3話 インドア・ガール
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
<前回のあらすじ>
葵星はその才能によって、誰も知らない言語で動くプラネタリウムのピコで星空を映すことができた。さて、彼らのプラネタリウムの活動が始まったかというと・・・。
遥か昔に星空が失われた世界、ステラ。
ステラの星空には願いを叶える力があったのだという。
迷信ではなく、事象として。
一つ願いを叶えると、一つ星が消える。
やがて世界中の願いが、星空を食い尽くしてしまった。
☆彡
目を覚ますと、今日は昨日の続きだった。
すなわち、二日目が始まった。
異世界転移は夢じゃなかった。
心はいそいそと浮き足だっていた。
ずっと会いたかった人に会えた、そんな夜を経たからだ。
体を起こすと、背もたれが一緒になって起き上がってくれる。
リクライニングシートは、寝起きのスタートダッシュに適したベッドだ。
ルナの姿は見当たらない。
ピコは台座で眠っていた。
「おはよー、ピコ」
「……」
いつもの癖で声をかけると、いつも通りに反応はなかった。
投影室を出て、ロビーを抜け、外に出る。
昨夜は真っ暗で何も見えなかった外の世界。
朝日を浴びて、葵星はようやくステラの景色を見た。
大自然に連なる山々。
観光地として栄えた田舎といったところだった。
「あおくん! おはよーっ」
木陰のベンチでルナが手を振っていた。
青い髪が風に吹かれてウェーブを描く。
魔法を使えるという彼女は、青空に羽ばたいてしまいそうだ。
「おはよう、ルナ。ここは、思ったよりも高いんだね」
「ここは星降り山。かつて人気のあった観光スポットなんだよ」
「今となっては随分な名前負けだね」
高原ぐらいの高さを想像していたが、言うならここは山頂だった。
と言っても下腹の方にケーブルカーが見えるので、大袈裟な山ではない。
片道九十分といったところだろう。
「食料を手に入れるには、ここを降りていかないといけないのな」
「え、そんな面倒なことしないよ。魔法で、好きなものを取り寄せられるからね」
ルナは手を翻して、<月の裏返し魔法>を使うと、葵星のいた世界の簡易的な食料を持っていた。
「はいどーぞ。あおくんがよく食べてたやつ」
「ありがとう」
エネルギーバーを受け取って、葵星もベンチに腰掛けた。
ルナと並んで朝食を手短に済ませる。
「魔法でなんでも持って来れるの?」
「私の気分次第っ」
「難しい基準だね。入り用になるものを持ってこれると嬉しいんだけど……」
「現地でゲットだよっ」
ルナが勇ましく親指を立てた。
気分が乗らないということだろう。
「歯ブラシとかティッシュとか、生活必需品ならまとめて持ってきてあるから、好きに使っていいよ」
帰省のようなやり取りだが、小さな心配事は先に整理が出来た。
あとはここでの生活に専念できる。
「僕のいた世界には美味しいお弁当とかあるんだけど」
「食べるの面倒くさそう」
ルナは食事に興味を持ってくれなかった。
食事はエネルギーバー、お菓子はポップコーン、飲み物はコーラだ。
それ以上の暮らしを求めるなら、山を降りて村に寄る他ない。
ちょっとした運動にもなるから試しに降りてみるべきだった。
「ルナ、ここを降りたことはある?」
「ない。面倒くさいもん」
「はは、同感」
葵星も面倒くささが勝ってしまった。
山を降りる時間があったら、プラネタリウムの研究がしたい。
☆彡
「ルナは、何者なの?」
投影室は二人の作業部屋となっていた。
葵星はコンソールでうさぎ言語をひたすた試し、ルナは舞台の上に寝そべって本を読んでいる。
装丁の綺麗な分厚い本を、だらしなく周囲に散らかしている。
「ふふん、やっと聞いてくれましたかっ」
ルナは立ち上がり、ワンピースをはたいて身を整える。
「私は、月の魔法使いなんだよ」
どやっ、と胸を張って答えた。
彼女を纏う不思議なオーラが、この瞬間だけ消失した。
「この世界は月も含めて星がないんだよね?」
「ふふん、月は世界を自由に<移動>できるんだよ。星が消えた世界にお月様は浮いていられないから、この世界からは身を隠してるの」
