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結婚式が婚約破棄の会場となった理由〜式目前に婚約中の彼の浮気を知りました〜

作者: パル

お読み下さりありがとうございます。


誤字脱字報告ありがとうございます。



※2024.01.20

日間総合3位

日間総合短編2位

ありがとうございます。




 扉が開かれた直後、会場内がざわめいた。


 皆の視線は本日花嫁となる私の容姿に釘付けで、ほとんどの列席者たちが大きく口と瞳を開いたまま驚愕の表情を私に向ける。


 そしてまた私が隣にたどり着くはずの彼の表情も他の参加者らと同じで驚き困惑しているようだ。


 長く伸ばした葡萄色のサラリとした髪を手で払うと、真紅色のドレスを着て登場した私は一歩更に一歩と彼に近づいて行く。


 私はバージンロードを彼の元へと向かい半分くらいの距離まで進むと、足をピタリと止めて歩くのをやめた。


 そして、式に列席下さった向かって左側の皆様にカーテシーをすると、反対の右側の皆様にも同様にカーテシーをした。その後で彼の待つ元へ3歩足を進めて神官様にも同様にしてから、新郎となるはずの彼に視線を向けた。


 彼は状況が理解できずに戸惑いながら、不思議で納得がいかないという顔で私を見ている。


 私は一度瞼を閉じた。

 そして、息を吐き出してから目を見開き彼を見据える。もう一度彼の顔を見た私は、赤みのある黄色の瞳を潤わせ悲しげな表情を浮かべた。


「ディーン・ヒラティス公爵令息様。私は今を以てディーン様との婚約を破棄とさせていただきます。よって今から行われるはずでした結婚は取り止めとさせていただきます」




◇◇




 扉を開くとき、私の心臓は破裂しそうなくらいドキドキと波打っていた。

 列席者の方々が私を凝視している。ビックリしましたよね。花嫁が純白のドレスじゃないんだもの。


 というか、昨夜『婚約破棄』の話をした父様と母様まで顎が外れるくらい驚きの表情って?·····あっ、ドレス?ドレスの色まで話してなかったかも?

 ユン兄様は笑いを堪えているみたいだが、弟のライルなんかお腹を抱えてクスクスと笑っているし。

 もう少し緊張感を持って欲しいわ。

 私なんか、心臓がドキドキからバクバクに変わって口から飛び出てきそうなのに。



 

 私が結婚式で『婚約破棄』を言い渡したのには理由がある。私だって、結婚式の当日にこんなことになるとは思わなかった。


 本当ならばウエディングドレスを着てバージンロードを歩き、神官様の手前で私を待つ彼の隣に並んで立ちたかった。


 私は、婚約者の彼のことを五年前に出会ったあのときから慕っていたのだ。





 そう、五年前のあの日はユン兄様が学園に入学した日のことだった。入学式を終えて帰ってきた両親とユン兄様。明日から学園で使用する準備物に足りない物があるといい、今から王都に買い物に出るといった。

 そして、入学式の間に邸で留守番していた私と弟のライルもユン兄様の買い物に連れて行って貰えることになったのだ。

 侯爵家の我が家では家族全員で出掛けることなどほとんどなかった。だからその日は、とても嬉しくて胸を弾ませた。


 ユン兄様が学園で使う参考文献を取り扱う店に行くと、たくさんの本棚に色々な本がところせましと並んで陳列されていた。

 私は弟のライルと絵本や児童書などが並ぶ区間で本を物色した。そして棚の本を取ろうとすると子供用の一段式の脚立から足を滑らせて体勢を崩した。すると視界が本から天井へと移動した。そう、落ちたのだ。


