だって佑樹そんなお兄ちゃんって感じしないもん
「これみて」
梓は佑樹に携帯を投げた。スクロールすると、その先に動画が現れる。
動画では、あの男が黙ってカーニバルに食われていた。抵抗すらしていない。諦めたように彼は佑樹に賭け事を教えていた時と同じ笑みを浮かべていた。その周りには10名を超える男たちが並んでいた。その真ん中に立つのは富の反逆者。横にはあの模倣犯がいる。
動画の中でカーニバルは彼を食べた。丸呑みだった。
「は?」
佑樹はゾッとして携帯を落としかける。すんでのところでキャッチして、佑樹は再度画面に目をやった。
丸呑みすること数分。カーニバルは花を閉じた。その間周囲の男たちは愉快そうに財布の中身を漁っていた。
「動画をアップしたってことは宣戦布告だろうよ、金持ちに対するメッセージだ」
動画には、【命の重さに貧富の差はない】という言葉が添えられている。その投稿には千に迫る肯定の評価がされていた。動画は、貧しさに飢えている人の映像に繋げられて終わった。
佑樹は怒りに表情を失った。
同情の余地なんてない。
貧乏さゆえの犯行は許すべきだ?
そんなわけがないだろう。
人を殺すものはすべからく重刑に処すべきだ。
「あの時殺せばよかったんだ」
「佑樹!」
「秀太、ストップ」
言うつもりはなかった。しかし、言葉は漏れた。
「どう言う意味?」
「僕があの時周りの人を止めなかったら、あの人は死ななかった」
周囲は模倣犯を殺すべきだと主張した。佑樹が逆らった。佑樹は梓たちから罪は法が裁くべきだと教えられていた。教主のときにそう学んだ。
それが間違ってるとは思わない。だけど正しくはないように思ってしまう。なぜなら佑樹には、殺された大富豪よりも模倣犯の方が死ぬべき人間に思えたから。
「僕のせいだ」
「自分のせいにして考えるのを放棄すんな。悪いのは奴でしょ」
梓の言葉がグサリと刺さる。的確に急所を狙った発言に佑樹も反撃しようと口を開いた。
「じゃあ僕はどうすれば良かった?」
「あれ以上のことはできなかったわよ」
「佑樹に奴を裁く権利はないだろ?」
カウンターで返された言葉には慰めの意思は見られない。梓だけではなく秀太にも否定されて、佑樹はスケッチブックを開いてくるりと双子に背を向けた。
「梓、一度佑樹と俺でスラムに行くよ。ミライは頼んだ」
「……わかったわ」
後ろでゴソゴソと双子が話すのを聞かないようにスケッチブックに向かう。佑樹は楽しかったカジノでの出来事を思い出しながら色鉛筆を走らせた。
「なぁ佑樹?」
佑樹は秀太の声を無視する。秀太は膝の上で熟睡していたミライを梓に預けて佑樹に近づいた。
「佑樹?」
赤色の色鉛筆が絨毯を描く。その上に黒色を走らせた。
「佑樹って」
「う! る! さ! い!」
「あーもー、俺に怒るなよ」
むすっとしたまま両手でポコポコと交互に秀太の胸を叩く。
「佑樹、戦闘訓練しよう」
「は?」
「動画に出ていた全員をとっ捕まえるぞ」
梓はやれやれと息を吐き、ミライは寝返りを打つ。同じ風が佑樹と秀太の髪を揺らした。
「……また逃げ出されたら」
「今回は俺たちの部下に直接北海道警察に引き渡させる」
佑樹はスケッチブックを置いて、秀太を睨んだ。
「僕の方が強い」
「そーだな。強いのはお前だ」
秀太はいそいそと模造刀を取り出した。
「だけど勝つのは俺だ」
投げられた刀を片手で掴み、佑樹は訝しげに秀太から距離をとりつつ立ち上がった。
「梓」
「はーい、じゃあ私が審判ね」
