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23.1話 犬とお姫様と花畑

<登場人物>

・チョコ:星空の魔法で人間になった、元トイプードルの少年。

・イチゴ姫:セレスティアのお姫様。チョコの飼い主。


☆彡


 ボクは犬である。名前はチョコ。お菓子のチョコレートは食べる事が出来ない。

 だって犬だから。犬は犬らしく、四本足で歩くだけだ。


 城下町を離れて、丘の上へと続く長い坂道を上る。

 うらうらと雲が流れ、ボクの身長よりも背の高い草むらが風にたなびく。

 今日はまさにお散歩日和だ。


 国民に愛される王国の自然にはゴミ一つ落ちてないし、小石一つだって転がっていない。

 気兼ねなく駆け回れる最高のお散歩エリアだ。

 それにしても頂上までは一息に走り切れないくらいの距離がある。

 この丘はピクニックにうってつけなのに、人はあまり賑わない。

 好んでこの丘に訪れるのは、若い頃から足腰を鍛えて今は時間を持て余している老人か、走るのが大好きなこのボク位だろう。

 あるいはこの丘の持ち主である彼女だけだね。


 大きな樫の木が梢を開いて、お日様の光を全身で受け止めている。

 木の幹にはエメラルド色の苔が生えていて、緑色の葉っぱにはちらちらと黄色い葉っぱが紛れ込んでいる。

 神秘的な大木の木陰に、本を読んで座り込んでいる女の子がいた。

 庶民の服装を模した装いに、素顔を目立たせないために羽織った茶色のローブ。

 小顔で輪郭がはっきりしている。白いカチューシャはティアラと見間違えるほどに良く似合うんだ。

 彼女はボクを見つけて本を置き、白い雲にも似たうららかな笑顔を見せてくれた。

 陽光に照らされた無垢な笑顔とえくぼが、ボクの心をドキドキさせる。


「チョコちゃん、おはよう」


 イチゴ姫。ボクの大好きなご主人様だ。

 人間年齢では十五歳、子供と大人の境界線に立つ多感なお年頃だとネズミ達が教えてくれた。

 この先に大変な事が一杯待ち受けているのだとか。

 姫様は時間に関係なく、ボクと会う時は朝の挨拶をしてくれる。

 おはようって、ボクも心の中で返事をした。

 ボクの笑顔の返事を見て、姫さまはうんと伸びをして立ち上がった。


「一緒に育てたお花が満開だよ」


 姫様の向かう先にボクもついて歩いた。

 広大なスペースの一端には姫様のお花畑がある。

 赤、青、黄色と、色とりどりのお花は、コスモス、パンジー、チューリップと、犬のボクでも覚えやすい名前がついている。

 背の丈位のお花畑もあって、等身大の迷路みたいにお花に視界を遮られ、ボク達には砂利道しか見えなくなるんだ。

 数あるお花を、姫さまは一つ一つ我が子を愛でるように見て回る。

 どれもこれも、姫さまがお花の種から育てたんだ。立派な蕾に胸を膨らませては「大きくなったね」と声をかけたりとか、しおれたお花に心を痛めては「元気が出るように」って祈りを込めたりとか、姫様の愛は深い。


「こんにちはお姫様。今年も立派にお花が咲きましたね」

「こんにちは。これも全て愛情を注いで面倒を見てくださっている皆さまのお陰ですわ」

「何をおっしゃいますやら。私たちがお水を上げているのはお姫様のお忙しい日中だけ。姫様は毎朝ここへいらっしゃっているじゃないですか」


 このお花畑を育てているのは姫様だと言う事を知っている者は少ない。

 一般公開もされているんだけど、足を運ぶ人しか知らない事実なんだ。

 この丘の上に来る物好きは自然愛好家の老夫婦ばかり。

 ボクらと擦れ違う度、彼らは朗らかな笑みで挨拶をしてくれる。

 姫さまだけでなく、目線を下げてボクにも挨拶をしてくれる。


「チョコちゃんも元気そうだねぇ。こんにちは」


 ボクも「こんにちは」って挨拶を精一杯笑顔に変えて返事をする。

 姫様の大切な相棒として、ボクことチョコの存在も国中に知れ渡っている。

 例えばそうだな、ボクと姫様の絆をお話しにした物語があれば、全国民が涙するだろうな。

 老夫婦との挨拶を終えて、再びボクらは歩き出した。

 見かける人々について気になることがある。男性の右手と女性の左手が繋がっていることだ。同じ背の丈で隣を歩いているからはぐれようがないのに、どうして彼らは手を繋いでいるのだろう。

