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8話 No Light SKY(ステラのSNS)

<登場人物>

・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳

葵星あおせ:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α

未心みこ:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳

・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機プラネタリウム


<前回のあらすじ>

 リモート文化の発達した街で唯一開いていた飲食店。

 ニコラのお店での飲み会は続く。

在宅の街(リモート・タウン)の住人は皆、在宅勤務をしていて、平日も休日もなくなっちゃったの」


 景観の良いこの街に、人が見当たらない背景を未心は説明した。

 大事な話を、葵星はほろ酔い気分で真剣に聞いていた。

 ここで記憶を失ったら、元いた世界に帰るべきだろう。


「リモートワークの怖いところだね。家にいるからいくらだってズルが出来るけど、いくらだって頑張ることも出来ちゃう」


 そういう自分が前者だったことの説明を、葵星は省く。


「じゃんじゃん食べてねっ」

「お代わり!」

「こちらも!」

「……私も!」

「もう持ってきてる!」


 三人分のグラスをニコラは取り替えた。

 ここにきて最初のお代わりをする未心の分も予測済みというレベルの高さ。

 こってりとしたピザの後に、サッパリとした貝を出しにしたパスタ料理を持ってくるあたりも、歴戦の賜物だ。


 ——ぐびっ、ぐびっ。


 未心の飲むペースが急激に加速した。


「……未心ちゃん?」

「足りないよ! お代わりぃ!」

「え! あ、はい!」


 気持ちの良い飲みっぷりとお代わりっぷり。

 未心の目つきが変貌していた。

 目が据わってる他人を見るのは初めてかもしれない。


「未心ちゃん、大丈夫……?」

「大丈夫だよ。ニコラのお酒だもん!」

「お酒!? 本当に飲んで大丈夫!?」


 ニコラは慌ててグラスを取り替える。


「大丈夫よ。ステラの一年は、あなたのいる一年よりも長いのよ」

「そうなんですね。……って、やっぱりお酒にしたんですね」

「お酒デビューは、安心できる席の方がいいからね」

「おい、おじさん。進みが遅いんじゃないのぉ?」


 やばい。絡み酒だ。

 ルナも少し距離をとっている。


「ルナちゃん、ちゃんと食べてるぅ?」

「う、うん。美味しいよ」

「美味しいー!」


 口をメガホンにして、小さな感想をキッチンに届けた。


「これが食事だよ。分かった? お菓子ばっかり食べたら大きくなれないからね?」

「うん……。未心ちゃんは、ニコラの料理を食べたから、そんなに大きく育ったの?」

「私? 女子の平均身長くらいだよ? そりゃ、ルナちゃんからしたら大人のお姉さんに見えちゃうだろうけどっ」

「うん。大人の、お姉さんだよ。まさしく」


 ルナの視線が下を向く。

 チラ見はバレバレとはこのことかと、葵星は今後注意しようと思った。

 過去に説明を省いたが、動きやすい服装を好む未心の胸部は、気になって仕方のないところだった。

 本音で嘘はつけない男の性だ。どうか、見逃してほしい。


「葵星さんはどう思うー?」


 絡み酒に絡まれる。

 お酒デビューは、一番楽しい酒の席だったことを覚えている。


「ああ。未心ちゃんは大人って感じがする」

「はい、視線バレバレー」


 気持ちよく酔えるお酒とはいえ、葵星はただの酔っ払いだ。

 理性は弱まり、本能がいつもより元気になる。


「これは、たまたまで」

「全く、若く見えるって言わなきゃダメじゃん。これだから三重過ぎの独身は」

「独身なのは仕方ないだろ。出会いのない職場になってしまったんだから」

「環境のせいにしたらダメじゃんっ。それに、ステラだったら二十代には結婚してるのが普通だからね」

「すごいね。少子化問題も心配なしだ」


 ルナはいつの間にかデザートタイムに入っていた、

 バニラアイスのシャーベットだ。

 一人に一つ用意されていて、葵星も未心も配膳に気づかず、アイスは溶け始めていた。

 気づいた二人は慌ててスプーンを手に取る。

 冷たいアイスは酔った頭によく染みる。


「知ってる? この世界は、”運命”に掌握されてるって」

「何、それ」

「下級国民は、上級国民に運命を決められてしまっているの。ステラの”ほし”を全て独占したセレスティア王国は、国民一人一人のカモも未来も全て決めてしまっているんだって」


