腹が減っては戦はできないしね
ドッキリではないことは折れた足が証明している。逃げ出さないように、縛るだけではなく骨まで折るところが××××の慎重さを物語っていた。
『梓ちゃん! 秀太くん!』
クラスメイトと本の貸し借りをした。
『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ』
クラスメイトと球技大会の練習をした。
『××××! ××××!!』
クラスメイトとカラオケに行った。
『助けて、助けてよぉ!』
22人対1人。悩むこと自体がおかしいのかも知れない。22人のクラスメイトとも、思い出がないわけではない。それでも決断できないのは。
『ゆーた』
たった一人の、双子の親友。
彼がいない世界を、許容できないから。
『ゆーた』
××××が上の画面の音を切った。裕太の声がちゃんと聞こえるようにという配慮。そういう配慮ができるなら、他に気を使うべき場所があっただろうと双子は思ったが、口に出す気力はなかった。
優しさと残忍さは両立しうる。××××とは根本的に価値観が違う。
『梓、秀太』
裕太はこの状況でなお、落ち着いていた。
『大丈夫だ』
何一つ大丈夫ではないこの状況で、裕太はそういった。
『こっちの部屋を爆発させろ』
裕太はそう言って、泣きもしなかった。涙の一粒も零さず、体育の授業でバスケをしている時と同じ笑みを浮かべて、学校終わりに買い食いを誘う時と同じ声色で、絶望で涙を止めどなく流す双子に語りかけた。
『俺が、そうして欲しいと言ってるんだ』
否応なしに分からされる。裕太は、双子に自分を殺す選択をさせない。あくまでも自分の願いを聞いてもらうと言う立場を取ろうとしている。双子が気に病まないように、全てを背負って死ぬつもりで言葉を選んでいる。
『死に際まで面白くねー男だな』
後ろから聞こえてきたのは大きな舌打ち。××××の声だと認識するまでに数秒かかった。それほどまでにいつもの彼の声より低く、音頭がない声だった。
『××××、覚えておけよ』
裕太は好戦的な笑みを崩さず、その鋭い眼で××××を捉えた。
『すべてが思い通りになると思うな。お前は法で裁かれる。勇敢で優しい人たちに、いつかお前は必ず負ける』
××××はその言葉を聞いて口角を上げた。
『ふーん、そうかもね。でもそれを君が目にすることはないと思うよ?』
『かまわない。俺は、俺が正しいと思うことをする』
梓はそこで裕太の名前を何度も叫んだ。
『ゆーた、ゆーた!』
『うん、梓』
『ゆーた、ゆーた、ゆたぁ……!』
『あんまり泣くなよ。大丈夫。真っ当に幸せになってよ』
その言葉は、それから今に至るまで、呪いとなって双子を縛った。
『梓と秀太は殺さないんだろ? ××××』
『ああ、それだけは保証するよ。そうした方が面白いからね』
『そうか。ならいい』
裕太は悔いなど一つもないように笑った。そんなはずがないのに。
『まぁなんだ、俺の両親には華々しい死に際だったって伝えといてくれ。あとお前らの両親にも、今日メシ食いに行くはずだったけど行けそうにないし、謝っといてくれるか? お前の家の唐揚げ、正直家より好きだったかも。なんて。これは母さんにはナイショ。母さんは魚料理が美味い。これは是非言っといて。あと、これは秀太にしか頼めねーんだが、俺のパソコンは水に沈めてデータ消せ。マジこれだけは頼んだぞ』
『ははっ』
秀太は泣きながら声を上げて笑った。いつも通りの軽口。いつも通りの笑み。ただ、折れた足の痛みと体を縛る縄だけがいつもと違う。
『任せとけ』
『おう。頼んだ。梓にもオフレコな…………あとさ、お前たち、復讐の鬼みたいにはなるなよ?』
双子はいつものように軽口を叩く裕太に乗せられて咽せながら笑う。上の画面ではクラスメイトが泣き叫んでいる様子が写っていた。
『俺やだぞー、友達が殺人鬼になりましたーなんて。お前らはちゃんと幸せになれ。真っ当に幸せになるんだ。俺のことは、まぁ、忘れないで欲しいけどさ』