「あっ!痛い!」···あれ?痛くない。


 衝撃に備え目をギュッと閉じるが、痛みはこなかった。


 私の下から「···うっ!」と聞こえた声に、目を見開き下を見れば、そこには子供が下敷きになっていたのだ。


 慌ててその子の上から降りると、私はすぐに謝った。


「キャー!ご、ごめんなさい」


 下敷きになった子は、金髪緑眼の王子様かと想うくらいの容姿が整った男の子だった。


 なんて綺麗な男の子なんだろう。


 それが彼と初めて出会ったときのこと。


 私の叫んだ声に気がついた両親が慌てて駆けつけてきた。


 次に両親の後ろから「ディーン?」男の子にそっくりな大人の男の人が顔を出した。


「ヒラティス公爵!そちらの子は公爵の令息様でしたか」


「おぉ。リディアロー侯爵ではありませんか。うちの息子が何かやらかしましたか?」


 私は両親と男の子の父親であろうヒラティス公爵様に、叫んでしまった事情を伝えた。ディーンと呼ばれた子は手首を捻ってしまったらしく、左の手首が赤く腫れあがっていた。



 後日、謝罪とお見舞いを兼ねて父様と私はヒラティス公爵邸を訪ねた。ディーンとは同じ年齢ですぐに仲良くなれた。


 そして彼と出会ってから1年後、学園に入学するひと月前に私たちは婚約を結ぶことになったのだった。




◇◇




「···婚約破棄?···な、何を言っているの?ティア?···結婚を取り止めるってどういうこと?ティア?···ティア、答えて」



「ディーン。申し訳ありません。私が貴方を信じようとしていたばかりに、式当日の婚約破棄となってしまいました」


「フローティア!突然どういうことだ。破棄と口に出したのだ。それ相当の理由があるのだろう?」


 私の言葉に怒りを抑えきれなかったヒラティス公爵当主は、席から立ち上がり私に納得のいく説明を求めた。元王弟殿下であったヒラティス公爵当主の威圧感は半端ない。


 私は一度瞼を閉じて威圧感に負けぬよう気合いを入れてから目を見開きヒラティス公爵当主を見据えた。



「はい。ございますわ」




◇◇





 学園に入学してからも仲のよかった私たちは休日には時々デートをして楽しんだ。彼の邸で本の話をするのが大好きだった。


 学園最高学年になるとお互い試験などで忙しい日が続き、クラスの違う彼と会うことが少なくなっていった。

 休日には1年後の結婚を控え、公爵夫人となるたの教養を身につけるため丸一日時間を費やすことになった。そのため休日デートをする時間もなく、学園の廊下であったときは「頑張って」と優しく微笑んでくれる彼の期待に応えようと愚痴も口にすることをせず、私は笑顔で有り続けた。


 それなのに···


 突然その日はやってきた。

 冬季長期休暇前に本を借りようと昼休憩時に図書室へと向かった日。私は受付を済ませ図書室へ入室した。

 今回はいつもと違った分野の本を借りてみようと図書室の奥の旧本を物色していたときだ。

 脚立に登り本を取り出すときに彼の声が聞こえたような気がしたのだ。


『ハハッ、静かに···ここは図書室だよ』


『ふふっ、静かにね』


 小さな声に耳を澄ますと彼の小さく笑った声がした。

 そして笑い声は二つ。もう一つは私の友人マリアの声だった。


 驚かそうと思い本棚の隙間からそろりと確認するが、驚かされたのは私の方だった。

 視界に入ってきた光景に、一瞬にして赤面した私は同時に絶句した。


 急いでその場から離れ、教室へと戻ってくる。


 確かに後ろ姿の男性は彼に似た金の髪をしていた。でも、顔を見ていない。

 確かに友人の声だったし、髪の色も茶色だった。でも、顔は見ていない。


 私は複雑な気持ちで午後の授業を迎えた。授業に遅れてやってきたのはマリアだ。マリアは食後お腹が痛くなりしばらく保健室で休んでいたと先生に話をしていた。


 保健室にいたのであれば、先ほどはやはり見間違いだったのだと、私は胸を撫で下ろした。


 放課後、マリアは職員室に用事があるといい別れたが、私は本を借りに図書室へともう一度足を運んだ。


 入室の受付を済ませると本を選び貸出しの受付をする。すると、受付の女性が憐れんだかのような表情を私に向けた。

 私は彼女のその表情に心がざわついた。

 そして私は、本日の入退室の受付欄の名前を上から下までに目を注いだ。


「···え···ディーンの次にマリア?」


 私が声を漏らすと、受付の女性は首を傾げて眉を下げた。


「毎回、困ってます」


「ま、毎回ですか?」


「えぇ。そうです」


 ···毎回···困ってる?···何を?



