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11話 月の子様

<登場人物>

・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳

葵星あおせ:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α

未心みこ:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳

・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機プラネタリウム


<前回のあらすじ>

 プラネタリウムの初回上映。

 訪れた人は願い事を胸に抱き、ピコは星空を映し出した。

 遥か昔に星空が失われた世界、ステラ。

 ステラの星空には願いを叶える力があったのだという。

 迷信ではなく、事象として。

 願いが星空を食い尽くし、ステラの星空は消失した。

 ルナは、星空のないステラに、星空を創造する。


「本日はご来場、ありがとうございます」


 ちんまりとした少女が舞台の上で深くお辞儀をして、元気よく面を上げた。

 彼女の容姿に、皆が一斉に息を呑むのが伝わった。

 この異世界でも、彼女の存在感は特別なのだろう。

 瑠璃色の瞳が、百人近くの人々を見渡す。


「私はルナ。十歳。星空が大好き。マイブームはコーラとポップコーンですっ」


 衆人環視の舞台で、小さなルナは曇りきった視線を浴びる。

 星のない夜空の下で生まれ育った村民にとっては仕方のないことだ。

 夢や希望のない世界。とは言っても絶望に支配されている訳ではない。

 無味感想とした世界だけど、老若男女問わず、微かな興味を隠し持った人たちがこうして足を運んでくれるようになった。


「プラネタリウムセットの準備はできていますか?」


 右手にストローの刺さった紙コップのコーラ。

 左手に抱えるのはポップコーンいっぱいのバスケット。

 どちらもこの世界にはなかった代物だ。


「周りは気にしなくて大丈夫ですよ。私の魔法で音が出ないようになってますから」


 それがプラネタリウムセット。

 映画好きの葵星が考案したものだ。

 飲み食べする雑音が気になるから、排除できたら理想的だと。


「今日もいい天気でしたね。お日様が燦々と輝いていました。おっと、まだ空を見上げたらいけませんよ。日光で目が焼けて、目玉焼きが出来ちゃいますから」

『……』

「……」


 笑いはない。反応の一つもない。だけどルナは目げない。

 お客さんには子供も沢山いるが、皆照れ屋なのだと割り切っているのだ。

 それに……。


『……くすっ』


 笑いを堪えている子供もいることも、ルナは分かっていた。


「だけど時間の流れは残酷なもの。こうして座っている間に、日はすっかり暮れてしまいました」


 葵星は一番後ろのコンソールで、壇上のルナを見守り、照明のつまみをゆっくりと回した。

 ルナが話している間に照明を徐々に絞り、徐に夜の帳を下ろす。

 ステラの夜と同じような真っ暗闇を。


「寂しい時や不安な時に、こんな夜空を見上げてしまったら、あっという間に絶望に飲み込まれてしまうものです」


 静けさが訪れた。

 物静かなお客さんから、一切の音が失われる。

 それは、暗闇の下で育った彼らの習性によるものだ。

 何もないことを知る恐怖を感じないために、夜に対して心を閉ざす。


「心が下を向いてる時ほど、人は空を見上げたくなるものです。ここではどうか安心して、上を向いてください。本当に暗い夜なんて、ここにはありませんから」


 まだ誰も俯いている。

 先陣を切ってルナが首を仰ぐ。

 すると子供達が後に続いて上を見る。


「……わぁっ」


 純粋な簡単の声。

 子供達の声は希望のように、大人や老人達へと伝播する。

 子供のように声を上げないけれど、息を呑むのがなんとなく伝わる。


「本当の闇なんてありません。夜空の向こうには、願い事の数だけ輝く星空が広がているんです」


 闇を覆い尽くして無数に広がる星の輝き。

 と言いたいところだけど、実際には星の光がまばらにあるだけだ。

 まだ”一等星”しか映せていないのだと教えられた。

 近くにある星ほど大きく輝いて見えるもので、一等星とは特に近くにある星のことを示すらしい。

 本当の星空は、大小さまざま星がそれこそ空を覆いつくしてしまうのだ。


「星は、夢と希望の源なんです。今はまだ、外の夜空は真っ暗かもしれません。だけどどうか、この星空を少しだけでも覚えていてください。瞼の裏に少しでも思い出すことができれば、闇に怯える必要なんて、なくなりますから」


