僕の秘蔵セットが火を吹くぞぉ
黄金の都市・鳥取砂丘は陽の光を受けて黄金に輝く都市として北海道にまでも轟く名声を誇っている。2023年度にカーニバルが侵略を進めて以降、鳥取砂丘は西日本における唯一の希望であり、人々の願いの結晶でもあった。
50年前、鳥取砂丘までの辛抱だと、西日本の民はその土地を目指してカーニバルの猛攻から逃げ続けた。その勇姿を讃え、毎年彼らの姿を模した像が砂によって立てられている。
「うわぁああああ、きれーだ! みて、お兄ちゃん!」
「これが鳥取砂丘だ、言ったろ? 綺麗だって」
佑樹一行はついに鳥取砂丘へと到着し、そのどこまでも続く黄金色の砂の上に足跡を残した。今日泊まる三角屋根の宿は、鳥取砂丘を見渡せることで有名で、ミライとの別れのために、特別に高い宿を予約したのだった。
「明日には船が来るらしいわ。それまでは沢山遊びましょ」
「うぉーーー!」
「ミライうるさい」
「佑樹は大人気ないー!」
鮮魚市場や精肉店、八百屋、電化製品店が立ち並ぶ鳥取砂丘は青森県にある猿ヶ森砂丘の集落にも勝る北海道以南最大の集落を形成している。梓たちはミライに美味しいものを買うことと、佑樹とミライに必要物質を買うことを目的に、街へ繰り出した。
「銃でしょ、ガスマスクでしょ、あとは剣か」
「え」
「え?」
「え?」
佑樹は目を瞬かせてだらしなく口を開けた。
「それは一体何用?」
「自決用の銃と対カーニバル用のガスマスクよ、決まってるじゃない」
「……?」
「……?」
佑樹が口元に指を当て、体を右方向に倒したのと鏡合わせに梓も動く。しばしの沈黙ののち、佑樹は爆発的に捲し立てた。
「なになになに怖いんだけど知らない知らない」
今までそんな危険なものにナイフ二本で挑んでいたとは思ってもいなかった。佑樹は、カーニバルが蔓が動き、動物を溶かす消化液を持っているだけの植物だと思っていたのだ。
「消化液に溶かされながら死ぬのは苦しいから自決用。発砲したら引火するかもだから、攻撃に銃は室内でもない限り使えないんだけどね」
「ガスマスクはあれだ、俺たちがつけてるの見たことあるだろ? カーニバルが燃えたら毒ガス出るからさ、一応だ。一回吸ったら幻覚みるんだよ」
思わずへなへなと崩れ落ちる。
「さ、先に教えてよぉ」
無情にも、ミライが拗ねた佑樹の裾を引いた。
「ドンマイ佑樹、煎餅いるか?」
「あーもう! いるよ! どうもありがとう!」
選んだ剣は、刀身が長く、重さのあるもの。拗ねてしまった佑樹の機嫌を取るために双子はかなりの額を奮発したのだった。
「携帯はどうする? なんか希望ある?」
「わからないのでお任せで」
「了解、ミライも?」
「ミライはピンクがいい!」
「オッケー、じゃあ佑樹は空色な」
50年前の科学水準には及ばないまでも、日本は50年前と同等の生活を可能にするために尽力してきた。飛行機は北海道からは飛ぶようになったし、船は便数を大きく減らしたものの運行できるようになった。砂漠地帯の国々やツンドラ気候を持つ国々の活躍は大きい。
「これでいつでも一緒だ」
当時、スマートフォンは、携帯電話は、ラジオは。
「いつでも連絡してこい」
拠り所だったのだ。生きている、生きていた、全ての人々にとって。
「ミライの誕生日のプレゼントよ。明日を誕生日にしたわ。戸籍、作ってもらったの」
「え」
ミライはシャボン玉に触れるように慎重に携帯電話に触れた。
「誕生日プレゼントなんて初めてだ」
双子は喜びの舞を舞っているミライを見て相好を崩し、佑樹は青ざめた。佑樹は何にも用意していないからだ。
むろん、お金など持っていない佑樹にあげられるものなどない。
「佑樹のはボディーガード分の報酬ってことで」
「僕だけ適当すぎでしょそうだな僕はウジ虫野郎だしゲロは吐くし6歳児に同い年みたいにあつかわ――」
「佑樹」
「なんだよミライ」
一人で踊り狂っていたミライは携帯電話を見せた。
「嬉しいな!」
一緒に踊れと言うことらしい。佑樹は苦笑して一緒にミライの自作の曲に合わせてその場でくるくる回った。
「今まででいちばん楽しい」
