17話 意識高い系は連休に海外旅行を嗜む
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
・イチゴ姫:アイドルのようなお姫様。盗んだ星空を返すよう、ルナと葵星に命じる。
<前回のあらすじ>
イチゴ姫から、五日のうちに星空を返すよう言われた二人。
冤罪だと主張する二人は解決策を探す。
その間、王都での滞在中の出費は全て国が請け負ってくれることになった。
ここは、王都セレスティア。
星空を独占し、世界平和の名目で、人々の運命を支配していた国。
その星空が盗まれてしまったらしい。
タイミング悪くプラネタリウム上映をしていた葵星とルナが星空泥棒の容疑をかけられてしまった。
無実の罪をはらすため、犯人を探すこととなった。
流石は王都、ハイソサエティ。
海外旅行に来たような気分だ。
ぼっちなので、母国から出たことはないのだが。
☆彡
腕時計は左腕にするもので、決済をするのに利き手じゃない方の腕を翻して端末に向けるのは何気に疲れることだ。
腕を捻ってるって感じがする。
「本当に買えちゃったよ」
トッピングをたっぷり注文したホットドッグを持って、
窓辺でルナはノーハンドで突っ伏していた。
おでこが支点だ。
「お待たせ」
「……何それ」
「ホットドッグだよ」
「……なんか、コーラが合いそうだね」
「俺のいた世界では、ポップコーンと、コーラと、ホットドッグは三種の神器だった」
「……いただいてみるよ。あーん」
机にべったりだった頬を持ち上げて、ルナは口を開けて待つ。
ホットドッグを近づけてやると、自動的に齧り付いた。
ジュワっと油の弾ける音がする。
そしてシャキッと姿勢を正した。
「それ、ちょうだい!」
ルナは手を差し出してくる。
食べるのも面倒くさそうにしていたくせに、早く食べたくて仕方ないらしい。
渡してやると、サクサクと食べ始めた。
「片手で持てるってのが、またいいよね」
「やっぱりルナは分かってるな」
「次の願いは音の出ないホットドッグマシンで決定っ」
口元をケチャップとチーズまみれにしながら、ルナは無心でハムハムした。
王都のジャンクフード店は上品な喧騒加減に包まれていた。
身だしなみの整った人たちが会話を嗜んでいる。
仕事の話や趣味の話。
中身が充実していそうな話が繰り広げられている。
「よーう、奇遇だね」
突然、誰かが話しかけてきた。
トレーを置いてルナの隣に腰掛ける。
三重層の大盛りハンバーガー、ポテトフライ、炭酸のジュース。
ジャンクフード店の三種の神器を揃えている。
パーカーを好む彼女の服装は、この都によく似合っていた。
「……未心ちゃん、朝からよくそんなに食べれるね」
「食べ歩きこそ観光の醍醐味なんだよ」
「答えになってない」
「答えそのものじゃん?」
そんな調子で未心ちゃんは飄々としていた
ルナはじーっと、未心の手元を追っていた。
「それ、美味しそう」
「好きなだけ食べてー」
「これもコーラに合いそうだ!」
ルナはポテトをつまんで体を振るわせていた。
「いいねぇ、コーラ。このお店はコーラで完成するよ」
「それ、何が入ってるの?」
「ん〜、炭酸のないコーラみたいな飲み物だよ。ソウルドリンクってやつ?」
「……まずそう」
「名物が美味しいとは限らないからね」
葵星も食事が落ち着いてきたところで、呑気に食事をする未心に聞いた。
「何しに来たの? 全部、未心ちゃんが仕掛けたことなんじゃ」
「そんな訳ないじゃん! なんかさ、私も一緒に掴まったんだよ」
「……未心ちゃんも掴まったの?」
「そうだよ〜? バイトも共犯だって」
「イチゴ姫にも会った? 星空を返せとか言われた?」
「いやいや、私は昨晩のうちに抜け出したんだよ」
「……脱獄!?」
<脱獄>は普通、何年も時間をかけて実現するものだ。
それを一晩でやり遂げるのは、映画を超えている。
「一体、どうやって……?」
