13話 祝日の始まり
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
<前回のあらすじ>
子供とご老人は外出するようになったが、大人たちは未だに在宅に勤しんでいる。
起爆剤として、新たに祝日が設けられることが決まった。
貪る惰眠を叩き起こすのは太鼓の音。
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
深い眠りに戻ろうと身をよじろうとも、浅瀬に引き上げれた意識はそこから動けない。
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
「うるさいな!」
ルナは飛び起きた。
未だかつてないほど素早い起床だった。
「せっかくの祝日に何の騒ぎ」
入り口に向かってチョコが威嚇していた。
ルナが寄ると、後ろ足立ちになって、かりかりと扉を引っ掻いた。
開けるとチョコは飛び出していった。
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
わんわんわん!
「むぅ、近所迷惑だって言ってやる」
囃し立てるリズムにせかされ、ルナは身支度をすませる。
プラネタリウムから出ると、少年少女が待ち構えていた。
「月の子様だー!」
「捉えろー!」
「わわ! わわわっ!」
「男どもー、持ち上げろー!」
「おぉぉー!」
子供サイズの神輿に担がれ、ルナは持ち上げられた。
マントのような毛皮を羽織わされている。
波のような力強い揺れに、ルナは怯えていた。
ケーブルカーも乗れないのだから、当然だ。
「わっしょい! わっしょい!」
ルナが連れていかれた先は街の広場だった。
山へと続くケーブルカー乗り場は今日も閑散としているが、広場には人が集まっていた。
「月の子様じゃー!」
「お願いだから降ろしてー」
「皆の者、崇めろー!」
「可愛いー!」
「尊いー!」
「救世主様!」
「ちょっと、いや、それほどでも……、あわわ!」
あわあわしながらルナはニコニコした。
激しい揺れすらも楽しんで、下々に手を振っている。
「何これ……」
先に広場に来ていた葵星は、秀逸な光景を見せられる。
隣で未心は、腹を抱えて笑っていた。
「あっはっは。愉快なことになってるねぇ」
「これ、未心ちゃんが首謀者?」
「はいみんなー、月の子様を下ろしてあげてー」
未心の指示に従って子供たちは動いた。
「あ、あおくん……、怖かった……」
「はい、月の子様を特等席に案内してあげてねー」
子供たちに取り囲まれたルナは、またどこかへと連れていかれた。
「未心ちゃん……?」
「ささ、葵星さんはあちらへどうぞ。宴会の準備はできてるよ!」
広場を賑わせているのは子供とご老人だけ。
祝日を作ったところで働き盛りの大人たちは出てこなかった。
リモートワーカーのカレンダーは仕事主が握っている。
外を隔てて働けることが、在宅勤務の強みなのだ。
「何か、祝日を履き違えてない?」
「いいじゃん! 大人が出てきたくなるくらい、楽しくやろうよ!」
葵星の案内されたテラス席には、肉料理や魚料理が並んでいた。
料理に手をつけず、待ち構えている常連客たち。
「おいおい……、昼間だぞ」
「遠慮せずお飲みくだされ。我々も今日はその気分ですので」
「……とりあえず一杯だけ」
乾杯の麦酒!
ニコラの作ってくれたビールの味には劣るけれど、実質ビールだった。
「本当はお祭りが好きな街だったんですね」
「お祭りというものは、未心が教えてくれたものなんじゃよ」
視線の先、未心は晩酌をして回っていた。
「王都ではこういう文化があるって、聞いたことがあったんだ」
「未心ちゃんは、王都に行ったことがあるの?」
「半分だけね」
「半分……?」
「おい、未心や」
町長が空になったグラスを掲げると、未心は瓶を持ってくる。
「いい飲みっぷりですね」
「未心は本当に、運命に従わずに生きるつもりなのか?」
「当然じゃないですか。今の方が絶対に楽しい」
「そのぉ……、なぁ。運命の相手を蔑ろにして良いものかと、気になっての」
「いなくていいよ。邪魔になりそう」
「邪魔って、何のじゃ?」
「私が、思いもつかないことを思いついた時に、誰にも止められたくないじゃん?」
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
広間の舞台で、子供達が演奏を始めてた。
太鼓や笛といった楽器で、楽しいリズムを刻んでいる。
客席は仮設されたパイプ椅子。
ルナはその特等席で楽しんでいた。
リズムに乗って頭が揺れている。
足元では尻尾も揺れている。
「平和な街だね」
「平和を捨てようともがいてるんだよ」
葵星が口にしたことを、未心が否定した。
「……チョコちゃん、行っちゃだめだよ。行っちゃダメだからね」
ルナは密かにチョコの背中を押した。
うずうずしていたチョコは、小さな体で高い跳躍力を発揮し、舞台に飛び乗った。
太鼓のリズムに合わせて、小刻みなステップをを刻む。
「チョコちゃん! 邪魔しちゃダメだって!」
犬を止めるという提で舞台に上がったルナは、ふふふ、と笑い、そして踊り出す。
才能溢れるルナが繰り出すのは、タップダンスだった。
天才かよ、と葵星は感想をこぼした。
☆彡
日が傾く頃、楽しかった時間が嘘のように、寂しい空気が立ち込める。
今日のことすら、昨日のことのように感じてしまう。
「結局、僕たちで楽しんだだけだったね」
「何言ってるの? 夜はこれから、でしょ」
「だって、ステラの夜は真っ暗で……」
夜の明かりは、王都によって禁止されていた。
暗闇は、国民の支配に利用されている。
誰もが抱える不安を煽り、国が提示した運命の中に落としやすくするため。
「プラネタリウムの出番でしょ」
未心が言った。
事前に企んでいた口ぶりで。
「プラネタリウムは、天井に星空を映すものだから」
「真っ暗な夜空も天井みたいなものじゃない?」
「遠すぎて無理だよ」
「だったら、本物を見せてよ。閉じこもって夢を見てるだけじゃ、何もしていないのと同じでしょ?」
「だからって急に」
「演奏お願い」
未心の合図で、子供達が演奏を始めた。
夜が近づいている。
不安で音が震えている。
それでも子供たちは奏で続ける。
ご老人も、必死に手を叩いた。
——届け届け届けと、音に願いを込めた。
不完全な願い事に囲まれていた。
他者にかけられる期待を不安を孕んでいる。
葵星は手汗が止まらなかった。
「あおくんならできる」
ルナは、<魔法>でピコをその手に取り出した。
「あおくんには<才能>があるから」
コンソールがなければピコとの対話はできない。
装置がなければピコへの電源供給もできない。
だけど、葵星にとっては関係のないことだ。
——ルナがいれば。
「力を合わせようよ」
「私と?」
ルナの持つピコに、葵星は手を添える。
それだけで、<星空投影機>は起動した。
ジリジリと電気を蓄えて、レンズから淡く光を放つ。
“彼女”の目覚める声に、一同は静かになって見守った。
声を合わせて、二人は唱えた。
「<星空の魔法>」
☆彡
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