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お金の使い方ってもんを見せてあげるわ

 結論から言えば、その男は模倣犯だった。富の反逆者に憧れ、奪った金品を貧しい人に配り歩こうと殺人を犯したのだ。


「ひゅー、ひゅー、ひゅー」


 喉は潰してはいない。佑樹を恐れるあまり男は喉から息を漏らすばかりだった。佑樹は軽く拳を作り、自分の方へ向ける。この間コンマ数秒。相手の顔面にスナップを効かせて指を開こうとして佑樹は腕をセキュリティに止められた。


 目潰しは二本指でするものではない。最悪突き指になるからだ。罪悪感なく相手の目をつぶすには一番良い方法がこれだった。突き指の恐れはなく、確実に失明を狙える。セキュリティは佑樹が何をしようとしているのか気づいたのだ。模倣犯も同様に気づいた。


「もう脅しは十分だ、こいつの素性がわかった。模倣犯の一人だよ。こいつは鳥取で警察に引き渡す」


 セキュリティに嗜められ、佑樹はこてりと首を傾げた。


「なるほど? じゃあ僕はこれで」


 セキュリティは佑樹を抑えた手を離した。スーツの皺を伸ばして立ち上がる。模倣犯は佑樹に唾を吐いた。佑樹は右手の袖口で唾を拭った。


「殺せ!」

「犯罪者め!」

「物騒なことだ」

「ここで殺せ!」

「汚職警官に渡したって無駄だ!」

「逃げ出されたらどうする!」


 セキュリティの抑えも効かず、幾人かの男が模倣犯に殴りかかる。このカジノは富豪の遊び場。その富豪を狙う富の反逆者の模倣犯が嫌われるのも歴然。


「うぐ、うぁ、たすっけ」

「…………なんだかなぁ」


 その場を去ろうとした佑樹は模倣犯を守るべく身を翻した。


***









「――――――と言うことがあったんだよ」


 5時間後。北九州で一番の洋食屋と名高いリッチェにて、佑樹たちは秀太と合流した。秀太も着替えて、その個室によく馴染んでいる。テーブルの上にはスープが運ばれたばかりだった。


「これ美味しいね!」


 オードブルの鯛のカルパッチョを口に含む。舌の上でとろりと溶けた。その舌触りに魅了されたのも束の間、さっぱりとしたレモン風味のソースが新たな風を運ぶ。たったの二口で食べ終えたことを悔いるも、次に運ばれたとうもろこしの冷製スープが鼻をくすぐり、上機嫌に佑樹は目を細めた。


「無事に模倣犯は鳥取まで移送されたってさ」

「なんで知ってるの!?」

「ネット掲示板」

「ほえ〜〜」

「よかったわ、佑樹が守らなかったらあそこで模倣犯は殺されてたわよ」

「司法で裁かれるな、よかったよかった」


佑樹はスープをスプーンで掬った。冷たいスープが喉をゆっくりと通っていく。


(かわいそうにな)


 佑樹は被害者に同情していた。


 ()()()()()()()()()()


 それだけは真理。そこに理由などいらない。


『人は殺しちゃいけない。そんなの生まれる前に知ってるようなことでしょ。知っとかなくちゃいけないことでしょ』


 法できちんと裁かれるべきだと佑樹は噛み締める。あの後、模倣犯はセキュリティに連行された。佑樹が止めなければ彼はその場でリンチにあって私刑に処された。佑樹は自身の選択に自信を持っていた。


 梓が秀太に顔を向けた。


「……ねぇ、秀太の方はどうだった?」


 佑樹を睨みつけながら模倣犯は消えた。


「んー、やっぱ悲惨だったなぁ」


 自分は正しいと、間違っていないとその目で主張して。


「食うにも困ってる奴だらけだったよ。反逆者についての収穫はなし」


 佑樹の背中で富豪は叫んだ。殺して晒して踏み躙れと。


「……そっか。そうよね」


 馬鹿馬鹿しいと佑樹は思う。貧しいからなんだと、佑樹はカジノで稼いだ金で買ったスープを飲み切った。


「20人強かな、スラムに生きてるのは」

「うーん、どうする?」

「奴ら携帯もない。戸籍だって怪しいもんだ」

「北海道に送れる?」

「まぁ向こうは人が足りてないからな、いけるんじゃないか」

「掛け合うだけしましょっか」


 運ばれてきたポワレにナイフを通す。パリッとした鯛の皮を噛むとジュワッと口の中に鯛の風味が広がり、ほろほろとした身が新しい食感を提供する。糸唐辛子とピンクペッパーの飾りが佑樹の手によって崩された。


