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耳も悪いの?

「何だ、そんなことか。底辺相手に熱くなるなよ梓」

「ごめんってば、悪かったわよ」

「佑樹は座ってていいぞ」


 見張りを止めるわけにはいかないので秀太と梓が牢屋の前に膳を並べる。佑樹は、秀太と梓が一貫して教主に対してあたりが強いことに面食らっていた。


 梓はまだしも、秀太は地下で一緒に過ごした1年間、いつも佑樹に優しかったからだ。


「佑樹に携帯あげないとね、秀太。あと大量の本。常識を早く身につけないと」

「あー、そうだな。手配しとくか」

「ん、コイツの引き渡し頼み次第動きましょ」

「「「いただきます」」」


 教主は秀太が来てからと言うものニヤニヤと笑みを浮かべるばかり。佑樹は横目でチラチラと伺うことしかできないでいた。


「お、美味しい!」

「だろ? まぁもっと褒めろ褒めろ。北海道から色々取り寄せてっからな。野菜だっていっぱい食えるぜ」


 シャキシャキと口の中で噛むほどに甘さを増す野菜、一口噛めば甘酸っぱい汁が飛び出す野菜、佑樹が見たこともないような野菜がたくさん並んでいた。常にサプリで栄養を補完していた佑樹は初めての経験に顔を綻ばせた。


「メインは牛のステーキだ! 好きだろ?」

「うん!」


 2cmほどの厚さのステーキをナイフで切って口に運ぶ。舌に乗ったステーキは噛む必要がないほど柔らかく、佑樹の口内でじゅわりと溶けた。


「失礼します」


 コンコンコン、と扉が来訪者の存在を告げる。佑樹が立ちあがろうとすると秀太に手で制された。


「いいぞ」


 入ってきたのは50半ばほどに見える男性だった。切れ長の目が黒縁の丸メガネの奥からちらりと見えた。


「報告します。星諾教徒の希望者の北海道への移送を開始しました。教主護送用の船も手配完了しました。出立の際はお知らせください」

「おー、ありがとう。希望しなかった人は?」

「対応中です」

「明日の正午までにはコイツ船に乗せるから」

「かしこまりました。失礼致します」


 扉から戻っていく彼の後ろ姿を黙って見送ったのちに佑樹はフォークごとステーキを膳の上に落とした。


「良かったわね。佑樹の知り合いはみんな北海道で保護されるって。佑樹本当に私たちについてきていいの?」

「うんそりゃもちろん、だ、けど……」

「ん?」

「さっきの人なに!?」

「ああ、部下よ。二人だけで死刑囚を追うのは限度があるからね、30人くらい雇ってるの」


 佑樹は考えることを放棄した。


 分からないことがあまりに多すぎた。その中で唯一分かったのは、梓と秀太がとんでもない大金持ちだと言うことだった。


「そ、そっかぁ」


 ステーキの最後の一切れを口に入れる。この肉もとんでもなく高価なのではないかと佑樹は怯える。その予測は当たっていた。


「ご、ご馳走様でした」

「お粗末さま。寝る?」

「うん、寝る。ゴメン先に」


 ふらふらと佑樹は事前に教えてもらっていた自分用のベッドに向かった。今までの人生全てで得た情報を凌駕する情報量と精神的な疲労で、夕食を食べ終わってすぐに眠くなった。彼は夢も見ないでぐっすり眠った。


「さて、佑樹も部屋に行ったことだし」


 秀太は教主がご飯を食べ終わったことを確認して立ち上がる。梓は膳を下げ、食洗機を起動した。


「ちょっくら話を聞かせてもらおうか」


 梓と秀太は檻の中に足を踏み入れ楽しそうに笑った。


「なーに、乱暴はしないよ。俺たちは法を遵守する日本国民だ。夕食に毒も入れなかっただろう?」

「…………何が聞きたい」


 教主は身じろぎして壁に背中をぶつけた。


「善の反逆者、奴の居場所だ。心あたりはないか」


 声が牢屋に響いて広がる。秀太と梓は上からへたり込む教主を見下ろした。


「高校生を23人殺害したアイツだな。追ってるのか?」

「質問に答えろ」

「お前たちまさか――」

「質問に答えろって言ったんだけど。耳も悪いの?」


 双子の目はゾッとするほど冷たかった。教主も思わず顔を背ける。彼らが自分に手を下さないとはわかっていても、生物としての本能が恐怖する。


「アイツのことだ、死んだ人間を辿れば分かるんじゃないのか?」

「死体はカーニバルに喰われただろうさ。北海道以外(こっち)の住人が汚職警官を信じて通報すると思うか?」

「ふうむ」

 

