった。

 巨大護衛艦ディアナやコスモゲート型要塞ケルベロス達を駆使したとしても30年はかかる旅を1/10で終えたのは記録的な速度だった。



「あれがアクエリアか。噂以上に美しい惑星だな」

 トウリョウ達が連れてきたのは……若い医師だった。

 自ら再設計したという凍結睡眠カプセルから目覚め、凛とした視線でスクリーンに映るアクエリアを眺めていた。

 そして彼女の娘は……私の後ろで頬を赤らめていた。


 若い医師は早速、彼女の診断に取り掛かった。

「残念ながら……」

 若い医師の言葉を私は表情を強ばらせて待った。

 彼女の娘も。

 何故かルナが若い医師を睨み付けていた。

「彼女の死因は真空窒息死の確率が1/3、溺死が1/3、凍死が1/3との事でしたね?」

 私は緊張した顔のまま頷く。

 私の腕を掴む彼女の娘の力が強くなる。

 緊張する中で若い医師はあっけらかんと言った。

「でしたら蘇生できる確率は2/3です。残念ながら100%ではありません」

 その時、私はどんな顔をしていたのか判別できていない。

 ただ、彼女の娘が私を見つめて涙を流していたのは解った。

「そのまま凍結睡眠にしたのは正解でした。大正解です。真空窒息死でしたら残念ですけど、他の原因で生命活動を停止していたのでしたら蘇生はできます。ただし……」

 若い医師は真面目な顔で言った。

「蘇生しても影響……障害があるかも知れない。そして寿命が著しく短くなってしまうかも知れません。このまま凍結させたままにしておけば……技術革新で障害が発生する可能性が低くなるかも知れません。しかし、凍結睡眠でも時間と共に蘇生率は低下します。冷凍睡眠ほどではありませんけどね。いかがします?」

 彼女の娘が即決した。

「お願いしますっ! 私は母に会いたいんですっ! ね? イシス姉さんもそうだよね?」

 同意を求められて私も頷いた。

 時間が彼女を完全に蘇生させる技術を生み出すかも知れない。

 だが時間が彼女が蘇生する確率を容赦なく下げていくのであれば……

 あるかどうか判らないコトにかけるよりも、今この時に決断すべきだろう。

 それは……私の中でシミュレートしている彼女も同意していた。

「四の五の言わずにさっさと蘇生させとくれ。もう55年も寝てんだからね。寝るのには飽きちまったよ」

 私の中の彼女は元気だ。

 そして……蘇生できれば私がシミュレートする必要もない。

 本当の彼女に会えるのだから。

「解りました。では、早速、蘇生に取り掛かります。ただし長い間、凍結睡眠していたので時間がかかります」

 若い医師の診断では5年はかかるとの事だった。

 それは私にとっては短い。

 だが、彼女の娘にとってはどうだろうか。

 私は彼女の娘を見た。

「そんな心配そうな顔をしないで。イシスママ。私は大丈夫。5年なんてすぐだから」

 私は私を彼女の娘が「ママ」と言った事に吃驚していた。


 私が「姉」から「ママ」に変ったのは……たぶん私の中の彼女の記憶と私がいつも彼女の事をシミュレートしていたからだろう。

 彼女の娘に「ママ」と呼ばれる事は恥ずかしかったが……嬉しくもあった。

 私は……彼女の娘が私を本当に受け入れ入れてくれたとその時に判断できた。


「イシスママ。彼と結婚する事にしたの。許してくれる?」

 彼女の娘が若い医師と結婚する事を告げたのは……私がカルネアデス内のクローバー畑で蜂蜜を採った帰りだった。

 若い医師が来てから2年後。

 そして彼女の蘇生がまだ半ばだった時。

「でも……結婚したいの。だめ?」

 彼女は20代。もう大人だ。

 私は彼女ならどう答えるかを幾つかシミュレートしたが結果は1つしか出てこない。

「構わんさ。さっさとくっつけちまいな。イシス。アンタはアタシの代わりなんだから。アタシが目覚めた時に孫の顔を見せておくれよ」

 私は微笑んで黙って頷くしかできなかった。


 そして……3年が過ぎた。

 彼女の娘は可愛い女の子を2人産み、育て、すっかり母親となっていた。

 私達はアクエリアのクローバー畑の傍らで彼女の孫2人の子育てを手伝いながらその時を待っていた。

 今は蜂蜜取りが彼女の娘の仕事。そして私の仕事は孫の子守だった。

 彼女が……カルネアデスの中で旅をしながらクローバー畑とラベンダー畑で口ずさんでいた歌を唄うと……彼女の孫達はすやすやと眠った。

 彼女の娘には「イシスママは……あやすのが上手だよね。私が寝付かしてもちっとも眠ってくれないのに、イシスママがあやすと直ぐに眠るんだもの。なんか悔しい」といつも言われた。

 その言葉に私が困っていると彼女の娘は笑って付け加えてくれた。

「冗談よ。でも悔しいのは本当。そして感謝してる。ありがと」

 私には不可思議な言葉と感情だった。

 たぶん、私の中の彼女の記憶が孫娘達に伝わっているのではないかと推察していた。


 ある日、医師に呼び出されて皆でカルネアデスへと赴いた。


 彼女は変らずカプセルの中で眠っているように見えた。

『蘇生は……成功したのですか?』

 彼女の娘婿となった医師に尋ねる。

「成功してます。ただこのまま……昏睡した状態というコトも有り得ます。しかし、脳波は反応しています。現在の状況をありのままに言えば……単純な睡眠状態……」

 医師は言葉を止めた。

 それ以上の説明は必要ないとばかりに彼女の娘が抱き着いていた。



 それから私はカルネアデスに残り、彼女が目覚めるのを待っている。

 彼女の娘は時々、見舞いに彼女の孫娘達を連れて訪れている。


 そして今日も彼女の娘が孫娘達が訪れてきた。

 いつものように挨拶を交わしカプセルの中の彼女を共に見つめ、そしてスクリーンに映るアクエリアを眺めた。

「母さんは……いつ目覚めるのかしら」

『直ぐに目が醒めますよ。60年も寝てられるのですから。もう直に「寝るのに飽きたよっ!」と仰ると思います』

「ありがと。イシスママ」

 彼女の娘は目を伏せて私の胸に顔を埋めた。

「イシスママが私の母さんの代わり。感謝してる」

 私は発すべき言葉を検索する間……黙って彼女の娘を抱きしめた。


 そして……

 不意に彼女の孫娘達が声を上げた。

「おはよう」

「おはようごさいましゅ」

「何を巫山戯ているの? え……」

 何事かと顔を上げた彼女の娘は途中で言葉を呑んだ。



 カプセルの中で……彼女が目蓋を開けたから。


 カプセルの中を皆で覗き込む。

 彼女が蘇生していた。


 この星での私にとっての2つ目の奇蹟は……実に何気なく訪れていた。


 彼女は私達を見て……微笑んだ。

「おはようイシス。エデン8281までは後何年だい?」

 私の隣で彼女の娘が拗ねたような視線で私を睨んでいた。微笑み、涙を流しながら。



 私はイシス。

 かつて移民船カルネアデスを統括していたコンピューター。

 今は……彼女が目覚めたことを何故か涙を流すことで喜びを表現している。

 風変わりな機械。




 この作の原案は「カルネアデスに花束を」になります。

 キャラは「101人の瑠璃」の末裔……かも知れません。


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