22話 劇団ピコ・ボックス
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
・チョコ:星空の魔法で人間になった、元トイプードルの少年。
<前回のあらすじ>
イチゴ姫の婚約の儀に招待されているルナ一同は、チョコを主役に据えた舞台を披露することに決めた。
劇団ピコ・ボックスの稽古が始まる。
昨日コンテストが開かれた野外ステージは、イベントがないと閑散としていた。
無料の稽古場を、発足して間もない劇団が陣取った。
「はい、発声練習!」
ルナが割り箸を横にして口に咥える。
「拙者、親方と申すはなんたらかんたらと言っていて……」
「せ、せっしゃ、おや、お、お、おやおやおや……」
チョコの口元はおぼつかなかった。
自作のメガホンで少年の頭を叩いた。
「滑舌はいい。腹から声を出す!」
「せっしゃ、せっしゃぁ……」
チョコの声はか細く、お世辞にも人前に立たせられるタイプではない。
立っているだけでも俯きがちで、客席にいる葵星と未心は一度も彼の目を見ていない。
「こんなんで大丈夫?」
「体の使い方はプロなんだよ」
エアーキャッチボールやエアー縄跳びなど、動きに関する稽古では満点を繰り出した。
「セリフのないお芝居だったら、いい舞台になるよ」
「ならダンスでいいじゃん!」
未心の言う通りだった。
大人しくダンスステージにして、イチゴ姫の前で正体を明かすのではダメなのだろうか。
ルナの目論見が分からない。
「気合いが足りないぞ!」
鬼コーチと化したルナが、チョコに厳しく当たっている。
「公園、百周!」
「わん!」
チョコはダッシュで舞台を降り、外周の軌道を駆け出した。
ルナが肩を回しながら戻ってくる。
「やれやれ、原石を磨くのは大変だよ」
「お疲れ様。どんな脚本を書くつもりなの?」
「ピコに取られちゃったんだよ」
葵星はピコを託された。
「ピコが書き上がったら、文字お起こしてね」
「本当に、ピコが書いてるの?」
「うん。やる気がみなぎってるでしょ」
持たされた球体は、負荷のかけられたパソコンのようにシュルシュルと熱を帯びていた。
「早めに書き上げるように、お願いしてくれるかな?」
「ピコは……、善処するって!」
ルナがにこやかに答えた。
皺寄せはどうせやってくるものだ。
☆彡
「劇団発足にぃー、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
グラスの音がかちあった。
うち、成人は葵星一人。
チョコはミルク、ルナはコーラ、未心はオレンジジュースと、若者に溢れている。
劇団とは未来あるものだ。
落ちぶれた人間が傷を舐め合う場所でない方がいい。
「今日は景気よく行こう! 私たちには魔法の時計があるからね」
電子決済の搭載された腕時計を見せるルナは、変身アイテムを見せたがる子供のようだ。
「今度の舞台の成功は、チョコちゃんにかかっています」
「ボク、本当に自信がないんだけど……」
「大丈夫! 舞台面から逃げなければ、上手くいくから」
稽古の時もルナはしきりにそれを伝えていた。
チョコとは一度も目が合わない。
役者からすると、観客の目はやはり意識してしまうもので、舞台全面に来るのは勇気がいるらしい。
俯いてばかりのチョコの頭を、未心は犬のように撫でる。
「よーしよしよしっ。一世一大の告白、頑張れよぉ」
「こ、こくはく……!?」
「伝えいたいことって、要はそういうことなんでしょ?」
「……ボクは、何がしたいんだろう」
フォークを持つチョコの手が精気を失ったように止まる。
「おっと、人間みたいに難しく考える必要はないよ。好きな人に好きって言う。それだけでいいんだよ、私達は」
「だって、どうせボクはもう、終わってるのに」
「だけどまた始まってる」
「あの、監督……」
