5話 脱・在宅ライフ
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
<前回のあらすじ>
プラネタリウムが映した星を見て、ステラの住人、川口未心がやってきた。
目が覚める。
起きあがろうと体を持ち上げると、椅子の方から上体を起こしてくれた。
リクライニングシートとは便利なもので、朝のスタートダッシュにちょうど良い。
立ち上がり、未心はうんと伸びをした。
静かな投影室は、まだ夢の中に包まれているみたいだ。
事実、少女とおじさんはまだ、夢の中にいた。
「ルナちゃん、おはよう」
朝起きて移動したらしく、昨日は椅子で眠りこけていたらルナは今、舞台の上で大の字になって寝そべっていた。
本に埋もれている彼女は、花に囲まれたお姫様のようだ。
「……ぅっ」
「朝だよー、出かけるよぉ」
「……ぃやぁ」
「約束したでしょー」
「……ゆるしてぇ」
「街の皆が待ってるよ」
「……めんどいぃ」
「これが本音か」
子供を持つ母親の気持ちを唐突に理解した。
睡魔の克服法を知らない子供は、叩き起こしてあげるしかない。
けれど、可愛い寝顔が最大の防壁と化している。
「先に葵星さんを起こすか」
最後列でつっぷしていた。
おじさん専用スペースだろうか。
ボタンやらつまみから複雑な装置が広がる机で、指がぴくぴくと動いている。
耳を近づけると、ぶつぶつと寝言を言っていた。
「バグ、バグ、バグ……」
バクバクしている。ご飯の夢でも見ているのだろうか。
「葵星さん、朝です。起きてください」
おじさんなので、強めに肩を叩いてあげた。
「……あぁ、起きるよ」
弱々しい声。さすが大人は、朝起きることの重要性を知っている。
上体を起こしたかと思うと、腕を組んで項垂れた。
「葵星さん、起きてってば」
「あぁ」
首を仰いで、口を開けたまま目は瞑っている。
「もうちょっとだよ、ほら」
「……よし、起きた」
目のクマを深くして、こちらを向いた。
「お早う、未心ちゃん」
「おはようございます。起きるまでに三回かかったけど」
「ごめん。早起きなんてしばらくぶりで」
「ルナちゃんも起こしたいんだけど、どうしたらいいかな?」
「ピコに頼るよ」
寝起き様、葵星は機械を操作した。
「また映像でも見るんですか?」
「音楽をかけるだけだよ」
大きな音で目覚ましでもするのかと身構えたが、良識的な音量だった。
昨日見てた映像で流れてきた曲。
リズミカルな曲調もむしろ耳に心地よい程で、そのまま眠りに戻ってしまいそうだ。
「もっと大きくした方がいいんじゃない?」
「大丈夫だよ。だってこれは……」
ズチャ、ズチャ、ズチャ、ズチャ……。
「ほ・し・ぷ・り・あぁー!」
ルナが飛び起きた。
☆彡
ロビーの隣はちょっとした食堂になっていた。
そこで席をついて何を食べるのかと思えば、少女もおじさんもエネルギーバーを手にしていた。
「待った!」
「どうしたの?」
「朝ごはんっぽくないんだけど」
「ふふふ、知らないと思うけど、これには栄養が沢山詰まっていてね」
「味は?」
「美味しいよ。お菓子みたいなものでね」
「おじさんだけならいいけど、子供はダメ!」
あーんと口を開けて、ダメな朝食を食べようとしていたルナは停止して、涙目になった。
「私はダメ、なの……?」
「そういうのは落ちぶれた大人が徐々に辿り着く場所なんだよ。楽しそうに見えるけど、まだ早いの。お酒と一緒」
「なるほどねぇ、うん。朝食はちゃんとする」
「俺も、ちゃんとするよ」
「なら任せてっ。キッチン借りていい?」
「食材がないんだけど」
「大丈夫。大盤振る舞いしちゃうよ」
未心はカバンを持ってキッチンに入っていった。
カバンの中から食材を取り出して、颯爽と料理を始める。
「あおくん、あの人、誰……?」
そういえば、ルナはまだ未心のことを知らなかった。
彼女とのやりとりは、全てルナが寝ている時の出来事だった。
「未心ちゃんだよ。夜遅くに来てたんだ。この前の夜空に映した星空が気になってきたんだって」
「もしかして、昨日も星空を見せたの?」
「うん」
「願い星は増えた?」
「……二つだけだった」