 未心は、頭を抱えながらシャーベットをつついていた。


「将来の仕事も、運命の相手も、子供の数も、寿命も、私は全て決められているの」

「……は? いくらなんでもそれは、国が制御していいことでも、出来ることでもないんじゃ」


 ニコラが無言で食後のコーヒーと紅茶を運んでくる。

 葵星にはコーヒー。

 ルナと未心には紅茶と決められていた。


「ううん。私たちは全部決められているの。だからこの世界には夢や希望はない。あるのは日常だけ。それ以外の隙間は”無”で埋まってるんだよ」


 暖かい飲み物が酔いを醒ましにかかる。

 ”無”という言葉は、やけに具体的にだった。

 ステラの住民は、暗闇の夜空を目の当たりにしているから、何もない空間が意識にある。

 暗いとか、見えづらいとかではない。何もない、だ。


「医者を志す私は今年、最難関の受験に合格して、王都の大学に進む。在学中に出会った人と結婚して、私は補助医の立場に落ち着くの。ダブルインカムで世帯年収はかなり上。そのまま王都で何不自由な暮らしをする。結婚、出産と、ライフステージを着実に進めていくの」


 滔々と、未心は告げる。

 その目で見てきた過去の出来事を語るように、その体で知っている未来の出来事を語る。


「それが、未心ちゃんの未来なの?」

「国からのお告げ。的中率は百パーセント。良くも悪くも、子供の時に皆もらえるの。あ、「良くも悪くも」って言い回しは、長所をディスりたい時に使う言葉だと思ってるから。そして、国が出す答えの通り、国民は実りある生活を送り、世界は効率的になっていくの」

「辿り着く答えがリモートワークで、街ごと引きこもるのも自然の流れってわけか」


 リモートワークは本当に効率が良い。

 移動時間や勤務地という、仕事における最大の弊害をなくせたのだから。

 古い考えを排除して無駄が無くなれば、環境にやさしくて、効率的な社会が完成するのかもしれない。

 

「未心ちゃんの同士はいないの? 不満を持つ人はいるでしょ?」

「いないよ。暗闇の夜空が、そんなことさせない」


 ここで、真っ暗な闇が数ある未来に蓋をするわけだ。

 国民が夢や希望を見ないことは、国にとって都合がいいのかもしれない。

 ダン! とルナがシャーベットのグラスを置いた。


「本当、ゆるせないよ! あんな真っ暗な空!」


 ルナが怒る。


「皆に、星空を見せてやる。全員、ルナのプラネタリウムに招待してやる」

「でも、どうやって?」

「皆の家に押しかけて宣伝する」

「逆効果だよ、ルナちゃん……! ご時世とか関係なく、訪問セールはダメだって」

「じゃあどうするの?」

「エス・エヌ・エス」


 葵星はアルファベットを刻んだ。


「あ、SNS」

「どうせ皆やってるよね」

「よく知ってるね。私はやらないけど」


 カラっとSNSを否定する発言。

 この子はやはり根っからのアウトドア嗜好なのだ。


「ルナ、持ってきてもらいたいものがあるんだけど」


 葵星が説明をすると、口の中でシャーベットの冷気を含みながら、掌を翻す。

 <月の裏返し魔法(ルナリア・フリップ)>。

 スマートフォンを取り出した。


「わぉ」と、キッチンから感嘆の声がした。

 本当に驚いた感じはしなくて、見慣れた様子だ。


「はい、どうぞ」


 ルナが丁寧に渡してくれたものは、馴染み深いアイテム。

 葵星が所持していたスマートフォンだ。

 手癖で毎日ログインしていたソシャゲを開くが、ネットワークエラーで繋がらない。

 メッセージアプリで公式アカウントにスタンプを送っても、送信エラーになる。


「えっと、一番流行ってるSNSは?」

「No Light SKY、通称、NLS」


 アプリストアを開くと、見たことのないアプリが並んでいた。

 ステラで配信されているアプリが表示されているのだろう。

 検索をかけて、NLS(ノーライトスカイ)をダウンロードする。


「……ここはいい世界だな」


 NLS(ノーライトスカイ)は直感的に分かりやすいUIだった。

 ステラでは買収されないことを切に願う。


「アカウントは何がいっか?」

「『ルナのプラネタリウム』ね!」

「アカウント画像は」

「私の写真ね!」


 ルナはどこで覚えたのか、モデルがよくやるポーズをとった。

 両手で頬をおさえた虫歯ポーズだ。

 ただし、様になる。

 このお店のアンティーク感と合わさって、映画のキービジュアルみたいだ。


「ルナのプラネタリウム、開店します。特別な夜をあなたに、と」


 #在宅の街(リモート・タウン)