☆彡


 プラネタリウムに来てくれる人は皆、星空が好きで、星空へと案内をしてくれるルナのことも大好きだ。

 ルナが退館を見送っていると、お菓子やらぬいぐるみやらで手が一杯になる。

 今も、腰の曲がったおばあちゃんがルナの前から離れない。


「今日も素敵な星空をありがとうね。おかげさまでまた願いが一つ叶いそうだよ」

「おばあちゃんの願いごとが叶いますように」

「”月の子”様からのお言葉、ありがたいねぇ」


 ルナは一部の人たちからは”月の子”様と呼ばれている。

 星空を知った人たちは、不思議と、月の存在を思い出したのだ。

 そして、ルナという名前が月を意味することから、”月の子”様という名前に辿り着いたのだ。


「今日はどんな願い事を?」

「そんなこと、恐れ多くて言えませんよ」

「むぅ。教えてくれったっていいのに」

「口にするのも馬鹿らしい、些細なことですよ」

「……ちゃんと、叶ってるんだよね?」

「勿論ですとも。月の子様のおかげ幸せな毎日を送れています」

「それなら、私も嬉しいんだけど……」

「ほれ。今日もあげるよ」

「いつもありがとうっ」


 満足気なご老人を見送る私はいつも不満足だ。

 仲良くなりたいと思っても距離を取られてしまうのが寂しかった。


「おばあちゃん、また腕を上げたね」


 ルナの抱えたクマのぬいぐるみは手作りだ。

 無趣味だったおばあちゃんが、ある日、クマの形をした縫い物を持ってきた。

 糸と綿でほつれが目立ったもの。作って、ルナに上げたくなったのだという。

 ルナは大げさに喜んで見せた。

 おばあちゃんはそれを大きく喜んだ。

 喜びの種は芽吹き、ぐんぐん成長した。

 ぬいぐるみはだんだんと綺麗になり、精度が上がり、完成度が高くなり、どんどん可愛くなった。


「おいルナ!」


 また一人、ルナのファンだ。


「今日のギャグはつまらなかったな」

「なにをう。私のことが好きなくせに!」

「べ、別に、好きじゃないし! あれは、くしゃみみたいなもんだし!」

「寝る前に思い出してベッドの中で悶絶するくせに」

「絶対思い出さないし! 全く意識してないし!」


 と、少年が肩を揺らして反抗する。

 彼もまた、愛想のない男の子だった。

 冗談で笑うはずもなかった。

 そんな彼が自分からルナに話しかけに来るのは大きな変化だ。

 ルナに惹かれた人は順に、目に光を宿していく。

 そんな魔法みたいな場所が、ルナのプラネタリウムだ。


「また来てね」

「ま、来てあげるし。次は面白い掴みを期待してるし」

「あれはあくまでもおまけだっつの」


 ルナが舌を出してあっかんべをして見せると、少年は屈託のない笑みを浮かべて去っていった。

 年の近い友達のような微笑ましいやりとりだった。


「いつ孫に来てくれるんじゃ?」


 さらにまた、ルナのファン。

 在宅の街(リモート・タウン)の住民、皆がそうなのだ。


「私、仕事一筋なの」

「そんなことを言わずにのう。わしの孫は将来医者になる運命なんじゃ。有望じゃぞ?」

「うーん、ときめかないなぁ……」

「さすが”月の子”様。ときめきときおったか。それなら」

「すみません、それくらいにしてくれますか」


 葵星がヘルプに入る。

 ファンの熱量は強火から弱火と多様なものだ。

 願う楽しさを思い出した町長は、バックドラフトの火の如くしつこい。


「なんじゃ。わしの時にはいつも出てきおって」

「片付けがあるので仕方なく」

「何が仕方なくじゃ。幸薄そうな顔をしおって。葵星といったか、ちゃんと運命の相手はおるのか?」

「……いたらいいなって思います。今からでも王都で占ってもらえたりしますかね?」

「手遅れじゃろうて。まったく、未心といい、葵星といい。後悔を残しそうな道を選びおって」

「未心ちゃんは、運命なんて嫌いそうですね」

「全くじゃ。おかげで、街の空気がソワソワとしているのだがの」


 そう言い残して、町長はプラネタリウムを後にした。

 ソワソワとした気持ちを持ち帰った町長は、次の上映にも来てくれることだろう。


☆彡


 星空の語り部を務める舞台の上。

 観客が誰もいなくなると、”月の子”様は、あられもない姿となっていた。


「はぁー、疲れた。今日って何曜日?」

「水曜日」

「……嘘だー。せめて木曜日であってよー」


 神聖な舞台の上で寝転がり、クマのぬいぐるみを持ち上げる。


「それ、気に入ってるんだね」

「愛を感じる」


 艶やかな毛並みは撫で心地抜群で、短い手足がいじらしい。

 瞳には魂がこもっていて、見つめるとルナは抱きしめずにはいられなくなる。


「あおくん、運命の相手が知りたいの?」


 ぎゅーっと抱きしめながら、ルナが聞いた。


「話を合わせただけだよ」

「よかった。あおくんは、そうでなくちゃ」


 ルナはゴロゴロと転がって舞台を降りて、ぬいぐるみを座席の一つに置いた。


「<月の裏返し魔法(ルナリア・フリップ)>」


 ルナの魔法の使用用途ナンバーワンはやはり、コーラとポップコーンのセットを取り出すことだ。

 ルナの手元に、そしてコンソールで手を動かし続ける葵星の手元に。


「お、気がきくね。よし、もう一踏ん張り」

「違うよ。もう時間でしょ」

「あれ、いつの間に」

「あおくん、最近楽しそうだね」

「うん。人を笑顔にできる仕事は素敵だなって」


 ”人と関われる仕事”がしたい。

 就活の時に思いついたフレーズだ。

 仕事である以上人と関わらないことなんてないと面接官に言われたが、恐れた未来に自分はいた。

 週七で家にいて、誰とも会わない生活になるとは思いもしなかった。


「人と会うって、素敵なことだよな」

「そのまま社畜なったらダメだからね」


 ルナがむっと眉間に皺を寄せる。


「こっちの時間も作らないと、ノルマを達成できないよ」

「……ごもっともだ」


 葵星は開発ツールを閉じて、ピコにとある依頼のコマンドを入力する。

 相変わらず本質を理解せずに使っている”うさぎ言語”だが、この依頼はブラインドタッチで実行できる。

 ピコも、実行までのラグが短縮されてきた。

 部屋を暗くし、星空とはまた別の映像を、天井に映し出す。


☆彡


「川口未心、ただいま戻りました!」


 投影室に颯爽と入った未心は、慌てて口を閉じた。

 けれど、ルナと葵星は振り返りもしない。


「<消音(フリップ)>されたな」


 まったく、魔法の無駄遣いだ。

 こうなったら大声を出したって無駄だ。

 大人しく諦めて、待つこと丸々1話。


「ほ・し・ぷ・り……、アー!」


 少女が飛び上がり、


「あー……」


 おじさんは蹲っていた。


☆彡

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