裕太という男は誰より強く、誰より大きく、誰よりも優しかった。彼は双子の人生に多大な影響を与えた。
『忘れねーよ』
『忘れないわよ』
この時の返事通り、双子は今に至るまで1日たりとも彼を思い出さなかった日はない。
『へへっ』
この時の彼の笑みを、何度も反芻している。
『ならいい』
その時、タイマーがなった。4分が経過したのだ。あと1分。あと1分以内に決断しなければ両方の部屋が爆発する。
『さて、どうする?』
××××は二つのボタンを手に椅子の上で胡座をかいて左右に揺れている。憎たらしいほどの満面の笑みだった。
『…………裕太の部屋を爆発させてください』
秀太が言った。梓も頷いた。
そうして××××は、
クラスメイトがいる方の部屋を爆発させた。
『…………………は?』
そうして史上最悪の殺人鬼、善の反逆者は生まれた。史上最多の殺人鬼を差し置いて、彼が最悪の名を欲しいままにする所以はここにある。
彼には躊躇がなく、
彼には容赦がなく、
彼には油断がなく、
そして何より美学がなかった。
『なんで、なんでだ!? なんで俺じゃない!? 俺だっただろっ!?』
『なんでって』
××××は立ち上がり、画面に近づき裕太の頬を画面越しに撫でた。
『そっちの方が面白いからさ』
笑みを崩さなかった祐太がついに眼から光を消したのをみて、ゲラゲラと笑いながら××××はこう宣った。
『ようやく面白い男になったな』
双子は声をあげて泣き叫んだ。殴り掛かろうともがくも、足は折られた上に両腕も縛られ、立ち上がることさえできない。首も縛られてしまっている。動くたびに縄は双子の首を絞めた。
『じゃあ許してやるよ』
何を、と聞くまでもなかった。
死を、だ。
――――Booooooooooon!!!!
裕太のいた部屋が爆発した。
『…………なん、で』
秀太が漏らした声に××××はこう答えた。
『そもそも僕は選べとは言ったがそっちしか殺さないとは言ってない』
『ふ、ふざけるなよっ』
『大真面目さ』
そうして爆発音を聞きつけた教師とその後に駆けつけた警察によって××××は逮捕され、双子は保護されるに至った。
「――――――そのあとは、部屋に閉じこもっていた。俺たちを心配した母さんと父さんはカウンセラーも呼んだし、色々手を尽くしてくれた。1ヶ月後、俺たちは部屋を出た」
記事を読んだだけで、あらかた分かったつもりになっていた佑樹は、自分がどれだけ何も知らないのかを思い知った。
「俺たちは、それから暫く高校を休学して、両親とカウンセラーと、他クラスの友達と話してゆっくり過ごした。そして、脱獄事件が起こったんだ――――」
『アイツを殺したい』
脱獄し、無法地帯である北海道以南に××××が逃げたことを知った秀太がはじめに言ったのはその言葉だった。
『北海道を出たいって言ってみる? 母さんと父さんに協力は仰いだ方がいい』
『…………そうだな』
双子は愛されて育った。北海道一の資産を誇る理解ある両親と、優しい友人に囲まれて。
『好きにしていい。お金も、可能な限り支援するよ』
だからこそ、彼らは一つの事実に気づいた。
『お前たちは俺たちの自慢の息子と娘だから。何があっても、その事実が揺らぐことはない』
××××を殺せない。
『愛してる、いつでも戻って来い』
友の仇を殺せない。
『たまには連絡してこいよ』
だって彼らは。
『うぁああああああああああああああああ』
彼らは。
絶望的なまでに
一人じゃないから。
自分たちが一人ではないという事実は、双子を絶望させるのに十分すぎた。甘く、優しく、抗えないほど魅惑的な罠。双子は一人ではないという理由から、自分たちを愛してくれる人々の存在から、××××を殺せないという状況に陥った。
「ま、以上が俺たちのお話だ。さて佑樹、それじゃあ実践編に移ろう」
「は?」
「スラムを見に行くんだ。っと、その前に、何か食べようか」
秀太は立ち上がり、電話でピザを頼んだ。梓はずるずるとコーヒーを飲み続ける。
「腹が減っては戦はできないしね」




