12話 星空をください
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
<前回のあらすじ>
軌道に乗ったプラネタリウム営業。
閉館後、アニメ鑑賞という憩いの時間を過ごす葵星とルナの元に、未心が帰還した。
「次行こう!」
「待って。おじさんは余韻に浸りたいんだ」
「私は、どんどん次に行きたいんだよっ」
「あのー」
興味ごとに対する彼らの集中力はすさまじい。
魔法まで使われると為す術がなくなるので、映像の途切れ目で未心が割って入った。
「未心ちゃんだ! おかえりっ」
「たった今帰ってきた人に対する出迎え方は本望じゃないかな」
「え? どういうこと?」
ルナは首を傾ける。
可愛さが余ってしまう。
「なんでもない。で、今日の集客はどうだったの?」
「いつも通りだよっ」
「いつも通りっていうのは?」
「いつも来てくれる人がいつも通り来てくれたのっ」
ルナは小さな手を広げて喜びを表現する。
可愛いさが余るので、余った部分を保護者にぶつける。
「……葵星さん?」
「……宣伝って難しいよね」
「へぇ」
未心はスマホを掲げる。
評判の良いルナのアカウントによる呟きは、一週間前で止まっていた。
「怠ってるじゃないですか」
「そういうのは俺のできる仕事じゃない」
「だったら現実逃避しないで、私にでも相談してくださいよっ」
「……いいの?」
「いいも何も、もう作戦は立てましたけどね」
未心はまだ学生なのでアルバイトという提でプラネタリウム活動を手伝ってもらっている。
なので時には学業を優先して、こっちには来てもらわない日もある訳だが……。
「未心ちゃんは今日、何をしてたの?」
「いやー、ずっと部屋に引きこもってるのって退屈でさ、散歩してた」
作戦のことを聞きたかったわけだが、未心の回答はまた新たなものだった。
「へっへっへっ」
継続的で断続的な吐息。
にやけた視線が低い位置で、今か今かと、待ち構えている。
「途中で拾った」
「可愛いー!」
その動物の先手を打って飛び出し、ルナはその子を抱きしめた。
「ひゃー、ぬいぐるみみたいっ。よしよしよしよしっ」
ルナはその子の全身を撫で回す。
その動物も、釣り上げられた魚のように体をうならせた。
「未心ちゃん、この子の名前は!?」
「チョコちゃんだって」
「チョコちゃんっ」
お菓子の名前がついていたのは、子犬だった。
全身の毛並みが天然パーマのように波打った、トイプードルだ。
「ドラゴンとかいないの?」
「”ドラゴン”って何ですか」
「いや……、なんでもない」
あれは葵星の元いた世界の架空の生き物なので、ステラでは存在そのものがないのが自然だ。
「そうだ! さっき町長に会ったんですけど、明後日は祝日になりました」
「え!?」
真っ先にルナが声を上げる。
「町長ってそんなことできるの!?」
「意気込んでたよー、わしも町長の魔法を使うんじゃーって」
「……どうしよう、孫になってもいいかも」
ルナは、真剣な眼差しをチョコに向けた。
チョコは、終始にこやかだ。
「”月の子”様記念日だって」
「……やっぱり、あのおじちゃんの孫はやめとく」
「元気は取り戻してもセンスは元からないからねー」
「私、自分の誕生日も知らないのに」
「口実にされちゃったね」
「むぅ」
喜びも悲しみも、ルナはチョコにぶつけて撫で回した。
「でも、どうして突然祝日を?」
葵星が聞くと気のせいか、未心は年上の女性のように余裕を持った表情を見せる。
「起爆剤がほしかったんだよ。お気に入りのプラネタリウムに、どうしたら人を増やせるのかって」
ルナのプラネタリウムに、子供と老人は来てくれる。
若者や大人は興味を持ってくれない。
もしかたしたら興味はあるのかもしれないが、彼らは不確かな運命に翻弄されるお年頃の真っ只中だ。
「だから”月の子”記念日って名前にしてくれたのか」
「それだけじゃないと思うけどね」
「もしかして、何かさせられる……?」
「つまり、今日は多少無理しても、明日頑張ればオッケーってことだよね」
祝日前夜の使い方を間違えたルナが、チョコを抱き抱えて席につく。
「あおくん、次に進めてよ」
「そうだな」
もう一人、間違える男がいる。
「ピコは、最新作も映してくれるかな」
「最新作か……」
それは、葵星が追うのをやめたシリーズだ。
「今時は何でもサブスクしてるから、大丈夫だと思うけど……」
祝日前夜の過ごし方を間違えるのは、”彼女”も同じだった。
「最新作の主人公はなんと! 犬なんだよ! 犬が人の姿に変身して飼い主と一緒に戦うんだよっ」
「へっへっへっ」
犬も一緒に、映像を見上げていた。
☆彡
舞台の上、お姫様を守るようにして子犬が眠りについていた。
姫と犬が身を寄せ合って眠っている。
「ねぇ、葵星さん」
時間を忘れるこの部屋でも、彼女の声音から、今が夜だと分かる。
物語はいつの間にか切り替わっていた。
放課後の教室で二人の女の子が喧嘩混じりに、世界を救う方法を話し合っている。
小さな音で進む物語を見届けていたのは未心だけだった。
ポップコーンを食べる音が、慎ましく響く。
「星空って、本当に戻るの? 願う気持ちを力にしてピコが星空を映すのは分かった。でも、その先は?」
映像の中で、活発な女の子が涙目になって何かを必死に訴えている。
物事を現実的に考える冷静な女の子は、友達の意見を冷ややかに否定する。
「ルナ次第だよ」
「葵星さんは、何がしたいんですか?」
「……俺?」
「のんびりスローライフ? 俺強冒険? ハーレム展開?」
葵星はルナに呼び出されて、振り回されるがままにプラネタリウムを操作した。
プラネタリウム経営にやりがいを覚えて、こんな生活を気に入っていた。
「うかうかしてると、運命に捕まっちゃいますよ?」
「よそ者だし、大丈夫だろ」
「ステラに、何を望みますか?」
未心の視線は映像に向いている。
こっちを見ないのは、葵星のことを眼中に思っていないからのように思える。
「俺は、ピコが映す星空を見たいってずっと思ってた。今は、ピコとの対話が嬉しいんだ」
「あの球体ですよね」
「まさかステラのうさぎ言語で動いてたなんてさ。そりゃ前の世界の技術じゃ動かせないわけだよ」
「何で、そんな機械が、葵星さんの世界にあったんでしょうね」
「え……」
言われてみるとそうだ。
祖父は、ピコを自在に操っていた。
子供の時に見た景色は、踊るような星空だった。
「ステラの星空は、人の願いを叶える力がある。それは知ってますよね?」
「願いを叶えると星が一つ消える。そして星空が失われたんだろ」
「ええ。だから気をつけてくださいね。ステラはまた、ルナちゃんが創る星空を呑み込もうとしてきますから」
「そっか。世界って、そういうものだよね」
資源は分け合うものではなく、奪い合うもの。
善意は悪意の温床だ。
「私、どうしたら世界を壊せるのかなって、考えたんですよ」
眼前に映る映像の少女は、とっくみあいの喧嘩を始めた。
髪の毛を引っ張って、ほっぺをつねって、周りの机をけちらしていく。
「世界を壊すには、外の世界の力が必要なんですよ。だから、ね? 葵星さんに望みがないのなら……」
映像は、息を切らした二人が握手をして幕を閉じた。
こちらを向く未心の視線から、葵星は逃げてしまう。
「星空を、私にください」
☆彡
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