「なるほど」
「さすが、<文脈を無視する才能者>は理解が早くて助かる」
「才能が開花してきたみたいだ」
昨夜から脳汁が出続けていて、頭がスッキリと冴えている。
若い頭脳を取り戻した気分だった。
「月の世界でもステラの星空が消えたことが問題になったんだけど、自業自得だから放っておけばいいって結論になったの。私は個人的にステラには縁があるから、放っておけなくてここに来たんだ」
「十歳の子供が一人で?」
「月はそんな世界なんだよ」
「ふぅん」
これ以上あまり話したくない様子だったので、深く追及するのは控えた。
異世界にきて、さらにまた別の異世界の話を聞くのはややこしかったのも本音だ。
「星空を取り戻すって具体的には?」
「ふふん」
ルナは何度も鼻を鳴らした。
ルナもまだ、脳汁が出続けているのだろう。
「プラネタリウムの出番でしょ」
「プラネタリウムは、星空を創る機械じゃないんだよ?」
「分かってるって。この世界の星空は、人の願いそのものなんだよ」
ルナは本を閉じた。
「人の数だけ願いがあって、それが願い星としてステラの星空になる」
「世界中から人が消えたわけじゃないよね……?」
「勿論。誰もいなかったら星空なんて意味ないよ」
「じゃあ、ステラの星空が消えたっていうのは……」
「そっ、誰も願い事をしなくなったんだよ」
生きている限り、願い事を隠し持っているものではないだろうか。
絶望的な状況だとしても、欠片ほどの夢や希望が潜んでしまうものだと思うのに。
「ステラの人たちは、どこか機械的に生きてるんだ」
「プラネタリウムが、役に立つのかな」
葵星は自信がなくなってきた。
元いた世界では廃れた施設が異世界で何か役に立つだろうか。
それに、ピコは二つしか映せていない。
「せめてもっと沢山の星空を映せるようにならないと」
葵星はタイピングに勤しむが、昨晩と違って進歩が得られないエラーが続く。
「もっと? 今のままだったら二つしか映せるわけないじゃん」
「……え?」
「ピコが映したのは私たちの願い星なんだから、二つだけしか出て来ないよ」
「……そうなの?」
「文脈を無視しすぎて、意味がわかってなかったんだね」
学校の先生のような物言いだった。
基礎が出来てないから応用が効かないだの、説明ができないなら理解したことにならないだの、その通りではあるが、納得がいあかに時もある。
「ピコは、”投影機”なんだ。願い星が無くたって星空を映し出せる」
「……大変だと思うけど、頑張ってね」
ルナはまた読書を始めた。
手元にコーラとポップコーンを常備していて、極楽の姿勢だった。
「星空を戻すには、この世界の皆に、願いごとを持ってもらうってことだよね。何か作戦があるの?」
「星は星を呼び、願い事は願い事を呼ぶ。だから、プラネタリウムで星空を見てもらえば、星空が復活するはずなんだ」
「見せに行くってこと?」
「見にきてもらえばいいじゃんっ」
ルナはごろんと仰向けになって、本を掲げた姿勢になる。
「あの山を登ってもらうってことだよね」
「そうそう」
「ハードだね」
「頑張ってもらおう」
「そのためには、宣伝もしにいかないといけないよね」
「……お願いしていい?」
「いやいや!」
葵星は立ち上がって抗議する。
「もうちょっとこう、ルナがやる気を出してくれないと! ほら、魔法で移動出来ない?」
「うぅん、やる気がイマイチ……」
「やる気使い果たしてるじゃん! 頑張ったの、最初の準備だけじゃん!」
「む! 失礼な! 今だって楽できる魔法を探してるんだから! あおくんだって、無駄な努力に甘えてるじゃん!」
「な! 失敗の積み重ねが成功の素になるんだって」
「ふんっ」
ルナは本を持って舞台を降り、座席に移動して真剣な読書の姿勢に映った。
頭に血が上った葵星も、うさぎ言語との格闘に取り組んだ。
出不精な二人はどちらも、スイッチが入ると個人作業にのめりこむタイプだった。
故に、共同生活による相乗効果は生まれない。
二人して時間を忘れる。
☆彡
——ぶくぶくぶく!
