15話 どこでも物語を
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
<前回のあらすじ>
在宅の街で星空を生み出したルナと葵星。
そこへ王都から警察がやってきて、二人は星空泥棒の容疑で捕まってしまう。
ひどい夢を見た。
海底を歩いていたら輪郭のない生物が沢山泳いでいた。
自分の想像力のどこにも存在しないはずの怪物だった。
——ぶくぶく。
——すぅ……。
——ぶくぶくぶくっ!
「うわぁ!」
水飛沫に反応して葵星が飛び起きると、ストローの砲口がこちらを向いていた。
目が合うと、彼女はストローを口で咥えたまま紙コップに戻した。
コップを床に置いて、お菓子の詰まったバスケットと持ち替える。
——むしゃむしゃ。
ポップコーンを食べ始めた。
呑気なものだ。
——むしゃくしゃ。
いや、むしゃくしゃしていた!
くるくるとウェーブのかかった蒼い髪の隙間から覗かれる蒼い瞳。
薄暗い場所でも彼女の存在感は天才子役のように健在だ。
「台無しなんだよ」
葵星とルナは二人仲良く鉄格子の中にいた。
優しさからか身の自由を奪われておらず、羽毛の布団が二つ敷かれていた。
清潔感があり、クッション性も悪くなかったので、葵星は横になってすぐ眠りについてしまった。
「やりきれないんだよ」
ルナの怒りはごもっともだ。
ステラに星空を取り戻す。
その目標を一つ叶えた所を邪魔され、挙げ句の果てに問答無用で捕まったのだから。
子供にとってはむごい仕打ちだ。
「むしゃくしゃが止まらないんだよ」
乱暴にバスケットに手を突っ込み、溢れ出さんばかりの勢いでポップコーンを掴む。
牢屋にいるルナの姿は、どこからどう見ても無実の罪をかけられた子供だ。
「どうしたらいいんだよ」
「俺にもポップコーンセットをお願い」
「<月の裏返し魔法>」
ルナが手を翻すと、葵星の手元にもコーラとポップコーンを取り出した。
自分の興味をあるものを何でも持って来れる——、というのがルナの使える魔法の概要だった。
彼女の魔法も変化を重ねて、自身が<移動>したり、<浮遊>したりすることもある。
その魔法で牢屋の鍵を持って来れるかもしれないが、葵星の経験上、ルナはそんな魔法を使える気分にならないだろう。
「今日のノルマがまだだったよね」
「その通りなんだよ」
「ピコも持ってこれる?」
「はい、<月の裏返し魔法>」
ピコ。両手の平サイズの球体、プラネタリウムだ。
”彼女”は、星空の消失したこの世界、ステラに、星空を取り戻す要だ。
葵星と一緒に、異世界からやってきた相棒でもある。
「サブスクを映してもらって、と」
「映してくれるかな?」
「ピコだって、むしゃくしゃしてるに決まってる」
ピコは、誰も知らない”うさぎ言語”で動いていた。
そんな”彼女”を動かせるのが葵星だけだった。
ピコとの対話用のパソコンから、コマンドを打ち込む。
「<文脈を無視する才能>」
ステラに来て開花した、葵星の才能だ。
うさぎ言語を全く理解していないが、感覚でそれを使いこなすことができる。
元いた世界でも、初めて触れるプログラミング言語でも経験則だけで対応することが出来たのだが、本人はその才能に気づいていなかった。
——ジリ、ジリ。
あくびじみたピコの電気音。
レンズから照射された白い光は、薄暗い壁を四角く縁取る。
「夜更かししてやるんだから」
「望むところだ」
と、二人が揃えば所構わずそこはホームシアターと化す。
本来の用途は移動型プラネタリウムの実現にあるのだが……。
インドア思考の二人は、<魔法>と<才能>で、日課を充実させている。
「<消音>」
近所迷惑の対策もバッチリだ。
「まさか、犬が主人公をやる時が来るなんてな」
二人してすっかり女児向け作品にハマっていた。
本数が多いので、毎日見る話数を決めて、ノルマと課している。
「可愛いよ。この子が一番好きかもしれない」
ルナの手が空振りした。
無意識に何かを撫でようとしていた。
「しまった。チョコちゃんと一緒に見るって決めてたのに」
「もう一回見たらいいだけだよ」
「……そうだね!」
未心が犬を拾ってきたのだ。
トイプードルで、名前はチョコ。
すっかりルナになついていた。
月の子祭でもルナと一緒になって、太鼓の音に踊っていた。
愉快な犬だった。
「未心ちゃんに会いたいな」
葵星が独りごちる。
隣にいるルナにも聞こえないほどの声量で。
運命に支配されたこの世界の退屈を壊したいと言った彼女。
星空が復活してもどうせステラに奪われてしまうのなら、「私に星空をください」と言っていた。
山の上で引きこもっていたルナと葵星を外に連れ出したのも彼女の推進力によるものだ。
祝日の到来も、祭りの企画も、彼女が企てだものだ。
そして、星空を作り出す状況に追い込まれた。
追い込まれて二人はやっと、<星空の魔法>にたどり着いた。
星空に目をつけられて、捕まったわけだが。
「……早すぎるんだよなぁ」
最後まで、彼女の計画だったのだろうか。
未心が人一倍星空を望むのは、星空を見せたい相手がいるからだ。
その人は、どれだけの星があればステラに戻ってこれるのだろうか。
「うぅ、わんわん」
「ルナ、眠いなら寝た方が」
「眠くないわん」
ルナは首を何度も揺らしていた。
手はバスケットにつっこんだままだ。
沢山踊って、魔法を使って、怒って、疲れたのだろう。
力を振り絞り、ED曲を最後まで見届ける。
「ほ・し・ぷ・り……、くぅ」
葵星の膝に倒れ込み、ルナは寝落ちた。
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第二章が始まります!
ここからが本番です!
今回はあらすじを兼ねたエピソードとなりましたが、次から物語が始まります。




