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31.1話 人間にしてください。ずっと。

<登場人物>

未心みこ:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳

・チョコ:星空の魔法で人間になった、元トイプードルの少年。


 タイムアップ。

 時間切れというやつはある日突然やってくる。

 目を背けず抗い続けた者に対しても無情理に訪れる。


「嘘だ。これで終わりだなんてあり得ない」


 天幕の下、少女にとって大切なモノが終わりを迎えた。

 ガツンと鈍く響くのは小さな拳の力。

 床に拳を打ち付ける少女の姿は皮肉にも檀上でよく映えていた。

 月明かりのスポットライトを背中に受けて、汗と涙が煌めく粒子となって宙を舞う。


「どいつもこいつも夢を語るクセに地に足をつけやがって。現実じゃなくて夢を見ろってんだ」


 王国の反映を祝う花火がその子の頬を朱色に照らす。

 マシュマロのような艶っとした肌、蒼がかった黒髪に、天井からパラパラと音が降り注ぐ。

 彼女の横顔に一目で目を奪われた。

 紺のワンピースを着た彼女は空間を超越した気品があり、存在感と透明感を兼ね備えていた。

 胎動に似た躍動を持って、小さな拳が綺麗な子を描いて振り上がる。

 その手は何かを握りしめていた。

 

「……わぁぁぁぁぁ!!!」


 腹の底から絞り出された方向は喉に引っかからずに吐き出される。

 小さな冒険の途中にいて躍動していた鼓動は彼女の叫びに共鳴し鼓舞されたが故に、遠吠えを重ねたくなった。


 ワォーーーン!


 二つの声が猛々しく轟いたもので、自分達が花火を打ち上げたかのように錯覚する。

 はぁ、はぁ、と心地の良い息切れ。

 体中に蹲るモヤモヤが晴れて、迷いからの見切り発車な行動はまだ間違いでは無いのだと勇気づく。

 口角に力を入れて見上げると、麗しい碧眼にキッと睨まれていた。


「何見てんの」


 打ちひしがれていた彼女は泣いてはいなかった。

 その双眸に湛えているのは強い光。


「あんた誰」


 花火が止まり静寂が再来する。

 すっくとした立ち姿はいつまでも見ていられる。

 革命を起こした女性を描いた絵画のような立ち姿だ。


 ワン!(○○だよ!)


 どんなに力強く叫んでも、思考は言葉にならない。

 名前だって伝わらない。

 尻尾を振って誤魔化すだけだ。


「お菓子みたいな名前だね」


 ヘッヘッヘッヘッヘ。


「私を見てて楽しい?」


 ワンワン(綺麗な声だった!)


「ほぉう」


 照れたように口角があがった。

 実直な素直な子のようだ。


「面白いね君。迷子?」


 ワンワンワン。(抜けだしてきたんだ)


「何で?」


 ワゥン。(えぇっと……)


「恥ずかしがらないで言いなさいよ」


 ワンワンワンワン。(好きって言いたい人がいるんだ)

 この種族にしては利口な方だからヒアリングは得意だ。受信するだけには変わりないけど、実は話しは分かっているんだってことを分かってほしい。


(ってあれ? 今会話が成り立った?)


「なるほど。男の子だねぇ」


 ワン?(え?)


 女の子が立ち上がる。

 満面の笑顔。悩みの吹き飛ぶような最高の笑顔だ。


「ステラの魔法を君に上げるよ」


 ワン?(魔法?)


「<兎に変身する能力(ウサギ・フラップ)>」


 灰色の少女が指を鳴らす。

 蛍のような光が湧き上がりこの体を取り囲んだ。

 体が光に包まれる。

 テレビで見た変身シーンのようだ。

 ただ、焼けるように喉が熱い。

 手足の感覚が拡張されて痛覚の範囲が広くなる。

 ホワイトアウトした視界の中、体だけが異変を覚えている。


「あはは、かっこいいね! もう一度、君の名前を教えてよ」


 ボク?

 立ち上がると、視界がいつもより高くなった。

 手が宙に浮いていて、手に余る状態だった。

 いつもの二倍の力が足に加わる。

 重心の置きどころに迷いつつも、勇気を持って後ろのめりになると丁度よい塩梅になった。

 二本足だ。二本足で立つのは不安定で、手先がやたらと動かしやすい。

 バランスを保つのは尻尾の辺り、と思いきや尻尾がない。柔らかいお尻の上の方にちょっと固い部分があるだけだ。

 ボクは、どうなったんだ?


「声に出してくれないと分からないよ?」


 檀上で立つ少女と視線が真っすぐにぶつかった。

 人と目の高さが合うのは初めての事だ。


「ぼ……、く……?」

「そう君! 名前は?」


 女の子は空気ごとボクを抱きしめるように両手を広げた。

 歯を見せて笑う姿に、沸々と勇気が湧いてくる。

 目に見えない力はまるで魔法。

 直感を信じてボクは本能に従って動く。


「な、ま、え、は……」

「名前は?」


 名前。ボクの呼称。

 沢山聞いたけど、自分で口にするのは初めてだ。

 何度も呼んでくれた人の顔が自然と思い浮かぶ。

 彼女は泣いていても、この名前を呼んでくれる時は笑顔になる。

 だからボクはボクの名前に誇りを持っている。

 彼女のくれた名前を、ボクは高らかに宣言する。


「ボクはチョコ」


 名前をくれたその人に、伝えたい言葉があって遠くに来たんだ。


『私も違う誰かに変身したいな。ドレスを脱いで、力の限り闘い、気持ちを必死で伝えるの』


 ボクの体優しく撫でていた手のひらが熱を込める。

 掌の温度が上がるものだからボクの安眠は邪魔されたものだ。


「一緒に、ステラの退屈を壊そうよ」


 歌うような少女の言葉にボクという人間が完成した。

 星に願えば願いが叶う。

 勇気も一緒に湧いてくる。

 自信を持って胸の内を叫びたくなる。


(……の事が大好きだ!!)


 溢れ出す想いを言葉にできない。

 手足を必死にもがいても唸り声を上げても、この気持ちは誰にも伝えられない。

 気持ちさえあれば心は通じると思って生きてきたから。

 瞳に涙が流れても言葉は生まれない。

 息を大きく吸えるようになっても胸は苦しくなるばかりだ。


「ハートは十分伝わったよ」


 月光を浴びて勇ましく立つ少女。

 彼女がボクに魔法をかけてくれた。

 この姿をくれただけでなく、心に火をつけてくれた。

 気持ちの一つで世界の見え方が変わる。

 それこそが真の魔法に思えた。


「ウチにおいでよ。私が君を、チョコちゃんの事を誰よりも人間らしく、誰よりも魅力的な主役にしてあげる」


 ついていこうと思った。

 どこまでも。

 荒波を超えて戦国時代を生き抜いて宇宙の果てまでも。

 彼女の眼にはいくつもの世界が垣間見える。


「なまえ……、きみ、は……」


 知りたいことがあった。

 たどたどしくも、扱い方の分からない言葉を紡いで音にする。

 分かってくれるだろうか。

 気持ちは伝わるだろうか。


「焦らなくても分かってるって」


 すっと息を吸い、少女は綺麗な声で発音した。

 言葉を覚えてからのボクが例えるならピアノの音色。

 あるいは星の輝き。

 

「未心」


 ボクにとっては、世界の礎となる名前。


「私は未心。一緒にステラの退屈を怖そう!」


 奇跡だって起こるような、真っすぐな力。

 彼女こそが魔法使いだと、ボクは信じている。


☆彡

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