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29話 晴れ舞台

<登場人物>

・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳

葵星あおせ:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α

未心みこ:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳

・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機プラネタリウム

・チョコ:星空の魔法で人間になった、元トイプードルの少年。

・イチゴ姫:星空を独占した王国のお姫様。チョコの元飼い主。


 国立セレスティア・シアター。

 王都セレスティアで一番大きなコンサート会場で、余興は行われる。

 王妃と相手の王子は、上の階の特等席で見物をされている。

 眺めが悪そうだ。大事なのは雰囲気なのだろう。

 身分の高い人たちが席を埋めていて、客席の圧が強い。

 国から招待されたパフォーマーたちも客席後方で出番待ちをしているのだが、一同緊張をしている。

 我らの看板俳優は大丈夫かと心配をして葵星は横を見る。


「……かー」

「……ぐぅぐぅ」


 子供達は睡魔に負けていた。

 だが、仕方ない。

 格式あるパフォーマンスというのは、ありていに言ってつまらないものだ。

 バッドエンドに向けてゆっくりゆっくりと進む悲運の恋愛劇。

 流れる音楽も冗長で盛り上がりがない。

 見たことがあるわけではないのに、どうせ二人とも死んで終わるのにな、と、飽き飽きしてしまう。


「起こさなくていいの? ほら、観るのも勉強って」


 未心は流石に起きていた。

 途中で話しかけてくるくらいなので、眼前のお話に興味はないようだが。


「時間の無駄。終わったら起こすよ」

「辛辣じゃん」


 子供の時に見せられる教育のためのお話のせいで、物語はつまらないと植え付けられる。

 子供には耐え難い苦痛の二時間。あれは、許せない。


☆彡


 ——続きまして、劇団ピコ・ボックス。


☆彡


「キャラバンの語源を知っているかい? 旅する劇団さ。元々はラクダに荷を乗せて物資を運ぶ隊列だったんだ。ラクダが渡る土地と言えばそう、砂漠だ。私達の旅はさながら、果てしない砂漠を渡るようだった。

 寧ろ砂漠だけだったならまだよかった。大嵐の海も渡ったし、雷鳴轟く山や大噴火を起こす火山も越えた。魔獣の住みつく洞窟をくぐり抜け、運悪く銃弾飛び交う戦争地帯に足を踏み入れてしまったのさ」