 今日以前の受付表を見せて欲しいと話すと、彼女は受付の後ろにある部屋へと案内してくれた。


『記録室』と書かれたその部屋入ると一人の男性が立っていて、テーブルにもう一人の男性が座って本を読んでいた。


 立っていた男性はすぐに扉から出ていったが、本を読んでいる男性が顔をあげると私は言葉を失った。その男性は、この国の第三王子であるルイス殿下だった。確か、王子は私より一つ下の学年だったはずだ。私は学園内なので軽く頭を下げるだけに留めた。


「フローティア・リディアロー様。こちらが今月分の受付表ですわ」


 そういって受付の女性が空いているテーブルの上に受付表の綴を置いてくれたので、私はそれを確認することにした。先にディーンの名前を見つけると、続けて上下に書かれている名前を見た。今月書かれている彼の名前は6回あった。続けて書かれていたマリアの名前は3回だ。


『···ジョシュア・マルロー?この人も3回だわ』


「ジョシュア・マルロー男爵令嬢は二年生のクラスだ」


 私の漏れ出た言葉に前のテーブルに座っていたルイス殿下が本から目を離さずにそう答えた。その後で席から立ち上がると私の隣まできて受付表の綴を手に取った。


「ディーンか···調べるならディーンが入学してから今日までの長期間を見た方がいい」


 ルイス殿下が覗き込んでくると深いブルーの瞳が私を捉えた。

 金髪はディーンの金髪より薄い色だが艶があり魅力的な端整な顔立ちの彼から目が離せない。彼から微かに香る爽やかな香りが私の鼻腔をくすぐった。


 私は首を振り彼から視線を戻しお礼を告げた。


「長期間ですか。そうですね、確認してみます。ありがとうございます」


 受付の女性に、これ以前の受付表を確認したいと申し出ると、彼女は今日は無理だが明日以降なら用意してくれるという。


「冬季休暇中も図書室を利用できるのでいつでもお越しになって下さい」


「ありがとうございます。では明日の13時にまた来ます」



 そうして始まった私の冬季長期休暇は、受付表を確認するために毎日のように図書室へ通うことになった。


 休暇中にディーンから連絡があり何度か誘われたのだが、どうしても気持ちのモヤモヤには勝てずに彼からの誘いを断った。複雑な心境のまま彼と会いたくなかったのだ。


 図書室で過ごす時間は2時間程度だったが、毎日のように記録室に訪れていたルイス殿下との時間が私の楽しみになっていった。

 日に日に優しい彼に惹かれていくのが分かった。私の頭を撫でる彼の手に癒やしを感じ、彼の声が私を呼ぶことに嬉しさを感じ、彼の微笑みが私の瞼に深く刻まれた。


 どうして彼と出会ってしまったのだろう。


 そして長期休暇の最終日。私はこの恋心に蓋をすることにした。





「ディーンって、凄いのね。5人の名前があるということは、5人と関係を持っているのね」


「フローティアも大変だな。2か月後にはディーンと結婚するのだろう?」


「···したくないわ。···今日は冬季長期休暇の最終日だからヒラティス公爵邸で一緒に居たいと手紙が届いたの···でも、行かなかった。2か月後の結婚式までに気持ちを切り替えられるかしら?愛人は5人までにして下さいって、笑って言えるように成りたいわ。ふふっ」