「わっ」
コーラに吹き込む泡の音で、葵星は意識を戻される。
ストローを手に、たおやかな面持ちのルナがいた。
「あおくんに勝ちを譲るよ」
「なんの?」
「言わない。負けた感が増すから」
「ふにゃぁ、お腹空いた」
と、腑抜けた声でルナがへたれこんだ。
「何も食べてないの?」
「あおくんはお腹空かないの?」
「そう言われると、お腹空いてるな」
「はい」
と、ルナは座席の陰から、コーラとポップコーンのセットを持ち上げて見せた。
「一緒に食べよ」
「……ありがとう」
葵星はなんだかこそばゆくなった。
仕事の癖で目の前の課題に頭がいっぱいになってしまったことを反省する。
ここは異世界で、今はぼっちでなないのだから。
「そうだ、ルナの魔法は、物体じゃなくても持って来れるかな?」
「というと?」
「サブスク配信。見れるようにならないかな?」
「サブスクって、あおくんがよく仕事をサボって見てたやつ?」
「そう。コーラとポップコーンと上映室と来たら、サブスクがないと始まらないっ」
「何それ。持って来ないと損じゃんっ」
ルナは拳を握ってよだれを垂らしていた。
その手を翻して<月の裏返し魔法>を使うと、グッと何かを掴んでいた。
「どこに繋げればいいっ?」
「ピコに繋げて。映像の投影機能を見つけたんだ」
「任せてっ」
ルナがその手をピコに向け、葵星は例の投影機能を実行した。
大丈夫。ピコも物語を見たいはずだから、きっと映してくれる。
二人の期待に応えてピコは目覚め、館内を何かが始まる予感で包み込んだ。
「ルナ、最高だよ」
葵星はルナの隣の席へ移動した。
コーラを手すりのホルダーにセットし、ポップコーンのバスケットを膝に抱える。
いそいそと体を揺するルナに、追い打ちをかけたくなる。
「知ってる? ポップコーンは塩味だけじゃないんだぜ?」
「へ!? どゆこと!?」
「キャラメル味のキャラメルポップコーンも人気商品なんだ」
「キャラメル!? そんなの甘くて、コーラと合わないよっ」
「いいや、甘いと甘いも結局合うんだよ」
「早く言ってよ! 今持ってくる」
くるっと魔法を使うと、二人の抱えるポップコーンはダブルサイズに進化した。
「やば、混ざっちゃった」
「仕切りで隔てられてるから大丈夫。塩味とキャラメル味を交互に楽しむんだ」
「そんなことしていいの?」
「ああ、業が深いけどな」
ルナはキャラメルが盛大にかかった一粒を見つけ、目を輝かせていた。
うっとりとため息をついてそいつを食べ、続けて塩味に手を出した。
そしてコーラを飲んで、キャラメル味に戻る。
罪深い連鎖が始まっていた。
「……お! 何か映ったよ!」
天井に映像が映る。
程よい角度に椅子を倒して、物語を見上げる。
少女の映画館デビューを慮った女児向けのお話しが始まった。
作品は、ピコのチョイスだ。
☆彡
ご覧いただきありがとうございました。
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