 双子は佑樹が話の内容を理解していないことに気づき、話を変える。ここで説明したとて、実際を目にするまではわからないと踏んだのだ。


「まぁ暗い話は置いといて。結構稼いだんでしょ?」

「うん、分け合ったから、500万!」


 佑樹は勢いよく顔を上げ、その鞄に入れた札束を見せた。梓が口笛を鳴らす。行儀が悪いと秀太が嗜めた。


「流石にやばすぎ。でもじゃあよかった」

「ん?」


 双子は佑樹に向き直り、満面の笑みで頭を下げる。


「「ご馳走になります!!」」


 佑樹はポロリと鯛の身を落とした。


「…………この料理三人でいくらですか」

「450万♡」

「やっぱりね!!」


 稼いだお金の9割が泡と消え、佑樹は顔を青くした。


「色々買おうと思ってたのにぃぃいいいい」


 頭を抱える佑樹を尻目にフォークを口に運ぶ二人の所作は美しく、佑樹は怒る気を失った。そもそも元は二人のお金だ。稼いだのも親切な彼だ。佑樹が否を唱えられるわけがない。


 ただ、双子に何かを買おうと思っていたからこそ落胆したのだ。



「ほら、あんまり大金持ってても、ね? 金銭感覚狂って破滅するし?」

「残りは大事に使ってくれ」

「そうそう、50万って大金よ?」

「むぅ」


 デザートは持ち帰ることにした。もうすでにお腹がいっぱいだったからである。ショートケーキが三つ、車の小型冷蔵庫に入れるべく紙箱に詰められた。


「「「ごちそうさまでした」」」










 三人はそうして水上都市を後にした。否、しようとしたのだが。


「にいちゃん!」


 幼子の声に三人は足を止めた。幼子はガッチリと秀太のスーツの端を掴んでいる。


「俺は兄ちゃんじゃない」


 秀太は必死に幼子に目を遣らないようにして、その手を引き剥がそうともがいている。しかし幼子の握力も相当なものだった。


「に! い! ちゃ! ん!」

「ち! が! う!」


 小さな手で秀太を掴んで離さないのは、彼女が捨てられることを憂いているからかも知れなかった。


 髪はパサパサと束を作っている。汗で服は張り付き、彼女の必死さを窺わせた。


「お前、スラムの出か?」

「へへへへーん」

「どうやって着いてきた!?」

「スケボーで!」


 少女は悪戯っ子のする笑みを浮かべる。その足元にはベニヤ板に小さな車輪がついたものが転がっていた。大方、50年前に使われていた住居からとってきたのだろう。


「連れてって!」

「無理!」


 びたりと秀太の足に張り付き、次の瞬間泣き出したのである。


「うわあああああああん! 捨てないでええええ」

「嘘泣きするなぁああ!」


 佑樹と梓は顔を見合わせて笑った。


「くっ、梓、佑樹! この子を止めろ、止めるんだ! このままじゃ誘拐犯になってしまう!!」


 秀太の言う通り、2000人の人口を有する小さな水上都市では、その観光客の多さからどこに行っても人目がある。少女の声に人々が視線を送っていた。


「仕方ないわ、取り敢えず乗せて返しましょう」

「へへーん」


 待ってましたとばかりに表情を一転させ、少女は我先にと車に乗り込んだ。


「あ! 鼻かんだだろ!」

「バレたか」

「バレるわ!」


 秀太はヨダレと鼻水でぐしょぐしょになったスーツの裾をハンカチでゴシゴシと擦りながら座席に座る。佑樹と梓はそれぞれ助手席と運転席に座り、集まってきた人々に口出しされる前にと車をスラム街へ走らせた。

 

「何歳? 名前は?」

「ろく! みらい!」

「保護者……えーっと、一緒に住んでる人は?」

「いやだ!!」

「は?」

「帰らないぞ! カーニバルにあいたくない!」


 その時の蒼白な彼女の顔に秀太はハッと気づいて、彼女の手首を掴んだ。


「ぎゃー、へんたいじじぃだー!」

「さっきまで兄ちゃんって言ってたクセに!」


 手首には腕輪が付いている。腕輪についた家紋から、秀太はみらいが今までどうやって生きてきたのかを知った。腕輪が意味するのはその家紋の子飼いであること。薄々勘づいた。


「ミライはカーニバルに何かあげるように言われてる?」

「ぶた!」

「なるほど。カーニバル用の除草剤(ハンニバル)付きの豚で確定だな」


 聞くに徹していた佑樹は梓に尋ねた。


「除草剤?」

「あぁ、カーニバルに肉ごと喰わせれば一年はその場にカーニバルが生えてこなくなるんだ。危険な任務よ。ミライは金持ちに命令されてそれをやってるってわけよふざけんなって話よねなんなのマジで」

「あ、梓……?」


 運転席で梓は顔を曇らせた。


「佑樹」

「ん?」

「喜びなさい」


 梓はアクセルを強く踏んだ。車が加速し、シートベルトがガクンと体を支える。


「お金の使い方ってもんを見せてあげるわ」

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