23話 退屈な食事会
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
・チョコ:星空の魔法で人間になった、元トイプードルの少年。
<前回のあらすじ>
役者として稽古を積むチョコ。
やっかまれて力を使い、倒れたチョコが運ばれた先は……。
「<???に変身する能力>」
運ばれるボクは、そんな言葉を耳にした。
☆彡
と扉の隙間からは橙色の照明と、優雅な音楽が零れてきた。
遅れて美味しい匂いがボクの鼻に侵入してきた。
「私の隣にいてね」
小声で指示をしてくれたのは未心だった。
白と黒のコントラストなメイド姿に、灰色の長い髪がよく似合っていた。
ボクもいつの間にか、見覚えのある給仕服に着替えていた。
大人しくメイの隣に着いた。
音と光に包まれた人影を見たとき、ボクの心臓は激しく鼓動した。
その先に、姫様の姿を見つけた。
恋焦がれ続けた姫様は、気品ある佇まいでフォークとナイフを持ち、静かに食事をしていた。
高鳴る胸が落ち着かないまま、ボク達は暫く、存在感を消してただ壁際に立ち、食事の光景を見守っていた。
長いテーブルの奥、誕生日席に姫様はいた。
斜め前の席では乳母様が食事をしていて、二人の間に会話は存在しない。
反対側の壁際では楽器隊が黙々と演奏をしていた。
控えめな小太鼓のリズムに乗せて、数種類の管楽器が本来の持ち味を殺して静かに音を鳴らせている。
明るい空間と生演奏の音楽が流れているにも関わらず、ここにいるとボクは寂しい気持ちになった。
二人が手をつけるプレートの料理はなんというか、つまらなそうだった。食べ物に楽しいもつまらないもないし、美味しそうであることは見栄えだけを見ても明白だった。それでもボクは、眉一つ動かさず、機械的に美しい所作を維持する姫様を見ると、つまらなそうという感想を抱いてしまう。
乳母様のお皿が空いたタイミングでメイが乳母様に耳打ちをすると、ボクに振り向いた。
「新入りですか。イチゴ姫に挨拶をなさい」
緊張してたじろいでいると、未心が姫様の前に出るよう手の平を差し向けた。
ボクは姫様の前に歩を歩めた。
途端、体中を巡る血液が冷えあがり、全身が硬直した。
室内を包んでいた明かりが白くなり、耳に届く音楽は遠くで鳴っているようだった。
ボクと姫様の間には、遮るものが何もない。
目頭が熱かった。瞬きをすれば、目尻がしっとりと濡れた。ボクは、何に対して泣きたいのか分からなかった。
無礼にも手を伸ばせば届く距離だ。
溢れ出る言葉が胸の奥でせき止められる。
「どうしたの? 早く名乗りなさい」
遠くで鳴る音楽の中、乳母様の明瞭な声がした。
声は聞こえたけど、次の行動へと繋がらなかった。
不審に感じたように、姫様がこちらを向く。
姫様の目だ。笑顔を浮かべるでもなく、訝しむでもなく様子を見るでもなく、ただ姫様の目なんだと、ボクは思った。
瞳の輝きに、星空を思い出した。星空を見ると、姫様を思い浮かべてしまう。
脳内で何度も再生された音楽が蘇る。
今は、こんなことを考えている場合ではないと思いつつもだ。
「ぐずぐずしないで!」
乳母様の怒号にボクの意識がはっきりとした。
音も照明もボクのすぐ近くに戻ってきた。
そうだ、自己紹介をしなきゃ。
姫様と言葉を交わしたくて、人間の姿になったのだから。
「…………」
名前を口にしようとしたとき、ボクは声の出し方が分からなくなった。
喉で母音を鳴らし、唇で子音を作ることが出来なかった。
頭が真っ白になりかけたとき、姫様の唇が動いた。
「ほうら、チョコちゃん」
未心が小声で背中を押してくれる。
「チョコ……?」
喋れなくて自分を情けなく思うよりも先に、姫様に名前を呼ばれたことが嬉しくなった。
とくんと脈打つ心臓から波紋が広がり、全身に暖かみが広がった。
そうだ。声は出せなかったけれど体は動いた。
ボクは合奏団の前に行き、リズミカルに手足を鳴らした。
右足を踏み、左足を踏み、一回手拍子を叩く。右足を踏み、左足を踏み、一回手拍子を叩く。
右足、左足、手拍子。
右足、左足、手拍手。そして笑顔。
体を動かすと顔の筋肉の緊張もほぐれ、演奏者に笑顔で意志を伝える事ができた。
