7話 在宅の街(リモート・タウン)
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
<前回のあらすじ>
山を降りた一同を待っていたのは、在宅文化を極めた街だった。
牧歌的な空気の漂う街だった。
街の中にも川や緑があり、人の集う広場がある。
ピクニックに適した山だってあるのだから、家族のお出かけ先にも、飲み好きの集まりとしても人気が出そうだ。
そんな素敵な街の名前を、未心はこう言った。
——在宅の街
「せっかくきたのに、誰もいないじゃんっ」
ルナがペンギンのようにばたばたっと手を振った。
「ご当地のお菓子は?」
「さっき食べたじゃん」
「食べ歩きはこっからが本番でしょっ」
「食べ歩きはおしまいっ。代わりに美味しいところに連れてくから」
未心が先導して街を歩く。
「人がいないのにはきっと何かわけが……」
葵星は違和感の正体に辿り着いて、掌で判子を打った。
「なんだ、オフシーズンか」
「がっつり稼ぎ時のオンシーズン」
「あ、平日か」
「世間的には休日。しかも祝日。三連休のど真ん中」
淡い現実逃避をことごとく未心は否定した。
道ゆくお店はどこも閉じている。
「この街も全部セルフサービス……?」
「まさか。需要がないだけだよ」
未心は昼からやっているお店に案内してくれた。
個人経営のカフェだろうか。
人の気配のしない街で開店しているお店を目の当たりにすると、確かに、強気だな、と感じてしまった。
「やっほー、ニコラおばちゃん。お客さん連れてきたよ」
わが家のように、未心は扉を開けた。
カウンター席の椅子ごと回転して店主が振り返る。
「本当に星降り山に人がいたのかい?」
ニコラは文庫本に栞を挟み、おそらくは老眼鏡を外した。
初老を迎えた年頃であろう彼女は、その印象とは裏腹に清潔感があった。
いや、神秘性と呼べる類かもしれない。
ルナのそれとは異なるが、彼女もまた、不思議な魅力を纏っている。
「すごいでしょー、異世界人が二人もいたんだよ」
「あれま、未心ちゃんの言っていたことは本当だったのかい」
孫とおばあちゃんのようなやりとりだ。
大人びた未心はニコラの胸の中で甘えている。
「宴会コースでいってくれる?」
「下ごしらえはできとるよ。ほれ、異世界トークでもして待っといておくれ」
「え、私も手伝うよ」
「うふふ、ワンオペのニコラと呼ばれたこの私を甘くみちゃいけないよ。異世界の方々もお疲れでしょう。座って待っといておくれ」
ニコラは意欲的にキッチンに向かった。
お言葉に甘えて一同は窓辺のテーブル席についた。
メニューを置かれていたが、見ないよう未心に制された。
「料理は来てからのお楽しみで」
中は意外と広く、いっぱいになったらワンオペでは対応出来ないほどのキャパだ。
一息つくよりも早く、ニコラはおしぼりを持ってきてくれた。
ルナは思いっきり顔を拭いていた。
葵星もルナに続きたいところだが、自分がそれをすればおじさん認定に拍車がかかることだろう。
手を拭くだけで我慢していると、ニコラはオーダーをとった。
「お嬢ちゃんは何が飲みたいかい?」
「私、コーラ」
「はいよ」
「え、知ってるんですか?」
葵星が聞くと、ニコラはにやりと歯を光らせた。
「そいつは実物を見てから判断するといいさ。で、お兄さんはお酒だね?」
「え、いや、こんな昼間っから」
「今日はウチの記念日なんだ。賑わってくれると嬉しいのさ」
「じゃあ、とりあえず一杯」
「はいよ、ビールだね」
「私はいつものね!」
未心の注文は視線だけで承ってた。
コーラもビールも知っているニコラ。
彼女は年の功で何でも知っているのだろうか。
自分の元いた世界、ステラにとっての異世界のことを本当に……。
「ここにはよく来るの?」
「隠れ家なんだ。息が詰まるこの街で、息が出来るのはニコラのいるこの場所だけなの」
未心の言葉に、ステラの闇が垣間見える。
夜空が暗いという話ではなく、目には見えない方の闇の話しだ。
闇なんて、見えるも見えないもないのだけど。
「お待たせ、最初の一杯だよ」
ニコラは三人分の飲み物を運んでくれた。
お酒もジュースもグラスに注がれている。
受け取ってすぐルナが声を上げた。
「冷たっ」
そう、グラスの持ち手までキンキンに冷えていた。