 私が笑ってそう言えば、彼は私を後ろから抱きしめてきた。


「無理に笑わないでくれ」


「ルイス様···ありがとうございます。この冬季長期休暇の間、辛い日々の代わりにルイス様と楽しい時間を過ごすことが出来たことを一生の思い出にさせていただきますわ」


「フローティア――」


「この部屋に来るのは今日で最後にします。そうですね···残り2か月、足掻いてみますわ」




◇◇




 受付表で調べた、彼が5人の女性と逢瀬を重ねたであろう名前と日時を口頭で話しだすと、ディーンの顔はみるみる蒼白になっていく。


「その名前と、日にちはなんだ?何が言いたいんだ?」


 ディーンの顔も確認せずに、ヒラティス公爵当主は眉間にシワを寄せ私を責め立てた。


「私に聞くよりもディーン様にお尋ねした方のがよろしいのではないでしょうか?せっかくお聞き下さったので、今名前を申し上げた令嬢をお呼びいたしますわ」


 そして私は友人のマリアを呼んだ。


「マリア。私の隣に来て下さいますか」


 彼女は私の友人として結婚式に列席していた。私に名を呼ばれると青い顔のまま俯いていて動こうとしなかった。


「マリアとは?どこのどいつだ?家を潰されたくなかったら、さっさと出てこい」


 しかし、ヒラティス公爵当主が怒鳴り散らすと彼女はふらりと立ち上がりおどおどしながら私の隣まで出てきてくれた。


「そなたがマリアと言う者なんだな?して、この娘がなんだと言うのだ?」


「マリアのお腹の中には、ディーン様のお子がいます。妊娠3ヶ月目くらいになりますわ」


「はっ?···子供だと?」


「はい。マリアは私の友人なので、結婚式に列席して下さいましたが、先ほど名を告げた中にもう一人ディーン様のお子を妊娠している女性がいらっしゃいます。ジョシュア・マルロー男爵令嬢ですわ。その令嬢は妊娠7ヶ月目らしいですわ。お腹が目立つようになり学園をお休みしているとのことです」


「彼女たちの話によると、ディーン様は愛人として生涯面倒をみると言っているそうですわ。私にも了承を得るとお伝えしているそうですが?私には全くこの様な話をしてきたこともありません。まぁ、話をされたところでですが――」


 私の言葉を聞いてヒラティス公爵当主がディーンを振り返った。ディーンは死にそうな表情で父親の顔を見ると膝から崩れ落ちた。



「···ティア。許してくれ。愛しているんだ。愛しているのは、ティア。君だけなんだ。分かるだろう?ずっと君を愛していたことを。君だって、私のことを愛しているはずだ」


「ディーン様、申し訳ありません。私は貴方のことをお慕いしていたこともありました。しかし、貴方は私を裏切った。友人にも裏切られた。そのときに私を励まして下さった方に本当の恋心を知りましたが――」




◇◇




 3日前のことだった。私は最後の悪足掻きと思い、マリアの邸を訪ねたのだ。

 そのときにマリアは私に言ったのだ。「愛人になっても友情は変わらないわ」理由が分からず私はマリアに尋ねた。


「···愛人?マリア?誰かの愛人になったの?」


「フローティア?ディーン様から私のことを聞いているわよね?」


 顔をしかめて首を振る私にマリアは顔面蒼白になった。


「どうして愛人なんかに?ディーンのことが好きなら、愛人ではなく夫人になりたいと思わなかったの?」


 そして、彼女を問い詰めると妊娠していることを知った。


「爵位が低いから結婚は出来ないって、でも···ずっと一緒にいたいって言ってくれたわ。フローティアは公爵夫人として相応しいから表に立ってもらい、彼は私の恋人として人生を歩むって。フローティアにも了承を得るから心配しないでくれと――」


「そう彼が言ったのね。···ねぇ、マリア。ディーンの彼女が私の他に5人もいることは承知しているの?あぁ、その内の1人は貴女だけど」


 大きく目を見開くと彼女は衝撃を受けた表情を浮かべた。そして首を何度も左右に振ると泣き出した。


「全員に話を聞いてみましょう。友人として一緒に付いてきて欲しいの。私が話をするから、マリアは黙って聞いているだけで構わないわ」


 その日のうちに3人の令嬢に話を聞くことが出来た。1人の令嬢は外出しているとのことで会うことができなかったが。

 話を聞いた後のマリアの憔悴した姿に私は掛ける言葉が見つからなく、帰りの馬車の中では終始無言となった。


 マリアの邸に到着し彼女が馬車から降りると、最後に私は馬車の窓から彼女に声をかけた。


「マリア。結婚式には必ず出席してくれる?もしかしたら、その日が貴女とお腹の子供の運命の日になるかも知れないわ。公爵夫人と公爵嫡子になれるかもしれない運命の日に――」