演奏者の皆は、ボクが何の音楽を思い浮かべているか理解し、すぐさま演奏をしてくれた。
流れるようなアルペジオに乗せて、ボクはくるりと回ってみせる。
この国でこのリズムと言えば、皆が知っている曲がある。
それは、姫様もよく踊っていた曲だ。
リズムに乗ってボクはこちらを静観する姫様の元へと寄った。「一緒に踊ろうよ」とメッセージを込めて。
せっかく人間になれたのに、ボクは結局体と表情に頼ってしまう。
無表情の姫様を見ると、嫌われたようで怖かった。
けれどボクが姫様へのステップを止めずに入れたのは、ボクの知っている姫様の片鱗を足元に見つけたからだ。
テーブルには長いクロスが掛けられていて、乳母様の位置からは姫様の足元は死角になっている。
姫様の足は小さくステップを刻んでいたのだ。
右足、左足、手拍子の代わりに両足。
右足、左足、手拍子の代わりに両足。
小さな動きでも、それはボクだけが合わせることのできる姫様のステップだった。
ボクは心が躍った。
もう少しで、姫様はきっとあの頃の笑顔を……。
「素敵な演奏だこと」
乳母様の声が賑やかな音楽を制圧した。
音楽は止み、ボクの体が止まり、姫様の足も何事もないように静止していた。
「あらぁ、止めなくても良かったのに」と、乳母様は、本音か建前か分からない含みのある言葉を漏らした。
「でもホント、あなたなら姫様の笑顔を取り戻せるのかもしれないわね。ホント、この子ったら何を考えているのか、親同然の私にも分からないったらありゃしなんだから」
乳母様は大きく鼻息を立てた。姫様に向かって怒りを向けるように。
姫様はそれを無表情で躱す。
「あの、乳母様。こちらの方のお名前は、チョコというのかしら」
「らしいわね」
「そう」
姫様は斜め下を向いた。
思い出したくないことを思い出さないようにするように。
すると、壁際にいた未心が一歩前にでた。
「姫様、チョコという名前に心当たりが?」
「未心さん、勝手な発言はやめてくださいますか」
乳母様は目だけでメイを押さえつけた。
「すみません」
未心の言葉に姫様は何も答えなかった。その代わり、姫様はボクに向き直った。
「あなたの名前に聞き覚えはないのですが、もしかしたらあなたは」
姫様は光のない瞳をボクに向けた。
「ダンサーさん?」
声を出せない代わりに、ボクは首を縦に何度も振った。それもボクの姿だ。姫様はボクに気付いてくれたんだ。
「まさか、給仕としてここにいらしただなんて。ステージ以外でお会いするのは初めてですね」
姫様がボクに質問をしてくれる。
それにボクは答えることができなかった。
もっと、姫様と会話がしたいのに。
「昔からそう。きっと言えない理由があるのですね。でも、あなたのダンスを久しぶりに拝見することが出来て嬉しかったですわ」
姫様は、口に手を当ててくすりと笑った。雲一つない晴れた空が思い浮かんだ。
ボクの知っている姫様の笑顔に、ほんの一歩だけ近づいた気がした。
姫様と踊りたかったボクは、そっと手を差し出した。
姫様はボクの手を見つめた。手を出したかに思えた姫様は口を引き結んだ。
「けれど、あまりこういうことは控えていただけるかしら。食事中に踊るだなんてマナー違反にもほどがあるわ」
姫様の笑顔は束の間で、すぐに写真で見たかげりを取り戻した。
「そうですね」乳母様もボクに対して言った。
「どうせあなたはもう、セレスと踊る事は二度とないのですから」
「二度と、とはどういうことでしょうか」未心がボクの代わりに聞いてくれた。
「イチゴも今年で姫から王女となる身です。それまでに覚えなければならないことが沢山あります。ダンスなどという俗世的なものを披露しなくても十分愛されています。余計な時間を割いている余裕はありません。それに、王女になったら踊ることはありません」
「何も知らず、失礼いたしました」未心は一歩下がった。
「チョコちゃんも、こっちに来なさい」
ボクは未心の手招く方向に行き、未心に続いてダイニングを後にする。
何もできなかったボクの背後から姫様の声が聞こえる。
「さようなら」
その言葉に、ボクの胸はぐしゃぐしゃに握り潰された。
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