細かい配慮だ。
このお店、できる。
「さー、まずは乾杯しよ。二人とも、グラスを構えてー」
未心の音頭に合わせてグラスを構えた。
ルナも雰囲気に流されて、口をつけていたグラスをすんでの所で止めた。
「乾杯!」
グラスのかち合う音を聞いて、ニコラがふふんと上機嫌に料理をした。
「くぅーっ、生き返るーっ」
コーラグラスを片手にルナが唸った。
一口で半分も飲み干し、コーラ髭が出来ていた。
「キンキンだよっ」
「それ、コーラなの?」
「コーラだよ! あおくんの世界のものとは多少違う気がするけど、私はこれをコーラと認めるしかないよっ」
次の一口で、ルナはグラスを空にした。
「お代わり!」
「はいはーい」
料理に忙しいはずのニコラはすぐに次のグラスと取り替えた。
「運動後のコーラって最高だねっ」
「あぁ。意識高い系が山登りを好むのが分かったよ。気持ちよく酒を飲みたいんだな」
葵星もルナに便乗して、同時に二杯目に突入して遺いた。
美味しい匂いの立ち込める店内。
キンキンに冷えたビール。
可愛い女の子たち。
楽しい飲みの席は、十年以上振りだ……。
「未心ちゃんさ、どこかで会ったことない?」
「……へ!?」
<文脈を無視する才能>が未心を硬直させた。
彼女が飲んでいるのはただの水だった。
炭酸もアルコールも入っておらず、自分のペースで飲んでいる。
「ずっと気になってたんだけど、そんな気しない?」
「ほんの少しも思ったことなかったよ。あ、酔ってる?」
「……酔ってるっ」
このビールにも、ビールっぽさとビールっぽくなさが同居している。
ニコラのアレンジがあるのだろう。
酔いの回りが早いのだが、程よいところで止まってくれる。
気持ちの良い段階で酔いが止まってくれるのだ。
「話し、出来ます?」
「大丈夫、不思議と頭はしっかりしてるから」
「本当かなー?」
ニコラが前菜を持ってきた。
滑らかなマッシュポテトに、箸が吸い寄せられる。
……これも旨い。
「未心、大丈夫だよ。酔うけど酔わないお酒にしてあるから」
「ニコラが言うなら、大丈夫なんだねっ」
未心は絶大な信頼をニコラに置いている。
「大丈夫だから教えてよ、この街のことをさ」
「……ルナちゃんも聞いておいてね。酔っ払いは信用しちゃいけないっていうのも、ニコラに教わったことだから」
「了解。もぐもぐ。ほっぺが落ちるー」
お菓子しか知らないルナは、ニコラの振る舞う料理に舌鼓を打つ。
嬉しいことだ。
真面目は話よりも料理に集中してもらおうと、未心は許容した
葵星は据わった目で話を切り出した。
「ここはどうして、在宅の街なんて不名誉な名前に?」
「ご覧の通り、皆引きこもってるんだよ。といってもお家の中で働いてるんだけどね」
「リモートワークってわけか」
「葵星さん、分かるんだね?」
「経験長いから。あれは、楽だけど過酷だ」
「なら普通に外に出て働けばいいのに。って働いてもない私が言っても説得力ないよね」
「引きこもりを外に連れ出すような話だからね」
「そ! この街はとりわけ早くリモートワークが流行り出したんだ。王都に近い割に税金も手頃で、人気が出ちゃったの」
「王都っていうのがあるのか」
「隣接してるから、気軽に行ける距離だよ。あまり、おすすめはしないけど」
未心は空になったグラスの氷をカランと回した。
酒のマナーでお代わりを促すと、未心は手で制した。
「あそこはね、外見だけの男っ感じなんだよ」
「はい、お待たせ」
メイン料理の第一弾はピザだった。
たっぷりのチーズと、ペーコンと、ケチャップソースが、焼きたての生地の上で踊っている。
その場で手際よくニコラは六頭分にしてくれた。
それがまた、最高のご馳走だった。
「在宅の街の名物が山って、チグハグだよね」
「昔は違ったらしいよ。外は毎日賑わってた。そうだよね、ニコラ?」
「えぇ、ご近所さんは大抵顔見知りだったわ」
ニコラは次の料理に取り掛かりながらも、返事をしてくれる。
「俺のいた世界じゃ、隣の部屋に住んでる人とも挨拶をしないからな」
「冷たい世界ね」
ごもっともな指摘だった。
便利な世の中は共通して希薄なものだ。
☆彡
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※飲み会が弾んだので、話をまたぎます。