「じゃ、失敗だね」
「失敗って?」
「あおくん。星空を映して眺めるだけじゃ、プラネタリウムって言わないんだよ」
悟すような口ぶりの後、ルナは料理中の未心の姿を眺めていた。
小気味の良い音が聞こえた後、プレートを持って未心が戻ってきた。
ハムとチーズと、見栄えの良い山菜の挟まったボタニカルなブレッド。
「……」
「……」
「どうしたの黙り込んじゃって」
「……」
「……」
「黙々と食べられても嬉しくないんだけど」
「……」
「……」
「泣く前に何か言ってよ」
少女とおじさんは、目元を抑えて震えていた。
「食事って、素晴らしい文化なんだね」
「初めて食事をした感想!」
「食事って、素晴らしい文化なんだな」
「帰省したおじさんの感想!」
「ご馳走様です」
「泣きながら言う人初めて見た。まぁ、感動されるのも悪くないけど」
感動に包まれた朝食の風景。
二人の涙が落ち着いたところで、未心は切り出した。
「二人とも、街に遊びに来ませんか?」
「街に?」
サンドイッチを片手にルナが聞き返した。
「そう! プラネタリウムの宣伝も兼ねて。どうかな、館長さん」
「山を降りなきゃいけないんだよね?」
「もちろんっ」
「そうだねぇ。どうしよっか、あおくん」
「ほら、色々と忙しいしさ」
「どうしたの? 急に歯切れ悪すぎでしょ」
「疲れそうだなって。山」
「一時間はかかるけど、意外と大したことないよ」
「天気がいい日がいいな」
「今日がそうでしょ」
窓の外には、視界だけでも春の暖気が伝わってほどの景色が広がっていた。
「……面倒くさいし」
「やっぱり。葵星さんもそういうこと?」
「プログラミングしたいし」
「だぁ! もう! そういうところがおじさんなんだよ!」
未心は声を荒げたもうた。
「山の上に誰かいるけどちっとも降りて来ないから様子を見てくれって頼まれて私も面倒だったんだよ。何か事情があるんでしょって返してたけど、人がいい達ばかりだから本当に心配するんだよ。結果、ただの引きこもりじゃん!」
「そのうち行くつもりだったんだ、明日にでも……」
「絶対嘘! 今日来てよ!」
「う、うん」
「え? おおくん?」
ルナは険しい顔つきをしていた。
ここで踏み出さなければ、この冒険はいつまでたっても始まらないだろう。
滅多な誘いは断らない。それが引きこもりの美学だ。
「覚悟を決めよっか、ルナ」
「あおくん、私、気が乗らない」
「人間には、気乗りしない誘いに乗らなければいけない日があるんだよ」
「……うぅぅ、自信ないぃ」
食事を終えた未心は、パンと手を叩いた。
有無も言わさず、結論づけたのだ。
「さ、身支度を済ませたら出発しましょう」
先に小屋を出て来た未心は、ダラダラと待たされることになるかと心配したが、朝食で感動したらしい二人はテンポの良い生活リズムで身支度を済ませて出て来た。
シャキッとした顔つきだ。寝起きの顔とはまるで別物。
ルナは背負っていた星柄のリュックを降ろして、小屋に向けた。
<月の裏返し魔法>
小屋がリュックの中に吸い込まれた。
映像の中のような、目を疑う光景だった。
「私、すごい……」
「嘘、ルナちゃんて魔法使いなの?」
「ううん、昨日読んだ本に書いてあった」
朝、ルナの周りに散らかっていた本を思い出した。
外の世界から来たと言う話は、本当に信じなければいけないのかもしれない。
「それ、俺も読みたいな」
「ウサギ言語より難しい言葉だと思うよ」
「じゃあやめとく」
よそ者の二人が見ていないところで、未心はつい笑みを浮かべてしまう。
「これで、移動型プラネタリウムが実現できるよ」
「本当にずっと引きこもってるつもりじゃなかったんだね」
「当然だよ。私はこの世界に、星空を取り戻すんだから」
夜空の小さな輝きは、この世界に変化をもたらしてくれる。
未心はそう予感した。
変化があるなら、良くても悪くてもどっちでもいい。
未心はご機嫌な一歩を踏み締める。
「その意気だよ。じゃ、まずはここを下山しよ」
「……おー!」
と、空元気が返ってきた。
☆彡
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