第3章 第4話 事実
「歩夢さん歩夢さん! おにぃの料理おいしいでしょ!」
「そうだね。これならいつでもお嫁さんにいけるよ」
「もう歩夢さん! おにぃは男の子なんだからお婿さんだよ」
俺、青葉、ことこ、歩夢さん。謎メンすぎる夕食だが、くだらないことを言いながらも楽しそうにしている青葉を見るとそれでもいいかと思ってしまう。ちなみに今日の献立はチャーハン。パパっと作れるし、味付けで印象もかなり変わるし、残り物を消費できるしいいことづくめの料理だ。
「それにしても赤司くんにこんなかわいい彼女がいるなんてね。さすがにびっくりしたよ」
「いえ彼女では……あの冗談でもやめてください。炎上しかねないので」
「そっか、最近の子はみんな炎上とか気にするもんね。ごめんごめん」
知らない人といるせいか小さくなっていたことこに気を遣って歩夢さんがふざけたことを口走る。歩夢さんももう三十半ば。こういうのは慣れないのだろう。俺も慣れないが。
「いやほんとにおいしかった。赤司くん、ごちそうさま」
「お粗末様」
チャーハンを食べ終えた歩夢さんが挨拶をし終え、そわそわとしだす。それに目ざとく気づいた青葉が椅子から立ち上がって換気扇を回した。
「歩夢さん、ごめんだけど煙草吸うならこの下でお願い! おにぃ煙草の臭い苦手だから」
「あぁごめん気を遣わせちゃった? でもごめんやっぱりご飯食べた後はどうしてもね……」
青葉に促された歩夢さんがそそくさと換気扇の下に移動する。子どもの頃からお世話になっていた大好きな歩夢さんの役に立てた青葉は得意げだが、ことこは喫煙者の生態に引いている。やはりどんな状況でも煙草は我慢できないんだな。
「青葉ちゃん、幸せそうだね」
「うん! だって歩夢さんはあおはたちの親みたいなもんだもん! おにぃも久しぶりに会えてうれしいよね?」
「いや俺は最近も会ったしな……」
親みたいなもんか……。まぁ青葉がいいならいいが。
「じゃあ私そろそろ行くよ。ここに来たのもパトロールのついでだし、釜原も待たせてるしね」
煙草を吸い終えた歩夢さんが荷物をまとめ始める。ほんとにこの人飯食って煙草吸っただけだな……。
「えー! 歩夢さんもっと一緒にいようよ!」
「ごめんね、仕事残ってるから」
「ぅぅ……。じゃあパトカーまで送ってくね! おにぃも行くでしょ?」
「いや俺はいいや。ことこもいるし」
「わたしのことは気にしないでいいですよ。おとなしく待ってますし、家の中にいられるの嫌なら帰りますし」
「大丈夫だよ。歩夢さん、青葉をお願いします」
このタイミングなら大丈夫だろう。そう判断した俺は青葉と歩夢さんを送り出す。
「あ……」
そして玄関の扉を開いた時。おばさんたちと帰ったはずの黄花がインターホンを押そうとしてるのが目に入った。
「なんでまだいんだよ」
「いやその……スマホ忘れちゃって……」
普段嘘ばっかりついている黄花だが、これは事実だ。さっき床に誰かのスマホが落ちていたのは確認している。
「ちょっと待ってろよ、取ってくるから」
「ごめん……お願い……」
普段よりテンションの低い黄花を玄関に待たせ、スマホを持ってくる。帰ってきた時には青葉と歩夢さんの姿はなく、やはり気まずそうにしていることことなぜか顔を青くしている黄花が玄関で向き合っていた。
「ほらスマホ。何も弄ってないから安心しろ」
「うん……ありがと……。それと……これ嘘じゃないんだけど……」
一度後ろを確認し、誰もいないことを確認した黄花が、言う。
「赤司たちの両親を殺したの……さっきの女の人だと思う……」
その言葉を聞き動いたのは。
「ちょっと! 言っていい嘘と悪い嘘もわからないんですか!?」
俺たちと全く関係のないことこだった。
「これはほんとなんだって! 十年前見たんだよ! 事件現場であの人が隠れてコソコソしてるの……。さっき見てはっきりわかったの! あの人が犯人だって……!」
「帰ってください! 本当に失礼ですよ!?」
ことこが黄花を無理矢理家の外に放り出し、鍵を勢いよく閉める。本当にいい奴だな……この子。
「まったくあの嘘つきは……。わたしああいう人ほんと嫌いなんですよ……」
「ことこ、ちょっとこっち来い」
ことこの意思も聞かず、俺は案内する。俺の両親が殺された現場へと。
「この客間。ここで両親は包丁で刺されて死んでいた」
「…………」
十年前から何も変わらない。うちで唯一の和室を歩いていく。だから臭いなんてするはずがないのに。どうしても十年前の記憶が……感覚が。呼び起される。
「先輩……なんで突然……」
「青葉には黙ってろよ。あいつは何も知らない。何も知らなくていいんだ。青葉が、幸せに生きていけるなら」
困惑することこをよそに、押し入れを開く。何枚もの歩夢さんの写真。そしてそれを突き刺す何本もの包丁が蠢く密室を。
「確証はない。証拠もな。それでもあの煙草の臭いは、間違いなく家の中に残っていたんだ」
だから断言できる。
「俺の両親を殺したのは歩夢さんだ」