あたりを囲って焼き払い、安全地帯を一時的に作り、仮眠を取ろうとしていたものの、戦うには手狭になる。囲いから二人を出し、ミライを車の中に寝かせ、梓は車の上に登った。
双眼鏡を片手に遠くから二人の姿が見えるように、また、インカムをつけさせて二人に声が届くようにする。
「オッケー、私が勝負ついたなって思ったら終わり。私が勝ちって思った方が勝ちね」
「未だかつて無いクソルールじゃねーか」
秀太の声は遠くにいる梓には届かない。インカムのボタンを押さない限り声は届かないため、梓の独壇場だった。
「はいはじめー」
緩すぎる声。梓はほとほとやる気がなかった。だって秀太の勝ちは見るまでもなく明らかだ。佑樹はどう考えても梓の双子の兄には勝てない。
梓の予想通りに自体は動いていた。
「よっ」
はじめに動いたのは佑樹。佑樹はそのスピードと腕力で大きく秀太を上回る。難なく佑樹の背後に回り込み、秀太の喉を目掛けて攻撃を仕掛けた。
「おいおい、急所狙いにも程があんだろ」
しかし、どれだけその攻撃が速くとも、事前に何がくるかを把握できれば避けるのは容易。秀太は試合開始前からその攻撃が来ることを予測していた。
秀太は難なくしゃがみ込んでよけ、左手で土を掴んだ。
佑樹も追撃に上から剣を振りかざす。その隙に秀太は佑樹の目を目掛けて土を投げた。佑樹の口に土が割り込む。目は辛うじて瞑った。しかし乱れた攻撃は、当然秀太に当たらない。
「うっ」
「言ったろ? 俺が勝つって」
秀太は難なく佑樹を沈めた。
「はい終了ー、やめるのだぁー」
インカムで飛んできた梓の声に攻撃を止め、秀太は佑樹を立ち上がらせる。
「経験だよ、佑樹」
「え?」
秀太は佑樹についた土を払った。秀太の服には土一つ付いていない。
「経験に裏打ちされない強さは貧弱だ」
「…………」
「佑樹が後悔してるのもわかる。だけど、佑樹は人のことを正しく判断できるほどは世間を知らない」
「…………秀太は知ってるって?」
「少なくともお前の倍以上は」
車に着くと梓が車の上から降りてきて、二人に新しい衣服と水を渡す。三朝温泉に行くまで風呂に入れないため、これで我慢しろということらしい。
とにかく木刀を置くために車のドアを開けると、ミライが物音で起きたのか目を擦っていた。
「ミライ、悪ぃ、起こしたか?」
「お兄ちゃん、佑樹……?」
「なんで僕だけ佑樹呼びなんだよ秀太とは同い年なのに」
ミライは目を見開いてはぎゅっと瞑ってを繰り返す。
「だって佑樹そんなお兄ちゃんって感じしないもん」
「…………」
佑樹はミライに会ってからの自分の行動を思い返した。
ゲロ吐いて、
お菓子買いすぎて、
食べすぎて具合悪くし、
夜ご飯はいらないと叫び、
双子に軽く怒られる。
「ソーデスね」
ミライの言う通りだった。
「まぁなんだ、もう一本するか?」
秀太のフォローも身に沁みる。しかし、戦う力が足りていないことは確かだった。
「……うす」
「そこそこで切り上げなさいよー」
そうして二人は夜通し戦い、戦闘のコツを掴んだ佑樹が秀太に勝ち越すようになった頃、起き出した梓に二人はしこたま怒られたのだった。
「夜更かしすんなよミライに示しがつかねーだろーが!」
「「すみませんでした」」
「そんなに戦いたいのなら私が相手になるわよゲロボケが」
「「すみませんでした」」
「言っとくけど昼寝とかさせねーから。私が運転してる間寝てるとか許さねー」
「「すみませんでした」」
そうして外に置きっぱなしにしていた水で体を洗い流し、佑樹と秀太は髪を濡らしながらミライと話し、鳥取砂丘へと向かったのである。