「貴女は?フローティアはそれでもいいの?」


「えぇ。私は彼を捨てます」


 私もディーンの彼女たちの話を聞くことにより、気づいたことが多かった。裏切られたと思っても、嫉妬の念がなかったのだ。彼女たちを恨んだり、妬んだり···そんな気持ちが全くないのだ。そう、話を聞けば聞くほどに気持ちが楽になっていき『やっと別れられる』そう思ってしまう自分の気持ちに気がついた。




◇◇




 ディーンを見据えていた私の視界が次第にぼやけ始めると、父様が立ち上がり私の元へとやってきた。その後ろを母様が、そしてユン兄様とライルまで。


「ヒラティス公爵様。そちらの有責での婚約破棄を認めて下さいますね」


 初めて聞く父様の唸るような低い声。式場は静まり返るとみなヒラティス公爵当主の言葉を待った。


「···あぁ。うちの有責での婚約破棄を認めよう」


 肩をすくめ、愚息を憐れみの表情で佇んで見ている公爵様。元王弟殿下であった彼の威圧感はそこにはなかった。




 列席していた両陛下が席を立つと護衛としてついていた騎士を呼び寄せた。

 騎士が姿を消すと両陛下が私たち家族の元までやってきた。突然の出来事に慌てて臣下の礼をとる。


「リディアロー侯爵。ディーン・ヒラティス公爵令息とフローティア・リディアロー侯爵令嬢の婚約は今をもって破棄された。して、王家からフローティア・リディアロー侯爵令嬢に婚約を申し込みたいのだが――」


「ハッ!···こ、国王陛下···今、何と?婚約でございますか?」


 父様だけではない。家族全員が国王陛下の言葉に驚くと顔を上げていた。


「うちの一番下が五月蝿くて敵わんのだ。本人次第だと言ってあるので嫌なら断わってくれて構わん――」


 国王陛下の言葉を最後まで待たずに式場の扉が開かれた。


「フローティア!」


 私の名を叫んだ彼はこの国の第三王子ルイス殿下だ。図書室での受付表を一緒に確認してくれながら、彼は婚約者の名を見つける度に『破棄見つけた!』などといって笑わせてくれた、いつも笑顔で『大丈夫だ』といって頭をなでてくれた、辛い日々を忘れるようにと心に寄り添ってくれた唯一の人。


 扉から駆け寄ってくる彼は学園で見慣れた学生姿ではなく、正装した姿の見目麗しい姿だった。


「ルイス様···で、殿下」


「フローティア。だ、抱きしめても?」


「えっ?」


 私の目の前まで駆け寄ってきた彼は、ピタリと動きを止めると、突拍子もない発言をした。そして瞬時に固まった私の手を取ると手の甲に唇を落した。


「あの後、フローティアが来なくなった図書室で、君が図書室に何回通ったのかを調べた。四年間で81回図書室に来ていた。俺は頑張り屋のフローティアのことをずっと考えていた。幸せになれるように祈りたかったが祈りじゃ駄目だ。幸せにするのは俺だ」