 教主はニヤリと口角を限界まで上げた。


「残念ながら知らないね。九州にいないことは確かだが。ただ、他の脱獄犯の場所は一人知ってるぞ」

「誰だ」

「お前らがどうしてこんな事をしているのか吐いたら吐くさ」

「…………」


 新しい日が始まる。彼らの尋問は夜通し行われた。







***



 佑樹は鼻をくすぐるバターの匂いで目を覚ました。ベッド横の小棚から髪ゴムを取り、無造作に一つに纏める。クローゼットには自分にぴったりの服が幾つか入っていた。


「高そーな服」


 生地が佑樹の知っているものとは違う。動き易さを重視しているらしきそれらの服に袖を通し、その日初めて佑樹は時計をみた。


 12時13分。寝ぼけているのかともう一度目を擦る。しかし時計が示す時刻は変わらない。


「え?」


 佑樹はすぐに階段を駆け降りた。階段の途中で部下らしき人とすれ違う。驚いて半ば滑り落ちるように佑樹は一階に着いた。


「おはよう、ゴメン!」

「はよ、大丈夫よ、わざと起こさなかったの。疲れてたでしょ? 色々あったし」

「今日も長いしな。当初は長いことここにいるはずだったんだが事情が変わった。中国地方は鳥取砂丘まで移動することになった」

「ええ?」

「中国地方に富の反逆者がいることがわかってね。どうせ詳しい場所は行ってみないとわからないのだし、戦闘訓練しながらゆっくり移動しようかと」


 ごくりと唾を飲みこむ。戦闘訓練。だから動きやすい服ばかりがクローゼットにあったのだ。


「そっちに携帯も届けてもらってるところだし、ご飯食べたら乗り込みましょ。アンドロイドに服とかは準備させてるわ」

「ええ?」

「まぁ食え」

「ああそう? そうか、まぁいいや」


 食卓に並ぶのは米粉パン、ローストビーフ、マッシュポテト。佑樹は全てをパンに挟み込んだ。


「いただきます」


 大口を開けて思いっきり頬張る。甘辛いタレが佑樹の頬を伝った。少量のワサビがアクセントになって佑樹の食欲をさらに掻き立てる。佑樹はすぐに二口目を頬張った。マッシュポテトの割合が増えると、これまた味が微細に変化する。マッシュポテトはローストビーフの存在感を損ねることなく、むしろその美味さを引き立てていた。


「ご馳走様でした」


 佑樹がその味を楽しんでいるのをみて秀太と梓は軽く笑った。遠い故郷を懐かしむような、あるいは二度と戻らない過去を悼むような、そんな笑みだった。


「いきましょうか」

「う、うん」

「あ、その前に」


 梓はスケッチブックを、秀太は色鉛筆を佑樹に渡した。


「これ。絵描くのに使って」

「いいの!? ありがとう!!」

「うん、流石に……な」

「それくらいは……ね」

「二人とも?」


 双子は目を逸らした。


「今にわかるよ」


 その1時間後、佑樹は2人の意図を知ることになった。



――――――gyaaaaaaaraaaaaaaaarrrrrrrrr!



 ナイフを10本持った佑樹の眼前には、5mを超える肉食植物(カーニバル)が佑樹を捕食しようとその蔦を動かしている。


「無理そうになったら言ってねー、助けるからねー!」

 

 梓が車の中から叫ぶ。


(これやるから耐えろってことだったんだぁ)


 佑樹は震えながらナイフを構えた。

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