18話 踊る犬の生活
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
<前回のあらすじ>
仮釈放されたルナと葵星は、共犯の容疑をかけられた未心と遭遇する。
王都が、星空を独占していたことを知らされる。
「あー、疲れた!」
部屋について間もなく、葵星は真正面からベッドに倒れ込んだ。
その上にルナが倒れこんでくる。
「……ぐぅ、重いぃ」
「失礼な! 軽いに決まってるじゃん!」
「疲れてるんだよぉ」
「いちいち疲れるなぁ!」
「疲れるのは許してくれよ。飲んだ次の日は一日ダラダラしていたいんだ」
「おっさんだなぁ!」
葵星の背中の上でルナがローリングを決めて起き上がる。
瀟酒な窓の瀟酒なカーテンを開けると、王都を一望できる。
「広いお部屋。窓の景色も素晴らしいよ」
「素晴らしいベッドだよ。人生の疲れが取れていく」
そう言って、葵星は低反発の高級ベッドに沈んでいく。
一日の三分の一は睡眠に使われるのだから、やはりベッドにはお金をかけるべきだ。
「一休みしたらまた出かけるんだよね?」
「もちろん。あと五分したらね」
「五分で終わるようなまどろみじゃないよね?」
「五分したら勢いよく飛び起きてみせるからさ」
「……起きなかったら?」
「殺していいよ」
「……」
この日、ルナは初めて哲学をした。
上手く想像ができなくて、ゾッとしたという。
☆彡
久方ぶりのふかふかのベッド。
この世界に来てから、椅子で寝たり、牢屋で一夜を明かしたりと、ちゃんとした睡眠を取っていなかった。
全身の疲れによって深い眠りに誘われる。
それはもう、子供さながらの熟睡だった。
使い切ってから充電される電池もこんな気持ちなのだろう。
もう、何も考えなくていい。夢も見ないほど上質の眠りだ。
「あぁ、引きこもりたい」
無心だけど、そんな気持ちでいっぱいだ。
陽光が差し込み、春風が部屋に浸透して、素晴らしい目覚めを迎えた。
——へっへっへっへっ
生暖かな風が顔に吹きかけられる。
ご機嫌な鼓動が体の上で弾んでいる。
「臭いぃ」
へっへっへっへと弾むそいつは、鼻を舐めてきた。
目を開けると、ご機嫌そうに笑っていた。
「……こいつめぇ」
小さな体の両腹をくすぐってやる。
そいつは楽しそうにベッドの上で跳ねていた。
活きのいい魚みたいだ。
「チョコ、どうやって来たんだ?」
巻き毛の可愛いトイプードルが、もっとくすぐってほしそうにこちらを見ている。
要望に答えながら、葵星は部屋を見渡した。
すっかり昼だった。
爆睡の末、異世界転生をした体が軽い。
ルナには置いていかれてしまったようだ。
タイムリミットが迫っているのだから、ねぼすけに構っている場合じゃないと懸命な判断を下したのだろう。
サイドテーブルに書き置きがあった。
「チョコをよろしくね」
よろしくされているのはお菓子のおつかいではなく、犬のお世話のことだ。
ルナが<魔法>で連れてきたのだろう。
「よろしく、チョコ」
くすんと、チョコがくしゃみをした。
☆彡
その実、犬を飼うのに憧れがあった。
マイホーム、マイファミリー、マイドッグ!
ファミリー映画で憧れる三大要素にして頂点。犬。
犬に起こされる朝にはずっと憧れがあり、それが今朝達成されたのだ。
売店では缶詰ではなく大容量の紙袋のドッグフードを買ってきてしまった。
ついでに自分のおやつには海外旅行気分でパンケーキを選んだ。
エレベーターで一人、慎ましい鼻歌が堂々とした歌声に変わる。
扉が開くと、老夫婦がにこやかに出迎えてくれた。
そこは日本人らしく、ぺこぺこと会釈をして通り過ぎた。
「お待たせ! ご飯にしよう!」
ご飯の声に反応したのか、チョコは葵星の元にかけよって後ろ足で立ち、膝を引っ掻いてくる。
「よしよしよし、今用意するから落ち着いて」
落ち着いていられないのがチョコだった。
ずっと後をついてきて、紙皿にドッグフードを注いでいると、ジャンプまでしてくる始末。
床に置いてやると、「待て!」とか、「お座り!」とかやってみようと思う隙もなく、チョコはご飯にありついた。
勢いの良い食べっぷりだ。
葵星も、バターとシロップがたっぷりとかかったパンケーキを食べる。
健康に悪そうな朝食をとりながら、セレスティアの街並みを見下ろす。
背の高いビルが並び、細い道が交錯する。
忙しそうに賑わっている街だが、緑の綺麗な公園もある。
「散歩、行く?」
わん! と、即答だった。
☆彡
公園で犬と散歩を満喫。チョコを膝に抱えてベンチに座り、頭をずっと撫でてやる。
買ったばかりのハーネス姿も可愛いらしい。
葵星は憧れの生活の只中にいた。
広大な公園はビル街の中にあるが、一つ一つの感覚が広く、窮屈な感じがしない。
「……栄えてるよなぁ」
隣の街では電気が制限されていたが、王都では惜しげもなく昼間から電飾が点灯している。
音楽と屋台で賑わい、見かける価格は強気な設定なのに、誰も彼も気軽に立ち寄っている。
「田舎と首都の違いってやつ?」
「未心ちゃん」
いつの間にか未心がいた。
フードを被り、ポケットに手を入れて隣に座って、風船ガムを膨らませる。
シティポップだ。
「おそようさん。ちゃんとチョコちゃんの面倒見てるんだ?」
「ルナに押しつけられたんだよ」
へっへっへ。
チョコは尻尾をパタパタとして未心を見つめる。
「ふへぇ、可愛いなぁ」
葵星の膝から未心はチョコを奪ってしまった。
チョコも少しは抵抗するかと思ったが、未心の差し出した腕に自分から飛び込んでいった。
心なしか、葵星に撫でられるよりも嬉しそうに微笑んでいる。
「家族に見捨てられて、犬だけが残されたおじさんになるとは、情けない」
うーんと未心は目頭を抑えて大きく同情して見せる。
彼女といるとどうもおじさん扱いから抜け出せない。
「星空を探すったって、どうしたもんかな」
「それよりも優先することがあるでしょ?」
「え?」
「ルナちゃん、探さなくていいんですか?」
「……あぁ、そのうち帰ってくるかなって」
「そういう気の油断が、親子の不和を招くんですよ。葵星さんだって、経験あるんじゃないですか?」
言われて、記憶の奥底から何かが浮かびあがった。
真剣そのものの感情を、蔑ろにして茶化された感じ。
その時下がった分の親への好感度は、しっかりと下がったままだ。
「……なんとなく」
「この国のど真ん中。ルナちゃんもそこにいますから」
「……よし!」
「待って待って」
立ち上がる葵星を未心は呼び止めた。
「犬がいたら行けない場所だから、預かっといてあげる」
「いや、それは悪いって」
「チョコちゃんも、私といたいよねー」
葵星が手を差し出しても、チョコは動く気配を見せなかった。
渋々、手綱を未心に献上した。
「はーい、行ってらっしゃーい」
未心に操られて、チョコが手を振っていた。
☆彡
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