9話 プラネタリウムって何?
<登場人物>
・ルナ:月から来た魔法使い。月年齢で十歳
・葵星:異世界転移した在宅ぼっち。地球年齢で三十歳+α
・未心:初めて出会ったステラの住人。ステラ年齢で十七歳
・ピコ:持ち運びも可能な球体の投影機
<前回のあらすじ>
ステラに星空を取り戻してほしい。その願いを託してくれたニコラは、お店と一緒に姿を消した。
重力を失ったルナは、宙に浮いて探していた。
「——どこにいったんだんろ」
遠くへ、周囲へ、視線が錯乱する。
どこを探したらいいのか見当がつかないからだ。
「ルナちゃん、降りてきてよ! どこを探したって、見つからないから……!」
「そんな筈ない。さっきまであったんだから」
「星空があれば、戻ってこれるから……!」
未心の叫びを聞いて、ルナは渋々降りてきた。
<月の裏返し魔法>で、浮遊することもできたらしい。
これからは魔法で山を登ることもできる。
「星空がなかったら、ニコラは戻ってこれないの?」
「逆の聞き方をしないでっ。私たちの目標に代わりはないんだから」
「ニコラはどこにいるの?」
ルナの目が泳いでいた。
迷子の子供のように、視界の隅でニコラを探し続けてしまう。
「夜の中だよ」
未心はじっと、ルナの目をまっすぐに見る。
ルナが、よそを見なくてすむように。
「ニコラは”星の魔女”。星のない世界には存在出来ないんだって言っていたの。だから、ルナちゃんが目的を達成したら、ニコラは戻ってこれるの」
「だったらさっき、星空を映せばよかった……!」
「たった二つじゃん! 二回息したら終わりだよ! ちっぽけな釣果で自慢すんなっ」
「自慢じゃない! 今出来ることで全力を尽くすしかないじゃん」
「待った! 二人とも落ち着いて!」
ヒートアップする二人を葵星は引き剥がした。
「だってあおくん! 未心ちゃんが嘘つくから!」
「嘘じゃないと思うよ。ニコラは、僕たちを見るために、今日お店を開いてくれたんでしょ?」
悪酔いのしない美味しいお酒。
あれも、”星の魔法”がかかっていたのかもしれない。
飲んだ量の割には、酔いはすっかり醒めていた。
「迷ってたんだって」
未心は下を向き、ポケットに手を入れた。
「ステラの運命に従って希望を捨てるか、本当に最後まで希望を持って生きるか」
「希望って……?」
「夫が亡くなったって言ってたじゃん。本当はまだ分からないんだよ。ずっと帰ってこないだけで、生きてるかもしれない」
「生きてるって信じればいいじゃん!」
ルナは子供の意見を口にする。
その残酷さを、未心は鼻で笑った。
「信じることは、この世界にいること位に辛いんだよ」
「だって、だって、だって……」
ルナは、見た目通りの子供ではない。
かっとなってもそのあとで、大人の意見を理解できる。
「言い争ってる場合じゃないよね」
反省して、ルナは顔を上げる。
瑠璃色の瞳は眼窩にやる気を宿していた。
「ここで、開業してもいいかな」
ニコラのお店があった場所を見つめていた。
葵星も、自然と頷いていた。
「ピッタリだと思う。未心ちゃんも、いいよね?」
「うん! ここで、ニコラおばちゃんの帰りも待てるし!」
「じゃあ決定!」
ルナは弾むようにリュックを肩からずらした。
そして——。
「<月の裏返し魔法>」
星降り山の山頂にあった小屋が、この場所に根を下ろした。
☆彡
投影室に入ると、ルナは先ずピコを台座に納めた。
続いて葵星は「ただいま」と言ってピコを撫でる。
「葵星さん、今誰に話しかけました?」
「や、これは癖というか日課なんだ。本気で話しかけてるとかではなくて……」
葵星の言葉に反応したのか、ピコがジリリと音を立てた。
「いや、本気で話しかけてるんだ。俺はピコとずっと一緒にいたから!」
ピコの異音が収まった。
「何慌ててるんですか。好きにしたらいいですよ。異世界人なんですから、堂々としてればゴリ押し出来ますって」
未心は最前列に座った。
ルナは舞台の縁に腰掛けていて、さて、自分はどこにいるのが正解なのかと思案する。
席に座ればいいのだが、変に後ろの列にしたら話しづらくなる。
なら最前列にしたいのだが、未心の隣が良いだろうか。
いや、離した方がいいとして、一つ、いや、二つが妥当だろうか。
いやいや、離しすぎると変に意識してるみたいでカッコ悪いし……。
「葵星さんは私の隣に座ってください」
「あ、はい」
未心の指示通りに動くおじさんだった。
「さて、プラネタリウム活動会議を始めましょうっ」
パチンと未心が手を叩く。
「おぉ、会議っぽいね」
「ぽいじゃなくて、ちゃんと会議するんだよっ。先ずは元々の行動指針を教えてくれませんか?」
未心は無難な一手で始めたつもりだったが、会議は早速沈黙する。
「あれー、ルナちゃんー? 葵星さんー?」