「ふっふっふ、脱兎したんだよ」
得意げに、未心はポテトフライを振った。
「え? どういうこと?」
「私のことよりもさ、この王都のこと、ちゃんと分かったの?」
ポテトをつまみながら、ルナが言う。
「ホットドッグがソウルフード、だよね」
「ぶっぶー。はい安直。視野の狭いアンチョクマンだよ」
未心は大量にケチャップをつけて、一度に三本のポテトを口に運んだ。
指についたケチャップも粗野に舐める。現地人のような振る舞いだ。
「これはね、作るのが簡単なだけなんだよ。ポップコーンみたいに」
「ポップコーンをバカにするな!」
ウェーブの髪が怒髪天した。
「ルナちゃんのポップコーンはリスペクトしてるよ」
「うむ、許そう」
ルナはフン反り返り、未心を真似てポテトを三本食べた。
一口が大きく、頬が膨らんでいる。
葵星はふんと鼻でため息を吐く。
「まさか、王都王都が星空を独占していたなんてな」
「独占……?」
未心のポテトが進む手が緩やかになった。
「聞かなかった? 兵器の名前を」
「……星空収集兵器」
「<星空収集兵器>、でしょ」
ルナがつまらなそうに言った。
「プラネタリウムに、変なことをさせないでほしいな……。<月の裏返し魔法>」
ルナが手を翻す。
<星空投影機>のピコがその手に現れた。
「取り返した」
「……その魔法でさ、リュックも全部取り返しちゃえば?」
言ってみると、葵星は睨み返された。
「それはズルじゃん。イチゴちゃんだって、正々堂々としてるんだし」
「ピコはいいの?」
「ピコはいいんだよ。はい」
ルナはピコを葵星に渡した。
正々堂々とした上で、ピコだけは特別なのだと、ルナが分かってくれているということだ。
「あははー!」と、未心が笑っていた。
「なるほどねー、運命の出どころは<星空収集兵器>だったんだ。そりゃまさしく兵器だわ」
なるほど、なるほどと、いやに嬉しそうに頷いている。
「もしかたしたらピコも、同じことが出来るんじゃない?」
「そんな訳ないだろ」
大人が凄むもんじゃないなと、未心の顔を見て思った。
女性に苛立たれることほど、男性にとって心傷になることはない。
「だけど、昨日の星空はまるで本物だったじゃん」
「本物の星空を、ピコが映してくれたってことだろ」
「<星空投影機>の範疇を超えてたよね。ね、何したの?」
「あれは……、奇跡みたいなものだよ」
<星空の魔法>
あれは、やろうとして出来ることでない気がする。
「もう、変な言い方で逃げないでよっ」
「未心ちゃんのお膳立てがあった上での奇跡であることは間違いないよ」
「……そうですか。奇跡が何度でも起きたら、話は早かったんだけどな」
未心はソウルドリンクのストローに口をつけた。
ルナは未心が買ってきたポテトをほとんど食べ終わろうとしていた。
ケチャップまみれな指先を、突然葵星に向けた。
「あおくん! ここは異世界なんだよ! 奇跡を一度で終わらせるなっ」
……確かにその通りだ。
都合のいいことばかりを日常として捉えるくせに、身近なものが逸脱すると常識の中に押し込めたくなる。
これは、自分の嫌いな人間の思考だったはずだ。
「ごめん。ルナの言う通りだよ」
「よろしい。あおくんは、自分の力の根源をよく考えるべきだよ」
「俺の、力……?」
「そうだよ、こっちに来る時に授かったでしょ?」
「何それ? ウサギ言語を読み解く力って、こと?」
「それは応用じゃんっ。その源は何かって話だよ」
「……はて」
「何? 面白そうな話を始めるじゃん?」
未心が身を乗りだしてくる?
「葵星さん、どんな力を使えるの?」
「いや、知らない……」
「そうやってまた誤魔化すぅ」
「違うよ。本当に心当たりがなくて」
「あっそ」
未心はトレーを持って席を立ち上がる。
「やっぱ葵星さんって、運命に支配されたこの世界が似合ってるよ」
☆彡
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