第2章 第3話 ファン
額に手のひらを当てた独特の挨拶。えーと、由比ヶ浜琴ちゃん……俺のことを先輩と呼んでいたから新入生だろうか。なんかその前に変なこと言ってたけど。
「ことことこ?」
「ことここと!」
「ととこここ……?」
「ことここと! 『ことこ』ことです! ことこって名前でアクセラーとして活動してます! 先輩ほどじゃないですけどちょっとは有名なんですよ?」
そう言うと由比ヶ浜さんはスマホの画面を見せつけてくる。……なるほど、『ことこ』というアカウント名だ。そしてフォロワー数は100万人を突破している。持本の5倍以上……まぁ俺の5分の1だが。
「君のことはわかった。で、なんで俺のこと知ってるの?」
「言ったでしょ? 先輩の古参ファンなんです。先輩だいぶネットリテラシー低いから特定は簡単でしたよ。それでちょっと炎上してたから大丈夫かなーって声掛けました!」
ネットリテラシーが低いか……その通りだ。俺はネットに明るくない。歩夢さんも軽く青葉にまで辿り着いてたし、特定は容易なのだろう。
「ファンなのはありがたいけど……誰にも言わないでくれると助かる」
「言いませんよー。でもその代わり一つお願い聞いてくれませんか?」
「まぁ……軽くなら」
「よかった! 青葉ちゃんとコラボさせてくれませんか? 先輩の家に行ってみたいです!」
「断る」
「なんでですか!?」
なんでですかって……当たり前だろ。ネットリテラシーは低いかもしれないが、それが危険な行為だってことくらいはわかる。
「まず君が何者か知らない。知らない人を家にあげるわけがない」
「1年の由比ヶ浜琴です! フォロワー数100万人ですよ!? 日本人の上位0.1%には入ってる有名人です! 変なことはしませんよ!」
「次にコラボするメリットが一つもない」
「あるでしょそれは! わたし若者向けの活動してるんですけど、おもうとさんとはファン層が違いますよね? お互いのフォロワー数を増やすチャンスじゃないですか!」
「別にこれ以上有名になる気はないよ」
「それは……おもうとさんはそうですよね……」
どうやら俺たちのファンだということは本当らしい。こっちのスタンスを理解してくれているようだ。ならこれもわかってくれるだろう。
「これが一番大きいんだけど……青葉のテンションが爆上がりする」
「? それは別にいいんじゃないですか?」
「そうじゃなくて……君を家に連れ込んだら、青葉は俺と君をくっつけようとすると思う」
「そうですかね? 先輩も病気レベルですけど青葉ちゃんもだいぶブラコンだと思うんですけど。もしかしてほんとにビジネス兄妹なんですか!?」
「いや……俺たちは普通のシスコンブラコンじゃない。お互いの幸せが一番なんだ。俺だって青葉に彼氏ができたらと思うと狂いそうになるけど……それで青葉が幸せになるなら死ぬほど応援する。青葉だってそれは同じ。君みたいなかわいい女の子が相手だったらたぶんめちゃくちゃ張り切るんと思うんだ」
「かわ……! ……先輩意外と素直ですよね……そういうところもウケた要因だと思いますけど」
「だから君に迷惑がかかる。コラボをする理由がない」
「確かにそれは困りますねぇ……」
……そんなに一瞬で納得されるとそれはそれで傷つくな……別にいいけど。
「じゃあこれだけアドバイスさせてください。先輩もっと身バレに気を遣った方がいいですよ。先輩が思ってる以上に、先輩は有名人ですから」
「……どういうこと?」
「有名税ですよ。有名になればなるほど、周囲からの嫉妬や妬みは激しくなります。特に先輩みたいな……言ったら悪いですけど他人の評価で成り上がった人は。わたしくらいのファンになれば先輩にも好意的ですけど、傍からは青葉ちゃんの評価で有名になってるおこぼれって感じにも映りますからね。実際アンチは結構多いです。だから先輩みたいな陰キャがおもうとを動かしてる人だってバレたら……ちょっと、危ないです」
「……そうだな」
それは俺が一番よくわかっている。有名になることのリスクは……俺が一番。
「先輩の正体がバレるのは時間の問題です。既に佐藤という苗字の上級生がおもうとだっていうのは有名な話。口の軽い人が辿り着いたらそれが最期。先輩は羨望と嫉妬の入り混じった感情に晒されます。もちろんファンなんで守りたいですけど……限界はあります。自分の身は自分で守ってくださいね。それじゃあわたしはこれで……」
「ちょっと待った」
別に信頼したわけじゃない。そんなに俺はチョロくない。でもここまで言ってくれた相手に何もしないというのは……失礼だろう。
「いいよ、コラボしよう」
それにメリットが一つあることに気づいた。
「俺は情報に疎い。友だちが全くいないから。だから俺に害を与えようって人を見かけたら教えてほしいんだ。それが条件だけど……大丈夫か?」
「おけおけです! 元々そうするつもりだったので! うわー、楽しみです! 今日の放課後でいいですか!?」
「うん。まぁ青葉に確認とってからだけど」
「やったー! じゃあ放課後ここ集合で! きゃっほー!」
喜び踊る由比ヶ浜さんを見て一度息をつく。この時の俺は知らなかった。これが後に起こる大事件のきっかけになるなんて。この時の俺は、まったく気づきもしなかった。
ということで第2章本格スタートになります! 楽しみ方は人それぞれですが、誰が味方で誰が敵かを想像して読んでいただけたらと思います。
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