第2章 第1話 警察
「このことは妹には黙っててください!」
かっこつけて持本に格の違いを見せつけたその日の昼休み。俺は情けなく涙を流しながら女性に縋っていた。だがこうせざるを得ない理由があるのだ。なんせ相手は……。
「その反応! やっぱりあなた持本さんを襲ったでしょ! 警察官の目はごまかせないんだから!」
持本にはネットの炎上は現実とは関係ないと言ったが、よく考えてみたら今回はラインを超えていた。なんせ女性を襲った疑惑。明らかに犯罪。そりゃあ当然警察が動く。動くはずだが……こんなにも早いものだろうか……一応俺の正体は世間にはバレてないはずなんだが……。いやそんなことを考えている場合ではない。
「妹に心配かけたくないんです……! このことはどうか内密に……!」
「どう聞いてもやってる側の謝罪……やっぱり犯人……!」
「いやほんと違くて……ああああああああ!」
「やってない人が発狂なんてするはずないでしょ!?」
駄目だ……何を言っても犯人臭さが拭えない……! でもそれも仕方ないとわかってほしい。突然昼休みに職員室に呼び出されたと思ったら警官がいて、校門前のパトカー内で二人っきりで詰められてるんだ。それにこの釜原という新人っぽい女性刑事は既に俺を犯人扱いしている。こんな状況で冷静でいられるはずがない。
「俺は妹以外興味ないんです……! 持本なんか襲うはずないじゃないですか……」
「それはそれで犯罪っぽい……絶対犯人……!」
「はいストップ。その子は無実だよ」
突如としてパトカーが開き、俺を擁護する声が車内に響く。そう言って入ってきたのは三十代半ばくらいのスーツを着た女性。確かに歳は重ねているが、この美人……間違いない。
「歩夢さん……?」
「ひさしぶり、赤司くん」
やはりそうだ。葦原歩夢さん。会ったのは5年ぶりくらいだろうが、見間違えるはずがない。それにこの人が関わっているなら、警察の動きが早いのも納得がいく。
「先輩! 無実って一体……」
「持本貴子が自供した。やっぱり嘘だってさ」
歩夢さんが指をさした後ろにはパトカーではない普通の車が。そしてその中には俯いて顔を覆っている持本の姿がある。なるほど、同時に話を聞いていたのか……。
「ていうか先輩! この容疑者と知り合いなんですか!?」
「十年来のね。聞いたことあるでしょ? 漫画家と歌手の夫婦殺害事件。その被害者のお子さんだよ」
助手席に座った歩夢さんが煙草に火をつける。この匂い……懐かしい。当時子どもだった俺たちの面倒を見てくれたのがこの歩夢さん。さすがに子どもの前で煙草を吸うことはなかったが、微かに鼻に残っていたこの香りは当時の記憶を思い出すのに充分だった。
「ごめんね赤司くん。こいつ思い込み強くてさ。警察嫌い悪化しちゃったかな?」
「いや別に……それに嫌いってわけじゃないですよ。悪いのは犯人を見つけられない警察じゃない。両親を殺した犯人なんで」
「相変わらず大人だね。いいんだよ、私には本音で語って。そうそう、被害届出す? 個人的なことを言うのはタブーだけど、かなり悪質だと思うんだけど」
「いや……いいですよ。面倒ごとは避けたいんで」
確かに持本への怒りはあるが、あいつも人気アクセラー。それと事を構えるとなるとバッシングは免れない。そうなった時実際に被害に遭う可能性があるのは青葉だ。ネットの怖さは今回身をもって感じた。持本もさすがにこれ以上変なことはできないだろうし、ここはスルーでいいだろう。
「そんなことより青葉の周辺の見回りしてください。うちの妹は有名人なんで」
「有名人だからって特別扱いするわけないでしょ!?」
再び噛みついてくる釜原さん。俺が犯人じゃないとわかったはずだが……まぁいい。この新人警官に現実を教えてやろう。
「有名人は特別扱いするべきですよ。それだけ危険が多いんだから」
「それは有名税ってことで多少仕方な……」
「俺の両親は。有名だったから殺されました」
両親が殺されたのは自宅でのこと。当時俺と青葉は親戚の家にいたから無事だったが、うちからは金目のものや現金も盗まれていた。はたして両親が漫画家や音楽家じゃなかったら、あの事件は起こらなかっただろうか。おそらくそうではない。俺の両親が死んだのは、有名だったからだ。そして俺も、青葉も。その領域に踏み入れてしまい、実際に被害に遭った。
「青葉が殺されたら、俺は犯人を殺します。そしてそれは止めようとする人も同じだと思う。だから何かあった時は迷わず俺を撃ち殺してください。じゃないと歩夢さんであっても、たぶん殺しちゃうから」
俺は嘘をつかない。どうシミュレーションしても、犯人を殺さないわけがない。青葉がいなくなってしまったら、俺が生きている意味もない。そうしない理由がないんだ。
「この子の目……やっぱり何かしらの犯罪に関わってますよ。私が見たことのある犯罪者と同じ目をしています。ちゃんと捜査を……」
「そうならないために警護してくださいって言ってるんですよ。そして俺はあなたに言ってない。三下は黙っててください」
「なっ……! 侮辱罪! 公務執行妨害! 逮捕逮捕逮捕……」
「落ち着け釜原」
割と強めの拳が釜原さんの頭に降り注ぐ。そしてそれとは逆の手にあった煙草の火を消し、最後に煙を車外に吐き出す。
「私の一存で決められるわけじゃないけど、善処する。でも限界があるから、不安ならオートロックのマンションとかに引っ越した方がいいよ。まだ当時の平屋……両親が亡くなった家に住んでるんでしょ? お金は入っただろうし……」
「数少ない両親との思い出をこれ以上捨てさせるつもりですか?」
「いや、ただのアドバイスだよ。それと……まだ私は諦めてない。必ず犯人を見つけてみせるから……」
「いいですよそれこそ。今さら犯人が見つかっても面倒なだけです。もうこれ以上俺たちの平穏を脅かさないでください」
嘘をつくことはしていないが、両親のことだけはただの事故死ということにしている。本当に嫌なんだ。これ以上青葉が傷つくのは。
俺たちはどこまでいっても被害者。何をしようとかわいそうという視線で見られる。でも俺たちは幸せなんだ。青葉との幸せだけは誰にも否定されたくない。
「最後に一つ聞かせてほしいんだけど……もし犯人が見つかったら、どうしたい?」
「そうですね……」
パトカーを出ようとした俺に歩夢さんの心配そうな声が届く。そんなの、一々言うことすらも面倒だ。
「殺したいけど殺したら青葉に迷惑がかかるんで。俺の目の前で、俺とは関係なしに、後悔しながらぐちゃぐちゃに死んでほしいです」
正直にそう答え、俺はパトカーの扉を閉じた。
ちょっと暗い感じでスタートした第2章。次回からは第1章の作風に戻るので安心してください。よく考えたら持本さんのやったこと普通に最悪だなと思い入れさせていただきました。
そしてたくさんの応援ありがとうございます! もっと応援してくださるとやる気が出るのでぜひぜひ引き続き応援のほどよろしくお願いいたします!!!!!