30話 反省会
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
・チョコ:星空の魔法で人間になった、元トイプードルの少年。
・イチゴ姫:星空を独占した王国のお姫様。チョコの元飼い主。
<前回のあらすじ>
舞台の上でチョコは星空を返す。
その1シーンは、イチゴ姫の占星術で止められた。
中断する形で、劇団ピコ・ボックスの舞台は幕を引いた。
「セリフ、飛ばしたよね?」
ルナ監督による最初のダメ出しはそこだった。
終演後、客席に戻ることも許されず、一同は会場の外に追い出された。
会場前の階段で屯し、それぞれが無力感に襲われていた。
最たるは舞台に立っていたチョコだ。
「……」
チョコはずっと喉を抑えていた。
声が、出なかった。
「声が出せたってどうせ言い訳するんでしょ。忘れたとか言って。でもそんなのわざと。意図的に。やりたくなかったから! だから忘れたことにする。そうでしょ? ピコもカンカンだよ」
シュルシュルと電子音も鳴る。
「言っとくけど、舞台が中断されなくたって、私が止めるつもりだったからね」
ルナは淡々と指摘する。
チョコを庇うように、葵星が割って入る。
「ルナ、さっきのはそれどころじゃないだろ。チョコの声が」
「体調管理も役者の仕事!」
「それだって、イチゴ姫がとんでもない魔法を……」
「人のせいにしないで。舞台にトラブルはつきものなんだから」
何かが憑依したようにルナは厳しかった。
くぅーん、と鳴き声は聞こえてくる。
「そうでしょうか? チョコさんは最後まで、抗っていたように見えましたけど」
もう一人、チョコのことを庇ってくれたのは未心だった。
皮肉どころの多い彼女が、素直に庇うのは珍しいことだった。
「……未心ちゃん?」
「えっと……、はい?」
「雰囲気変わった?」
話し方や仕草が柔らかくなったような。それに、
「髪が、白くなった?」
陽の反射によるものと思っていたが、角度を変えても白かった。
灰色が薄くなったのではなく、真っ白だ。
「はい……、今日のために、染めました」
「染めると、性格も変わるの?」
「はい……、そうなんです」
口元に手をあてがって恥ずかしそうに振る舞う。
いつもの未心ちゃんなら絶対にしない仕草だ。
白髪と対比して、服装はフォーマルに黒のドレス姿。
まるで、別人のように変貌していた。
「これで劇団も、解散ですね」
一同はぽーっと、麗らかな風に吹かれた。
ホールの中の喧騒は外には一切届かないもので、呑気なほど長閑だ。
葵星が言う。
「解散、か」
あれ、そしたらどうなるのだろう。
星空を返せなかったら。
あ、極刑だっけ。
しまったな、手段を選んでる場合じゃなかった……。
仕方ないか。
自分は、頑張れない。
あの部屋に閉じこもるようになってから、ずっと、
「おーい、劇団ピコ・ボックスじゃん? 何、出禁食らったの?」
そこへ、ぞろぞろと人だかりが寄ってきた。
目を惹くのは、力強く弾むドレッドヘアーだ。
ルナの頬も力強く引き攣った。
「うるさいな、負け組」
「負けた感漂わせてるくせに強がるなよ」
「負けて反省しなかったら本当の負けじゃん」
「ならまだ次があるわけだ」
「あなたたちには関係ないじゃん」
「あるよ。あるから来たんだよ。皆、お姫様の幸せを願ってるんだから」
王都の民が会場の前に集まっていた。
ダンスコンテスに参加し、応援しに来ていたのは、星空を知らない彼らなりの、願い方だった。
古参の彼も、そそくさと葵星に話しかけにくる。
いわば、イベントでよく会う間柄のように。
セレスティアのお姫様がプリントされたTシャツを着こなしていた。
全盛期のイチゴ姫、という感じがする。
占星術が使えなくても、魔法は使えるような。
「イチゴ姫は、元気そうでしたかな」
「あ、ああ。素敵な笑顔を見せてくれたよ」
「つまり、元気じゃないということですな」
「やっぱり、そう思う?」
「そう思ったのですな?」
「こんなこと、絶対に口にしたらいけないんだけど」
葵星は良識ある大人として、<常識を無視>する。
「あんな結婚、見たくない」
全てを踏まえた上で彼女は決断したはずだ。
何も知らない分際で口出ししていいはずがない。
分かっている。分かっているけれど、そうなってほしくないと思うのが、個人の本音だ。
「いやいや、そんなこと言ったらいかんでしょ」
空気を読み違えたらしく、良識ある指摘をされてしまった。
「皆さんは、どう思ってるんですか?」
「私たちはそこまで難しく考えていませんよ。チョコさんのプラネタリウムを見るまで、願うことを知らなかったのですから」
「結婚に、賛成なんですね」
「人の結婚に口出しするもんじゃありませんよ。ただ、私たちにだって切実に欲しているものがあります」
王都の民は、クラップを鳴らした。
「姫様のダンスを、また見たいのです」
クラップは、声を失った少年に向けられている。
君ならできる。
君にしかできないと、背中を押している。
「叶えられるのは世界にただ一人、仮面のダンサーさんなのですよ」
チョコは、立ち上がる。
クラップは五月雨に、降り注ぐ拍手へと切り替わる。
「……ボク、は……」
星空に願いを込めるように、心からの期待を彼にかける。
「姫様のことが—」
——おぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉ!
その先の言葉は、声援に遮られた。
「私たちの舞台はまだ終わってないんだよ」
待っていた、と言わんばかりにルナは頷いた。
「チョコちゃん、次の舞台に行くよ」
「え、ボクたちの時間はもう終わって……」
「終わったらまた、始めればいい!」
ルナが笑った。
「ゲリラ公演!」
☆彡
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