 ボクは頭上にある姫様の手と、更にその上の笑顔を見上げてみた。

 例えばボクが普段から二足歩行を出来たとして、姫様の隣を歩けたらどんな気持ちになるかって事から考えてみた。

 こうして時々顔を見上げなくても、ちょっと横を向くと姫様の笑顔があるんだ。

 歩幅も、今はボクの四歩が姫様の二歩だけれど、それが殆ど同じになる。

 そして手を繋げば、距離が近くなるから姫様の笑顔が常に視界の中にあって、手が繋がれているから歩幅だっていつも一緒。


 ボクは針のお話しをよく聞くから、時間の概念を知っている。

 命の時間には限りがあって止めることはできない。

 昨日も長針に怒られたけど、早めることも遅くすることもできない。

 一定の速度で流れてるんだって。


 始まった瞬間からボクらは時間に流され続けるんだけど、始まりと終わりの瞬間は皆違うんだ。仲良しグループで同時に始めて同時に終わることはない。ボクらにはそれぞれ自分だけの時間が用意されていて、始まりから終わりまでの時間の一部がたまたま重なったから出会う事が出来たんだ。

 だから、孤独な生き物は世界を共有するために手を繋ぐんだ。


 もう一度、何度でもボクは姫様の顔を見上げる。姫様もにっこりと微笑み返してくれる。気持ちを顔に浮かべても、やっぱり願い事は届かなかった。

 ボクも、姫様と手を繋いで歩きたいな。

 麗らかな日差し、心地よい春風、さわさわと歌うお花畑。

 一定の速度で時間は流れていても、ボクの四歩は姫様の二歩。

 今まで沢山姫様の隣を歩いてきたつもりだけど、一緒だって感じたことは無い気がする。

 ボクに用意された時間は姫様のそれよりもずっと短い。

 ボクは毎日同じことを自問自答している。何度も何度も頭の中で考えこんでは、たどり着いた答えをすぐに忘れてしまう。


「今日ね、城下町に世界中の物資が城下町に集まってくるんだって」


 お花畑を一周して、最初に待ち合わせ場所にしていた樫の木の麓に二人、腰を下ろした。

 眼下には城下町の街並みが広がっている。空中都市から下界を見下ろしているような光景だ


「私も行きたいのに、お稽古を休めないの」


 姫様は目を輝かせていた。ボクは「街に行って何したいの?」て質問を顔に浮かべて見つめた。


「また食べたいものがあるの」


 姫様の言葉にボクの尻尾が反応した。食べ物の話に食いついたボクを卑しい犬だと思ったのか、姫様は殊更詳細に話してくれた。

「前に一度パパに連れていって貰った和の国っていうところのね、海から取れる食べものがあるの。この国には海がないから食べられないの。それにね」

 姫様は真剣な眼差しで指を顔の前に立てた。


「それをバターと一緒に炒めてパスタにかけて、かき混ぜるとね、とっても深い味わいになるのよ。一度食べたらあれはもう、忘れられなくなるの」


 なんともまあ姫様はよだれを垂らしていた。他の人間がいたら姫様はこんなだらしのない顔を絶対にしない。ボクは姫様の無邪気な表情がたまらなく大好きだった。

 姫様の膝に乗って口元をそっと舐めてあげると、予想以上にくすぐったがった姫様に体をおさえられてしまった。舌を伸ばしても姫様には届かない距離だ。


「お返しだよ」


 奇怪な動きをした姫様の手がボクの体へと伸びてきた。ボクは懸命に身をかわし、左右にステップを踏んで逃げ回るも、最後には姫様に体ごと飛びつかれ、あっけなく捕まってしまった。芝生のクッションと姫様の手の感触に包まれる。

 眠りに誘われる心地に身を委ねる前に、ボクは全身をくすぐられていた。くすぐったくて、イキのいい魚のように身をよじるも、中々姫様の手から逃げ出すことはできなかった。

 疲れ果ててぐったりしたボクは姫様に持ち上げられて、お姫様座りの姫様の膝の上に乗せられた。そのままボクは、姫様の温もりを感じながら目を閉じた。

 小屋よりも落ち着く、ボクの居場所。


「もうここには来れなくなるかもしれないの」


 ぽつりと雨のように、姫様の声がこぼれてきた。


「本当は乳母様にも禁止されているわ。大人になったら今よりもっと忙しくなるんですって。一国の姫としてのお勤めとして、王女の運命を全うしないといけないの。伝統舞踊以外の踊りをする事も叶わないのですって」


 姫様と一緒に踊る事は出来なくなるということ? 年に一度の楽しみがなくなるなんてあんまりだ。

 不安そうに姫様を見上げていると、姫様はにっこりと微笑んだ。


「そろそろ帰ろっか」


 姫様と一緒に長い坂道を下る。

 ボクらの前を人と犬の形をした影が二つ先行して歩く。

 なるほど、影を見ても二つの距離は遠いんだなってことに気がついた。


☆彡

ご覧いただきありがとうございました。

評価、感想をいただけると幸いです!

☆彡

チョコの回想でした。次は本編に戻ります。

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