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エイミーと歌の特訓 3

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 ライオネルは楽譜にせっせと文字を書きこんでいた。

 エイミーと歌の練習をはじめて四日。

 ライオネルはついにエイミーの音痴の原因を突き止めるに至ったのだ。


 最初はまったく意味がわからなかったライオネルだが、一昨日、フリージア学園の大学に在籍しているエイミーの二つ年上の兄パトリックに話を聞いておおよその見当がついたのである。

 フリージア学園は留年しない限り二年間で卒業だが、希望者はその上にある大学へ通うことができる。

 もちろん厳しい入学試験を経ての入学となるが、最近では大学を卒業していることが城で文官として働くための必須条件になっているため、城で働こうと考えている貴族はそのまま大学に進学することが多いのだ。

 抜け道もあるが、真面目なパトリックはそのまま素直に大学に進学した一人だった。

 たまたま学園の敷地内で出くわしたパトリックは、困った顔でこういった。


「うちの妹がご迷惑をおかけしているようで申し訳ありません」


 ライオネルははじめ、パトリックの言う「ご迷惑」は毎日毎日追いかけまわしてくるエイミーの行動を指していると思ったが、よく考えてみるとそんなことは今更だったので、わざわざ彼が謝るとは思えなかった。

 だから何のことだと問い返すと、歌の練習のことだと言われたのだ。


「エイミーは子供のころからああなのか?」


 エイミーの音痴に関することで何か情報を得られないだろうかと訊ねると、パトリックが言いにくそうに頬をかいた。


「ええ、まあ。三歳くらいのときからああですね」

「何故直さなかったんだ」

「直さなかったのではなく直せなかったんですよ。うちの妹はある意味天才肌で、一度覚えたことは絶対に忘れないんです」

「……は?」

「つまり――」


 パトリックによると、エイミーの音痴の原因を作ったのは、彼女の乳母のせいらしかった。

 と言うのも、小さいころにエイミーに歌を教える際に、音階と言葉をセットにして教えたらしいのだ。

 例えば「あ」であれば「ソのシャープ」と言うように、それぞれの音階に音を当てはめたのである。

 そして何故かエイミーは、音階と言葉のセットをまるまる記憶してしまい、どんなに修正しようとしても、歌を歌えば「あ」は「ソのシャープ」と言うようにその音を発するようになってしまったとのことだった。

 まさか乳母もこんなことになるとは思わずに、何度も何度も直そうとしたらしいがどうしても無理だった。

 ゆえに匙を投げた両親は「人前では決して歌うな」とエイミーによくよく言って聞かせたらしい。


(本当にあいつはモモンガじゃないのか? あり得んだろう普通)


 ライオネルはあきれたが、これで意味がわかった。

 しかしここから問題だったのは、パトリックもいったい何の言葉がどの音なのか覚えていないという点だった。そしてさらには、エイミーも当時が三歳だったためにその時のことを覚えていなくて、ただ体が覚えているような状況であるため、本人はその状況をあまり理解できていないのである。

 仕方がないのでライオネルは、一昨日と昨日の二日をかけて、エイミーが何の言葉でどの音を発生するのかを細かく記録していった。音域によっても微妙に言葉が変わったりするため、非常に厄介だったが何とかすべて確認し終えると、今度はそのメモを使ってエイミーのクラスの課題曲の歌詞を上書きすることにしたのである。


 もちろんまったく言葉になっていないが、今優先されるのは音を外さないことだ。音を外さずに歌えるようになってから歌詞をどうするか考えればいい。

 週末の今日は、午後からエイミーがやってくることになっている。

 午前中に歌詞を書き換えて、ライオネルは改めて楽譜を見た。


「うん、意味がわからん。だがまあいいだろう」


 ライオネルは満足して、そしてちょっとそわそわしながらエイミーを待った。

 午後になって、エイミーは手作りのクッキーを抱えてご機嫌でやってきた。

 エイミーはいつもたいていにこにこしているが、ここ四日、城に来るときはいつもに輪をかけてにこにこしている。


(黙っていれば可愛いんだがな)


 モモンガのように大きな目をした愛らしい外見のエイミーは、本当に、ただ笑っているだけならたまらなく可愛いのだ。中身が残念すぎるので普段はエイミーの顔の造形なんて眼中に入らないが、改めて見ると――うん、可愛い。


「殿下、今日はアーモンドクッキーですよ!」


 エイミーはルンルンと防音室のテーブルの上にクッキーの包みを広げた。

 途端にふわりと香ばしい匂いがする。

 エイミーには言ったことはないが、彼女の作るクッキーはお菓子職人顔負けの美味しさだ。

 思わずごくりと唾を飲みこんで、しかし仕方なさそうな顔を作ると、ライオネルはソファに座った。

 メイドにお茶を運ばせて、まずはティータイムを取ることにする。


「今日のはどうですか?」

「普通だ」

「よかった、美味しいんですね!」

「…………」


 ライオネルはもぐもぐとクッキーを咀嚼しながらエイミーを見た。

 いつもエイミーのことを、意思の疎通ができない変人だとか、言葉が通じないモモンガだとか思っているが、よく考えてみれば、ライオネルの天邪鬼な言葉の裏にある意味を、エイミーは的確に読み取ることがある。


(偶然か?)


 偶然に決まっている。そう思うのに、不思議と今日は妙にそれが引っかかった。


「殿下、紅茶のお代わりはいかがですか」

「ああ」

「お砂糖は?」

「別に」

「わかりました、今日は入れる気分なんですね」

「……おい」


 ライオネルは三つ目のクッキーを口に運ぼうとして顔を上げた。


「どうしてそう思った」

「はい?」

「だから、どうして俺が砂糖を入れる気分だと思ったんだと聞いている」


 エイミーはきょとんとした。


「どうしてって言われても……」


 それから、うーんと首をひねりつつ天井を見上げて、そして「えへへ」といつものへらへら笑いを浮かべた。


「わたしは殿下の婚約者ですから以心伝心なんですよきっと!」

「訊いた俺が馬鹿だった」


 ライオネルは、はーっと大きく息を吐き出した。





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