チョコはルナのことをそう呼んでいる。
「やっぱりダンスステージにして、一緒に踊らない?」
「踊らないよ」
ルナはきっぱり切り捨てる。
「この国の星空は君が使い果たしたんだから、お姫様にお魔法をかけられるのも君だけなんだよ」
「だけどさ……」
「チョコちゃんの言葉は、まっすぐなんだよ!」
「うんうん」
と葵星はしみじみ、ビールを片手に頷いた。
「葵星さん、おじさん臭いよ」
「頷いただけで!?」
「しみじみしてて、ちょっと嫌」
葵星はチョコと同じ位に俯いた。
「ほら、愛しのお姫様だよ」
ルナは、そこらで購入したイチゴ姫のブロマイドを見せびらかした。
「チョコちゃんはこんなに綺麗な女性に可愛がられていたのね」
大人びた姫様の写真に対して、未心も素直にその容姿を褒めた。
けれどチョコは、賛同しかねた。
未心がチョコの顔を覗きこむ。
「あら、これが噂の御姫様じゃないの?」
「そうなんだけど……、三年の間にこんな変化があるのかなって」
上手く言葉に出来ず、チョコの胸の中にはもやもやが広がっていく。
「美人な女性に変貌して見惚れちゃったんだろ」
葵星がからかってくる。だけどそうじゃない。
「姫様の笑顔が曇ってる」
「写真だからじゃないの?」
未心の感想は冷静だった。
「ううん。姫様は写真の中でもキラキラして見えた筈で、いつでも心を暖かくしてくれた。だけどボクはこの写真を見ても、胸が一杯になるばかりだ」
葵星と未心がしみじみと頷いた。
「大人になったんだよ」」
いやに二人が感慨深い声を出した。
本当に、そういうことなんだろうか。
「ちょっと」
気の強そうな声で話しかけられた。
隣のテーブルでは五人の女性が昼間から飲んでいた。
リーダーらしきドレッドヘアーの女性がグラスをつく。
「あんた、ルナだよね?」
「そうだよ! ルナだよ! あなたたちは?」
「はっ! 敗者には興味ないってか」
やけに交戦的に絡まれる。
他の女性たちも攻撃的な視線で援護射撃を欠かさない。
息の合った気の強さに、葵星は思い出した。
「あ、昨日のステージに参加されていた……」
「そうだよ。ゴニンクル。優勝候補だった」
「ご、ごにんくる」
優勝候補だった時はセンスあるチーム名だったに違いない、と葵星はビールを飲む。
冷や汗で酔いも醒めていく。
「飛び込み参加でステージを荒らしておいて、あんたは出ないってどういうことよ」
「今回が彼のデビュー公演になるからね」
「そこのチビが姫様の結婚を祝うってわけ!? 国を代表して!?」
「結婚を、祝う……」
チョコは、その言葉に引っ掛かりを覚える。
素直な彼は、首を振った。
「祝わ、ない!」
「何それ。私たちを馬鹿にしてるの?」
——ぐるるっ
「あのへんちくりんな踊りも、私たちを馬鹿にしてたんだ」
「やっかみはそれくらいにしておきなよぉ。酔いに任せた振りして泣き言言うのは見苦しいよぉ」
火に油をそそいだ未心は胸ぐらを掴まれる。
ルナへの矛先を自分に向けたのだ。
「あんたねっ」
まさに一触即発といったところだった。
チョコが立ち上がる。
「やめて」
「なんだよ。私なんかにビビってるやつが舞台に立てるのか?」
「ボ、ボ、ボ、ボク、は……」
「おいおい、主役がだんまりか」
チョコは、大きく息を吸った。
「わぁーーおぉぉぉぉーーーん!!!」
チョコが吠えた。
大物役者にだってできないほど、大きな声。
お店中の視線が少年に集まった。
静寂。
そして、独白。
「未心ちゃんに、触らないで」
「わ、分かったって」
相手の二人が距離をとって席につく。
「……怖かった」
チョコが一つ息をつく。
すると少年は元の姿に戻ってしまった。
椅子の上で鼓動する小さな体。
「やべっ」
人目につく前に、一同は解散した。
「<文脈を無視する才能>」
☆彡
ご覧いただきありがとうございました。
評価、感想をいただけると幸いです!