 私が顔を真っ赤にすると彼はもう一度手の甲に唇を落し柔らかな微笑みを向けてきた。


「フローティア。抱きしめるよ」


 その言葉に今度はコクリと頷くと彼はガバリと瞬時に抱きついてきた。


 ギュウッと締め付けてくると「好きだ。結婚するぞ」といって顔を私に近づける。そして、私の唇に彼は唇を重ねてきた。



「ル、ルイス様!こんな大勢の前で!私のファーストキスがぁー」


「あっ。えっ?ファーストキス?」


「当たり前でしょう!」


 彼はニタリと微笑むと、更にギュウギュウ抱きしめる。


「俺との一生の思い出が増えたな」


 そういって彼は再度唇を重ね、更に思い出を増やしてくれたのだ。これから何度も思い出を増やしてくれると約束する彼に、私は心が華やいだ。

 


                  fin




〜おまけ ルイス視点〜



 学園に入学すると毎日をうんざり過ごしていた俺は、以前兄から聞いた言葉を思い出した。


「五月蝿いハエから逃げるには、図書室の中にある一室がいいよ」


 そのときは、ハエから逃げる?なんて思ったが、日に日に群がる女子生徒に「なるほど」と言葉を思い出すと納得した。


 女子生徒たちをハエに例えるのもどうかと思うが、仕方ない。だって、俺が動くたびに付いてきて『キャーキャー、ワーワー』。朝、正門前で馬車を降りてから帰りの馬車に乗り込むまで、それが毎日続くのだ。


 初めて図書室へ行った日のことだ。

 扉を開けると受付の年配の女性が顔を歪めて俺を見た。入室するのが初めての俺に受付表に名前を記入するようにと言ってきた。

 名前を記入していると『次からは入室すると同時にドアの鍵を閉めて下さい』と言われた。図書室に入室するときは、一度ドアの鍵を閉めることになっているらしい。


「以前、兄から聞いたのですが――」


「こっちよ」


 俺が話を始めると、彼女は受付の後ろにある部屋のドアを開いた。受付には棚が並んでいるためその後ろにドアがあるとは思わなかった。


「第一、第二王子から聞いたの?来るのが遅かったわね。では、ごゆっくり」


『記録室』と書かれたその部屋入ると、彼女はそう告げて出ていった。


 それからは、ここに毎日通うようになったのだ。


 ある日、いつもの様に昼食を済ませて図書室の扉を開いたときのことだった。いつも沈黙を貫いている受付の女性が珍しく声をかけてきた。


「ねぇ、このディーン・ヒラティスという方は貴方の従兄よね?」


 受付表に書かれた名前を指して呆れ顔で俺を見た。


「はい。そうですが」


「図書室に女を連れ込んで···本当に毎回呆れるわ」


 そういって俺を旧本の置いてある棚へと促した。棚の脇からチラリと見れば『マジか』と思い、俺は記録室へと戻った。


 そうして季節は何度も過ぎ去ったある日、受付の女性が初めてこの部屋へ女子生徒を招き入れた。


 その女子生徒は、長く伸ばした艷やかな葡萄色の髪が印象的で確か一度見たことがある『ディーンの婚約者』だ。赤みのある黄色の瞳がチラリと俺を見た。見た目は艶めかしく美しいが冷ややかな表情をしていた。美人なのに勿体ないと思った。しかし、違った。話しかける度に彼女は表情をコロコロと変える。笑顔がとびきりいいし、控え目な口調もめちゃくちゃいい。いつの間にか俺は、次々と顔を変える彼女の虜になっていた。


『フローティアもディーンとあんなことを···?』以前、図書室で見たディーンと女子生徒の姿に彼女が重なる。


 フローティアがディーンのものになるなど許せない。


「父上!王命でフローティア・リディアロー侯爵令嬢を私の妃にすることは可能でしょうか?」


 夕食の席で国王である父上に問うと、母上と兄二人も一緒になって吹き出した。


「ルイスまでもフローティア・リディアロー嬢を欲するとは――」


「ハハッ、リディアロー侯爵令嬢は王家に大人気だね」


 父上の言葉に続けて上の兄が笑ってフローティアが大人気だといった。

 下の兄は呆れ顔で俺を見下すかのような表情を浮かべている。


「ルイス。リディアロー侯爵令嬢には婚約者がいます。そして、約一月後に結婚式を控えているのですよ」


 母上がそういうと、下の兄が付け足した。


「兄上のときは既に内々で決まった婚約者がいたし、俺のときは婚約者が決まった後だったからな。令嬢に婚約者がいてもまだ結婚していない訳だし。ルイスは婚約者がいないし王命でいけそうだな!」


 ん?···兄上のとき?···俺のとき?