☆彡


「ふぅー、食った食った。ニコラ、お代は?」


 未心がスマートウォッチを掲げる。

 飲み会の代金など、未成年の払える額なのだろうか。

 ニコラの回答は……。


「大丈夫だよ」

「……またまたぁ、それはアカンでしょ。大赤字じゃんっ」

「今日は記念日だって言わなかった? 全品無料サービスデイっ」


 ニコラはいたずらっ子のように微笑み、未心の頬が引き攣った。


「……いやいや、やりすぎでしょ」

「いいんだよ、本当に。これは願掛けのようなもの。私に星空を見せてくれるんでしょう?」


 太っ腹な発言に、未心は言葉を失っている。

 ニコラはルナに飴をサービスした。


「ニコラは、星空のことも知ってるの?」

「多分ね。亡くなった主人からプロポーズをされた時にね、夜空がいっぱいに輝いたのよ。永遠の愛を誓うって、言ってくれたの。夢のような光景だったから、本当に夢だったのかもしれないけどね。ほら、思い出補正ってやつ?」

「きっと、本物だよ」


 玉を口の中で転がして、ルナは答えた。

 ニコラは嬉しそうに目を細める。


「ご馳走様でした。本当に、おいしかったです」

「お仕事頑張ってね。体は大切にするのよ」

「あ、はい、気をつけます」


 葵星は、母の温もりをサービスされた。


「……ルナちゃん! 葵星さん……!」


 未心が二人を呼び止める。

 拳を握って、体いっぱいに力を込めている。


「今ここで、星を映してあげられないかな?」

「あ、ああ。それぐらいおやすいご用だよな」

「勿論だよっ、こんなに美味しいものを食べたんだもん! 星の一つや二つ……。まだ二つしか映せないけど、すぐに準備を」


 ルナが慌ててリュックを下ろし中から球体の彼女を取り出す。

 ピコもすでにジリジリとスタンバイモードに入っていた。

 すぐにでもここを、プラネタリウムに出来る状態だ。


「いんや」


 だが、ニコラは首を振った。


「言ったでしょ? これは願掛けなの。異世界から来た二人と、最初の一歩を探している未心へのね。その代わり、開店した暁には私を特等席に案内しておくれよ。満員で、予約が一杯になってもね」

「……その方が、ニコラは嬉しいの?」

「そうよ。年寄りの楽しみをそんな簡単に叶えないでおくれ」

「うん。頑張る」


 手を振って送ってくれるニコラに別れを告げて、彼女のお店を後にした。

 まだ昼過ぎだという嬉しい時間帯。

 ほてった頬に当たる春の風が気持ち良い。


「まずは立地を探さないとな」

「程よく開放的で、程よく街の中心に近い場所ね」

「そうだよな。気軽に来られて、プラネタリウムの雰囲気を作ってくれる場所は……」

「二人は本当に、やってくれるんだよね?」


 未心が言った。


「もちろんだよ。そのために私は月の世界から来たんだからっ」

「お、俺も、地球の世界からやってきたんだぜっ」


 大人びた彼女はすっかり子供のように縮こまって見えたので、二人はちょっとかっこつけた。


「まだちゃんと言ってなかったけど、私も手伝うからね」


 彼女の宣言が、風に乗って二人に届く。


「私は、ステラの作った運命を、ぶち壊したい!」


 ——風に揺らめく蜃気楼のように、ニコラのカフェが姿を消した。


☆彡

ご覧いただきありがとうございました。

評価、感想をいただけると幸いです!


☆彡

今後は週三本アップが目標です。

GWが明けてからもどうぞよろしくお願いします。

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