「私、子供だから難しいことワカンナイ」
「俺は雇われの身だから指示がないとな」
「……、だー!」
未心が叫んだ。
心の底から。
こんな二人に希望を託してしまったのかと。
こんな二人を信頼してしまったのかと。
焦燥感が噴き上がる。
「先ずは、他社の事例を真似しましょうっ。葵星さん、よくあるプラネタリウムがどんなものか教えてください」
「あ、えっとね、上映時間は短いと三十分かな。料金は簡単な外食一回分って感じ」
「相場はあとで相談しましょう。それで、どんなことをするんですか?」
「どんなことって?」
「だって、たった二つの星を、三十分見るだけってこと、ないですよね?」
「あ、あぁ、定番は星座の説明だね」
「星座、とは」
「星と星を繋げて形を作るんだ」
「……線じゃんっ、たった二つだから、まっすぐな線じゃんっ」
「そうだね。もっと星がないと、これは出来ないな。……まいったな、星座が作れなかったら、星座に纏わる神話の話もできないのか」
「え、神話なんて興味ないけどっ」
「私も」
未心とルナの意見がここで一致して、小難しい舞台と同じ扱いを受けていた。
「それもそうだ。この世界の、この街の人たちに迎合されなかったら意味ないしね」
「や、私が言うのもなんだけど、たった二つの星空で、何が出来るのかな」
「……」
今度は正式な沈黙が降りた。
会議が行き詰まっている。
星空を見て、人は何が変わるというのだろうか。
「人に会いたい」
ぽつん、とルナが言った。
「この街の人に会って、話がしてみたい」
「NLSを見るといいよ」
未心は葵星のポケットに手を入れて、勝手にスマホを取り出した。
顔認証も勝手に済ませて、NLSを開く。
ボットもゾンビもいない、良き時代の呟きが並んでいた。
——今日は仕事。
——明日は仕事。
「匿名性の世界でこんなことってあるんだね」
「希望がなければ絶望もない。基本的にはNLSって、情報掲示板として使われてるんですよ。で、自分のアカウントにも呟き機能があるから、生存確認の一環として当たり障りないことを呟いてるってだけ」
「そりゃ、NLSが変なビジネスに目をつけられないわけだ」
「でしょ。本音も何もないんだよ、この世界の人は」
「悲観しすぎだよ!」
ルナは舞台を飛び降りて、葵星のスマホを奪いとった。
画面を睨み、人差し指で何度もスワイプする。
「あおくんの告知はどこ?」
「それは、自分のアカウントの呟きが見れて……」
そのアカウント画像は先ほど撮ったルナの写真な訳だった。
特に気にするでもなく、ルナは自分の画像をタップして宣伝を見つける。
「なんか、メッセージがいっぱいついてるよ」
「へ?」
宣伝の呟きの画面から、ルナはまたスワイプした。
指の勢いに任せて画面が流れている。
「返信が沢山だ」
「嘘!?」
未心もスマホを覗きこむ。
「何これ、穏やかじゃないんだけど」
——いつ開きますか?
——何時ごろに入れますか?
——赤ちゃんも大丈夫ですか?
——星空って、なんですか?
生の声のようなメッセージが数十件とついていた。
未心は息を呑んだ。
「皆、素直かよ」
「これは、準備を急いだ方が良さそうだね」
「私、いい考えがあるよっ」
ルナが手を挙げた。
「アドリブ」
「即興!?」
恐ろしい提案だった。
演劇を嗜む者はアドリブでドンずべりする夢をよく見るという、あれだ。
「来てくれる人がいるなら、その人たちに星空を作ってもらえばいいんだよ」
それしかない、とルナは続けた。
星空は、人が心に抱く願い事の数だけ姿を現す。
ピコが映し出す星空には、皆の協力が必要なのだ。
「たった二つだけの星空を見て、何かを祈りたいと思うのかな?」
「未心ちゃんは、何も願っていないの?」
「そういえば、星は三つにならないんだな。もしかして、人の祈りなんて関係ないんじゃないのか?」
葵星とルナ、そこに未心が加われば、星は三つになるはずだ。
それなのに、ピコはまだ、二つしか星を映せていない。
「そんなことない! 星が映らないのなら、それは……」
未心は何食わぬ顔で、ルナの痛い視線を受け止める。
「私はたまたま、夜空に浮かぶ星を見て興味を持っただけ。希望……? とかいうのって、よく分からないよ」
「だって、ニコラに星空を見せたいって」
「それが、希望ってやつに繋がらないんだよ。だって分からないんだもの」
星空のない世界の住民にとって、存在しないに近い概念なのだ。
あるのは言葉の定義だけ。
「ねぇ、ルナちゃん。星空を見て、何を思えばいいの? プラネタリウムでは何をしたらいいの?」
素朴な疑問を未心がぶつける。
「物語だよ」
葵星が言った。
「希望を感じるのに必要なのは、物語なんだ」
☆彡
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