「はぁー。王命でいけるわけがないだろー。それに、かの令嬢の婚約者はお前達の従兄弟だぞ!無理だ」


「兄上のときとは?」


「あー。二人ともルイス同様、リディアロー侯爵令嬢を妃に望んだのだ」


 兄上二人とも無理だったのか。でも俺は違う。絶対にあんなクソディーンには渡さない。毎日彼女が一人で泣くのは目に見えている。父上が無理なら、俺自身が動けばいいだけだ。


「無理ですか。分かりました」


 そういって食事を再開すると、また新たな目標ができたと思い、彼女を奪う略奪計画を頭の中で弾いた。


 その様子を家族全員がジト目で見ていることは承知の上だ。


 


 結婚式の当日、俺はディーンの言動記録を元に式場へと馬車を走らせた。


 フローティアを娶りたいと夕食の席で話した次の日から俺はディーンに影を付けた。

 この後、とある男爵家からメイドが1名証人としてやってくる。


「手筈は整った」


 そうして式場につき馬車から降りようとすると、突然馬車の扉が開かれ宰相が乗り込んできた。


「ルイス王子、降りてはなりません。お待ち下さい」


 息を切らして宰相が急いできたのが分かった。なにかあったのだろうか?


 息を整えた後で宰相は父上からの伝言を話し始めた。


 今朝方、火急の知らせがあるということでリディアロー侯爵当主が登城した。その内容とは『式の初めに娘が婚約破棄を申し出る』ということだった。その話に父上が経緯を聞くと、ディーンは5人の女性と関係を持っていて、その内の2人の令嬢は彼の子供を身籠っているということだ。

 証人と証拠を揃えた上で、式での婚約破棄にフローティアが臨むという内容だ。


「フローティアが――」


 俺の集めた証拠と同じ内容を知ってしまったんだな。今日、この日を迎えるまでに彼女はどれだけ絶望を味わったのだろうか。

 自ら婚約破棄を言い渡すことなんてさせたくなかった。


 父上からは、婚約破棄を承認するまでは俺に馬車の中で待つようにということだった。

 下手に出ていって、フローティアが不貞をしていると疑われたら元も子もない。


 出来ることならその場で彼女の隣に立って支えてやりたいが、彼女が決めたことだ。

 俺は祈ることしかできないのか『彼女の行動が幸せの道に進むように』。


「婚約破棄が成立したら騎士にルイス王子を迎えにこさせると言っていました」


 そういうと宰相は馬車から降りて式場へと向かった。





 急いで式場の扉を開くと、真紅のドレスを身にまとった彼女の姿が目の前に――。


 俺は彼女に駆け寄ると目の前で足を止めた。『あぁ、やはり泣いたのか』頬にある涙の跡を見れば、君の隣にいられなかった自分に腹がたった。


「抱いても?」


 そんな俺に資格があるのか?

 それでも俺は君を誰にも渡さない。

 俺が君を幸せにする。


「抱きしめるよ」


 フローティアがコクリと頷いた。


 床に転がっているディーンに見せつけるかのようにフローティアの唇を俺の唇で塞ぐ。


 頬を染めて初めてのキスだという彼女。俺はディーンに感謝を込めた視線を送った。



『ディーン。お前の選択は正しかった』


 




最後までお読み下さり

ありがとうございました。


誤字脱字がありましたら

申し訳ありませんでした。

m(_ _)m


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― 新着の感想 ―
[一言] 婚約破棄というアクションから所謂テンプレ、つまり卒業パーティー・寝取り逆ハークソビッチヒロイン・浮気正当化クズ男集団・知的で美人な主人公(悪役令嬢)の構図を無くしてしまうと、ひたすら男のクズ…
[気になる点] タカってくる令嬢をハエと称するということは、集られてる自分はウ☆コ、もしくは汚物であると自覚してるのかな? 実際にはハエは何にでも集るけどもw
[気になる点] ディーン視点もあれば良かったかも
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