「ミライ?」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。ミライは北海道に行かないとダメか?」
ミライは躊躇いがちに呟いた。
「あそこにいた奴らに会いたい人はいない」
あそこ、が指すのはスラムであり、ミライの仕事場だったあの場所でもあった。
「ミライはお兄ちゃんとお姉ちゃんと佑樹といたい」
「ダメだ」
秀太はミライの前に跪いて、携帯を握るミライの手をその手で包む。
「危険すぎる」
梓は双子の兄を信じて黙っていた。縋るように梓を見る佑樹に静かに首を振る。
「ミライは幼い。子供には安心できる場所と世界を学ぶ場所が必要だ」
それは、無知な佑樹にも繋がることだと、双子は重々承知していた。言われるまでもなく把握していた。絶望的なまでに知っていた。それでも、彼は身を守る術は知っている。常識が欠落しているなら埋め立てれば良い。
そう、無理矢理双子は納得したのだ。それほどまでに彼らには戦力が不足していた。信頼できる兵隊がいなかったのだ。
「ミライ、その携帯は連絡専用のものよ。向こうであったこと、いつでも連絡しておいで」
「それにな、心配するな。ミライはお兄ちゃんとお姉ちゃんの妹になった。だからいつでも俺たち三人に会えるんだよ」
梓と秀太が順にミライを喜ばせることを言う。ミライは口を開いた人の顔を追っていったから、順番に佑樹を見ることとなった。
(えっ)
佑樹は困ってしまった。何もないからだ。しかし年長者。何にもないなど言えようか。
「あ、あー、そうだ、ミライ」
ミライは期待に目を輝かせている。みていられなくて佑樹は目を逸らした。
「……僕が叶えられる範囲のお願いになんでも答えるよ」
ミライからの反応がない。ミライはそのままの体勢で固まっている。
「なんでもってあれだぞ、北海道行き以外ならなんでも良いんだからなこんなチャンス二度とな――――」
「――――ほんとぉ!」
ミライは文字通り飛び上がって喜んだ。宿に帰ってまったりしたいと言うミライの願いを叶えるべく、午後三時だと言うのに四人は宿へ早々と戻った。
「空飛びたい!」
「えぇ……またぁ……? 僕も上がいいんだけど……」
「ミライアターーック」
「うわぁあああ」
佑樹はミライを頭上に掲げて振り回し、布団に向かって投げては受け止める動作を繰り返していた。
「セミ! 抜け殻! 欲しい!」
「僕の秘蔵セットが火を吹くぞぉ、どれが良い! 手始めに形が綺麗なやつ20個だ!」
「うぉおおおおおおおおお」
「松ぼっくりもある!」
「あ、それはいいです」
「プチプチあげないぞぉ!」
「プチプチぃ!!」
双子は結局1番ミライが喜んだのは佑樹のなんでも言うことを聞く権利だったことに一抹の悔しさを覚えつつ、二人のことを見守っていた。
「やっぱ精神年齢が近い奴には勝てないのか……」
「くっやるわね佑樹」
「褒めてないよねぇそれぇ」
しかし双子にも切り札があった。
「ミライ、ここの屋上もね、私たち貸し切ってるの」
「水風船、してみたくないか?」
「なにそれー!」
「なにそれぇ……」
双子の手をそれぞれ掴んで、ミライは双子に持ち上げられつつジャンプしながら屋上へつながる階段へと向かう。佑樹はいそいそとスケッチブックと色鉛筆を持ってその後を追った。
「佑樹! はやく!」
「はいはいしょーがないなぁ」
組み分けを変えて、その日はミライが満足するまでずっと水風船を、泥団子を、プチプチ潰しをやり続けた。
「あ、そっか」
佑樹は、スケッチブックのリング金具に残った紙の端を人差し指で取り除いた。
「ミライ、もう行っちゃったのか」
別れには、佑樹が描いた四人の似顔絵と、四人で遊んでいる絵を渡した。誕生日プレゼントとして。その時に千切った紙の端だった。
――――バコンッ
背中に痛みを感じて振り返ると、秀太が仁王立ちで佑樹の携帯を掲げていた。
「勉強すんぞ」
「え」
「子供には安心できる場所と世界を学ぶ場所が必要だって言ったろ」
「うん?」
「佑樹もその対象だ」
8月ももう終わる。北海道であれば学校が始まる時期だった。佑樹も漏れなく、勉強地獄へと片足を突っ込んだのである。




