第1章 最終話 数
「おはよう、赤ちゃん」
翌朝。教室の自席で青葉とのチャットを楽しんでいた俺のもとにやってきた持本は、ニヤニヤ笑いながら俺の机の上に腰掛けた。
「……そのあだ名、あんまり好きじゃないんだけど」
佐藤赤司だから赤ちゃん……だけではない。アクセスをやっていないなんて赤ちゃんくらいだってことで侮蔑としてつけられたもの。気に入るわけがないが、それでやめるならとっくにこのあだ名は廃れている。
「だって赤ちゃんでしょ。ちょっと炎上したくらいでビビって更新やめちゃってんだから。ネット世界で生きていくならちょっとのことでへこんでちゃ駄目だよ? 赤ちゃん」
相も変わらず赤ちゃんと呼び続ける持本。まぁ言っていることは間違いないな。昨日あれから更新していないのも、ちょっとのことでへこむわけにはいかないのも事実。ただ唯一間違っているのは。
「俺は別にへこんでないけど」
「強がっちゃって。ネットニュースにもなってたでしょ? 人気アクセラー、おもうとがクラスメイトを襲った疑惑!? って。あ、売名させてくれてありがとねー」
「大きな声出さないでくれるとありがたいんだけど。あんまり俺がおもうとだってバラしたくない。妹に迷惑がかかるから」
「あたしの配信見てないの? 妹妹キモいんだよシスコン。これを機に妹離れしたら?」
上機嫌ながらもきつい眼差しが俺を突き刺す。それすらも家族と比べたらどうでもいいが。
「俺の父親は漫画家だった」
正直言うと両親の記憶はほとんどない。亡くなったのは約10年前。俺が小1で、青葉が3歳の時。
「は? いきなり何言ってんの?」
「俺はよく知らないけどそれなりに有名だったらしい。アニメ化もして、その時主題歌を歌ったのが母親。それがきっかけで二人は結婚したんだと」
10年前。俺の両親は殺害された。犯人は今も、見つかっていない。
「殺された時はそりゃ大騒ぎだった。子どもだったけど覚えてるよ。毎日記者が押しかけて、たいして仲良くないはずの近所の人が憐れんできて、ファンからの手紙もたくさん届いた。1ヶ月間はな」
悲しむ間もなく襲ってきた祭りのような騒ぎは、両親の死を受け入れられるようになった時には凪のように収まっていた。
「何でもそうなんだよ。どれだけ人気だろうが、どれだけ愛されていようが、いつか忘れられる。そしてそのいつかは決して長くない。別に持本の考えを否定するわけじゃないけどさ、俺はただの数字に拘るつもりはない。俺にとって大切なのは、いつかが来ない相手だけだ」
顔を上げてみる。俺を蔑み、見下していた瞳は怒りに濡れていた。
「なに? 有名になるのは無駄だって言いたいわけ?」
「いや別に。俺は関係ないってだけだよ」
「さっすが超人気インフルエンサーおもうと様。言うことがかっこいいねー!」
「ちょっと声がでかい……」
「調子乗ってんじゃねぇぞクソ陰キャ!」
「ぐっ……!」
机の上から降りた持本は、そのまま慣れた手つきで俺の胸倉を掴む。まぁこうなるだろうとは思ってたし、こうなるのは慣れている。反撃するのは初めてだが。
「有名になるのは無駄なんかじゃない。数は力だからな。ところでネットニュースのリプ欄とか見たか?」
「あ!?」
新しいクラスになったとはいえ、俺がいじめられて、持本がいじめるのは特段違和感のある光景ではない。クラスメイトたちの視線は俺たちに集まっていたが、もう興味がなくなっている。だったら問題ない。
「俺は妹が大好きなんで。妹のかわいかったエピソードとかよく語ってんだよ」
「それがなに……」
「俺と妹の関係がビジネス? ありえないだろ。矛盾してるんだよ全部。俺は本当のことしか言わないことも。お前が言っていたことが嘘だってことも、みんなわかってる」
「は……!?」
持本と俺のフォロワーではタイプが異なっている。中高生に人気のある持本に対し、俺のフォロワーは青葉に釣られた男性や、家事のネタに共感してくれる主婦層。そしてネットニュースに反応するのは、どう考えても後者だ。そして何より、絶対的に数が違う。
「自分のフォロワーに慰めてもらって満足して気づかなかっただろ? 炎上してるのは俺じゃない。お前の方だ」
そう教えてあげると、持本は俺の服から手を放して自身のスマホを確認する。そして徐々にその腕が震えだした。
「まぁ安心しろよ。ちゃんと俺もダメージを負っている。俺が512万人から502万人。そっちは32万人から22万人。ちゃんと受けた被害は一緒だよ」
持本の生放送の結果、俺も持本も10万人のフォロワーが消えた。ただし元の数が違うし、何よりフォロワーが減ったところで何とも思わない。
「ぁ……終わった……せっかく30万まで行ったのに……人気が……あたしの人気が……人生が……」
「大丈夫だよ。いくらネットで炎上しようが、現実で死ぬわけじゃないんだ。全く問題ないだろ?」
現実の俺の言葉が聞こえず、ネットに綴られる罵詈雑言に震える持本。その姿を見ると、やはり俺の考えは間違っていないと実感するのだった。
これにて第1章終了になります。第1章というよりプロローグ的なお話でしたが。なので正式な持本さんへのざまぁはまた今度ということになりますが、とりあえずこんな感じで進めていきたいと思います。
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