 弱々しい見た目とは裏腹に圧のあるチョコの声に子供たちは恐れ慄き、息を呑んで目を丸くして硬直している。


「さぁ、ボク達は一体どうやって、絶体絶命の危機を乗り越えてきたか分かるかな?」


 チョコは客席に問いかけた。

 貴族には子供たちがいて、彼らも教養と教え込まれてお尻の痛みに耐えている。

 鍛えられた精神力で眠らずにいたが、まだ幼い彼らの本心は、退屈だったはずだ。

 そこにチョコが、


「勇気ある者は答えてみろ」


 壁をぶち破る。

 恐れ知らず、滑り知らずで全力のチョコだから辿り着いた境地だ。

 チョコの問いに、子供たちは次々と意見を述べた。


「大きい動物たちに戦わせた」

「便利な道具で自然を操った」

「何事もお金で解決した」


 チョコは「違う違う」と言って両手を仰いだ。


「私達は皆誰もがいつでも味方に出来る武器があるんだよ」


 見事なアイスブレイクは場の空気を温めるだけでなく、チョコ自身のギアも上げる役目を果たす。

 そう言ってちょいこは足を鳴らした。


「足?」最前列の少女が答えた。

「惜しい、リズムだ」

「リズム?」


 子供たちの頭上には沢山のハテナマークが浮かんでいた。

 二列目に座る男の子がピンと手を伸ばした。


「リズムじゃ砂漠は渡れないと思いまーす」


 子供達にゲラゲラと笑い声が起きた。

 チョコは態勢を変えず、視線を左右へと移し、喝采が落ち着くのを見計らって話を続けた。


「砂嵐のリズムが分かれば、砂煙をかわすことが出来るし、嵐も火山も銃弾も全部避けることができるのさ。恐ろしい魔獣だって歌があればあっという間にお友達になれる」

「えー、インチキだぁー」


 ブーイングが巻き上がる前に、葵星はドラムロールを鳴らした。


「インチキじゃない。リズムは、音楽は魔法さ。今宵君たちに、魔法のような私たちの冒険に連れていってあげよう」


 トランペットの演奏が入り幕が上がった。

 虹色のスパークルに子供たちは歓声を上げる。

 彼らの視線の先にいるのは……。


「僕はチョコ。キャラバンのダンサーさ!」


 稽古を重ねたチョコに、ルナはダンスを解禁した。

 苦手分野を克服した今こそ、得意分野を盛大に使って良いと、監督が許可を出した。

 長尺の芝居に時間を取られたせいで、こちらに与えられた時間はたったの十分。

 ルナ、いや、演出は、そこに全てを詰め込んだ。

 滑舌は若干不安があるものの、それを補って有り余るほどの身体表現ができる。


 それに加えて、ルナの魔法。


「<転換(フリップ)>、<転換(フリップ)>、<転換(フリップ)>」


 舞台袖でルナは指揮者のように手を振り続けている。

 チョコのダンスに合わせて、何度も何度も衣装を変え続けているのだ。


 冒険物語に見立てた音楽の中で僕は得意のダンスを惜しみなく披露する。ジャズ、スロー、ロック、バレエ、ブレイクダンス。両手の自由を覚えた僕はどんなダンスでも僕のリズムで踊る事ができる。

 時には剣を持って舞い、時にはゆったりと魅了し、最後には目まぐるしく僕の技術を出し尽くした。


「そう、ボクなら出来るの”にゃ”」

「あ、<突破(フロップ)>!」

「誰にだって出来るのさ」


 チョコが噛んだら、葵星の才能でアシストする。

 噛んだことを無かったことにできるのだ。

 チョコが主役を務めたこのショーは、観客全員の心に魔法を信じる気持ちを宿らせた。


「はぁ、はぁ」


 いい感じに息が上がっている。

 葵星は照明をゆっくりと絞り、音量をゆっくりと上げる。


「星空を、見たことがありますか?」


 舞台袖で、ルナがにやりとして見守っている。

 チョコの声は誰よりもまっすぐに届く。

 冗談は冗談として、本気は本気として、チョコの気持ちはちゃんと伝わる。


「誰も知らない空の色です。畏して生きてきた夜空の向こうにあるのだから」


 天色から青藍へのグラデーション。


「願いを叶えてくれる星空。必要なのは、怯えないことだったんだ」


 舞台装置と化したピコが、星空を作る。

 一等星だけのまばらな星空がホールを包み込む。

 星を見上げるように、チョコが上を向く。


「この国に、星空を返します」


 チョコの体が、内側から淡く光を放つ。

 ホタルのように、儚い光だった。


「やめなさい」


 声が、降り注いだ。

 国民の心を掴んでやまない声。

 その一声は、舞台の空気を飲み込んでしまう。


「……姫、様」


 チョコは、未来を変えようと、運命を覆そうと、必死だった。

 けれどそれは一国民の無駄な抵抗。

 姫の指先一つで潰される。


「<運命の決定(ステラ・ノート)>」


 琴を爪弾く程度の指の動きだった。

 ピコの映した星空の瞬きが失われた。

 そして……。


「……っ」


 チョコは喉を抑えていた。

 膝を降り、盛大に咳き込んだ。

 呼吸が困難なくらい、掠れた息をしていた。


「あまり、舞台の上ではしゃいだらダメですよ」


 葵星の操作を無視して、音も光も元に戻された。

 何もない舞台に、少年が一人でぽつんと苦しんでいた。


(待って、離して。ボクは、返したいだけだから)


 チョコが悶えている。

 必死に口を動かしている。

 けれど、犬のように何も喋れない。

 言葉は声にならなかった。


「さようなら。実りのある現実を」


 終演ではないのに、舞台の幕が降ろされた。


☆彡

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