32話 星空収集兵器〜プラネタリウム〜
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
・チョコ:星空の魔法で人間になった、元トイプードルの少年。
・イチゴ姫:星空を独占した王国のお姫様。チョコの元飼い主。
<前回のあらすじ>
イチゴ姫の笑顔を取り戻したい。
その願いを叶えたチョコに時間切れが訪れた。
星空収集兵器の格納された倉庫で、未心が待っていた。
カチカチと踏み鳴らす音がチョコの円周を周期的に回る。
足元の白い光は、聖域を思わせる光を放っていた。
「いい着地点だったね」
パーカーを深く被った、未心がいた。
彼女の姿は白くほのめいていた。
出会った時と同じ光景だった。
「もう、舞台を降りていいよね?」
「チョコちゃんの役目が終わったのならね」
「うん。姫様はもう大丈夫だから。今度こそボクはもう必要ない」
本当の笑顔をもう一度、国民に届けることができたから。
そのためにボクは、人間になった。
「そんなことないと思うけどなぁ」
未心はふらふらと等速で、外周を歩く。
「ボクはもう、犬じゃないから」
「どっちだってよくない? 君は君なんだし」
「よくないよ。犬と人間は役目が違う」
「ふぅん」
「あと、命の長さ」
「なるほど。大きな壁だ」
未心の歩調は等速だ。
変則的な彼女でも、時間を守っている感じがする。
「ま、本人の考え方次第だけどさ」
「未心ちゃんは、どうしてボクを呼んだの?」
星空収集兵器、プラネタリウムの格納庫。
とても大きな花火でも打ち上げられそうな、機械仕掛けの厳かな装置だ。
ここにチョコを呼んだのは彼女だった。
「この国から星空を奪い返したかったんだけど、泥棒にはなりたくないじゃん? じゃ、いいことに使っちゃおーっていう発想。盗んだお金で募金する感じだよ」
「未心ちゃんの問題だから、何も言えないけど」
「よしよし、よくできたワンちゃんだ」
未心の刻む足音がやがて収束する。
「だけど、願いは願いを呼んじゃうわけで、振り出しに戻ったわけだ」
「難しいことは考えない。未心ちゃんが望むなら、全部未心ちゃんにあげるよ」
「いいの……? お姫様やこの国がまた困っちゃうかもよ?」
「姫様はもう大丈夫だって言っただろ? それにボクは、姫様と、君たち以外のことはどうでもいい」
「君たちって?」
「ルナと、葵星と、未心ちゃん」
「シンプルだね。君みたいな子は大好きだよ」
チョコは手をかざした。
どうせ、時間切れなのだ。
何が正しいのか考える時間はない。
考えられるのは、好きかどうかだ。
犬なのだから、最後はそれだけで良いだろう。
「ボクも、未心ちゃんのこと、好きだよ」
「お姫様だけにしなよ」
「序列はつけてるよ。犬だから」
星を宿した輝きを手渡した。
一つの命が再生するほどの奇跡を束ねた光。
終わった命が、舞い戻った願い。
「ありがとう」
チョコは、倒れ込んだ。
小さなトイプードルが横たわる。
☆彡
彼女は、<星空収集兵器>の操作台に立つ。
それは、本体のすぐ側にある操縦席そのものだった。
彼女は、見知らぬ言語で動くのその機械を自在に操作していた。
「誰だ!」
「やーやー、お二人さん。遅かったじゃん」
ルナと葵星と、未心の三人が、<星空収集兵器>の格納された倉庫へとかけつけた。
「……チョコちゃん!」
横たわる子犬の元へルナは駆けつけた。
葵星は、そこにいる相手をじっと見ていた。
「なんで」
葵星は言った。
「なんで、未心ちゃんがそこにいるの?」
「出し抜いたから」
未心は、プラネタリウムの操作台にいた。
未心は、葵星の隣にもいた。
「ねぇ、未心ちゃんだよね」
「違うよ。どっちも半分違う」
<星空収集兵器>の未心はフードを外した。
黒髪がたなびく。
彼女は、白のドレスを纏っていた。
「髪の変化に気づかないとか、これだからあお”ちゃん”は」
「一応、白いねって言ってくれましたよ」
葵星の隣にいる白髪の未心が、黒髪の未心に話しかける。
「流石に気づくか! で、その後は? 褒めてくれた?」
「ううん。可愛いとか、言ってくれませんでした」
「はい、アウトー」
未心は、未心の元へと寄っていく。
「もしかして、どうして君が……」
「ふぇ、これがうさぎ言語ってやつ? 全然読めないよ」
文句を言いながらも、黒髪の未心は手元の端末を自在に操る。
「動かせるの?」
「そうだよー、読めなくても動かせるのっ。私の<能力>の副産物で」
黒髪の未心は顔を上げて、デタラメなまでのブラインドタッチをしてみせる。
映画の凄腕ハッカーくらいの速さだ。
打ち間違えないなんてありえない。
「あはははっ」
「何をするつもりなの?」
「星空を、世界中に返してあげるんだよ」
ぐいぃんと、プラネタリウムが重たい腰を上げる。
鉄アレイのような先端が持ち上がり、回転しながら上を向く。
「いいこと、なんだよね?」
ルナは、チョコをその胸に抱えていた。
その質問に、未心は否定の笑みで返す。
「いいことでも、悪いことでもない」
「何、それ」
「死んだ命を呼び戻すことは、いいことかな?」
「それなの分かんないけど、イチゴちゃんは嬉しそうだった」
「そーそー、つまりは結果論っ」
<星空収集兵器>は大きな唸り声を上げて、煙を吐き出した。
「私がこれからすることも、結果論でしか語れないんだよ」
「だけどそれじゃ、チョコちゃんが」
「チョコは、納得してくれたから」
未心は、深い眠りについた子犬を一瞥した。
その目に何が映っているのか、想像することも敵わない。
「未心ちゃんの望みって何? ニコラに会いたいなら一緒に……」
「世界がもっと面白くなればいい!」
煙は灰色の膜となって、未心とプラネタリウムの周りを包み込んだ。
舞台と客席のように、大きな隔たりを作る。
「不満は根本から変えないと」
「あおくん、止めて。止めてよ! じゃないとチョコちゃんが!」
失われる運命だった命を抱いて、ルナが呼びかける。
葵星は咄嗟に、動き出せなかった。
行動の遅い相棒に、ルナは目を疑った。
「あおくん……?」
「あおちゃんはどうせ、踏み出せないよ」
未心が慌てないのは、最初から見限っていたからだ。
行動力のない、葵星のことを。
「チョコちゃんが踏み出せた一歩を、君は絶対越えられない」
「何やってんの! あおくんにしか止められないんだよ!」
「俺は、俺、は……」
その一言は世界を変える力すらあると思っていた。
「<未々>ちゃんに、ずっと、言いたかったことが……」
葵星の心は過去にいた。
「今!? あおくん、それを言うのって、今なの!?」
「あはは! それでこそ、”あおちゃん”だ!」
黒髪の未々は腹を抱えて笑っている。
その姿に、この空間に、既視感があった。
やり直したい過去が、目の前で渦巻いている。
葵星は、境界線の前で、くすぶっている。
「この関係がずっと続けばいいと思うんだけど、この関係は必ずどこかで終わってしまうから」
「あおくん! 星空が——」
葵星の耳にルナの声は届かない。
葵星の世界には未々しかいない。
彼女の笑顔は世界を幸せにするし、彼女の否定は世界を拒絶する。
葵星の本気の想いは、笑い飛ばされた。
「タイムアップ」
<星空収集兵器>が、夜空に星を打ち上げた。
奇跡を起こせるほどの全ての星を。
ステラに星が還る。
これで、三人の目的は達成された、はずだった。
「未々ちゃん!」
葵星は踏み出した。
全てが手遅れになった後で、勇気を振り絞った。
「ねぇ、もう終わったんだけど——」
「ずっと、好きだった」
「は、はいぃ」
永瀬葵星の異世界転移特典。
<文脈を無視する才能>。
うさぎ言語を解読したのも、この能力の応用だった。
「返事は?」
「……もっと、ロマンチックな告白をしたら、ちゃんと聞いてあげる」
そして、未々がうさぎ言語を自在に操れたのは、彼女の能力のオマケ要素だった。
「<兎に変身する能力>」
彼女たちは、二匹のうさぎに変身する。
白兎と黒兎が、足早にこの部屋から脱兎した。
☆彡
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