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第3章 第1話 嘘

「ぉぉー……」



 地下室で一曲奏で終えた俺に、ことこが小さく感嘆の声を漏らす。その手にはビデオカメラがあり、俺の全身を映している。



「この前の生放送のアーカイブでわかってましたけどほんとにベースうまいんですね……」

「まぁ10年も弾いてればな。それにベースが良いからってのはもちろんだし上には上にいて……ほらこのアクセラー! フォロワー数は多くないけどかなり上手い。難しい技術をサラッとやってるんだよな……俺もできるけど結局ソロ向けじゃないっていうか……有名バンドのベースのコピーだからさ。一人でベースを目立たせるってのはどうにも……」

「はいはい。先輩がベース大好きなのは伝わりましたよ」



 ことこが呆れたようにため息をつきカメラをしまう。なんかそんな反応されるのは不本意だ。



「でも意外です。突然顔出しするようになるなんて」

「別に顔出しが嫌だったわけじゃないよ。俺なんかを映すくらいなら青葉を映したかったし、料理も裁縫も手元だけ映せればいいからな。今までは出す必要を感じなかっただけ。今は顔を出す必要があるからやってるだけだ。もっとも、本当ならアーカイブ削除するつもりだったけど」



 怒りや窮屈さ。そういった暗い感情から解き放たれるためだけに始めた生放送。これが意外と好評だった。冷静になってみれば俺みたいなのが兄だって知られたら青葉がかわいそうだと思ったが、楽器効果もあってか。好意的なコメントが多かったし、フォロワー数は持本に減らされた分を取り返し上回った。



「あーあ、また差開いちゃったなぁ……。先輩武器多すぎ。弾いてみた系これから上げてくんでしょ?」

「いや、別に俺のベースは他人に聴かせるものじゃないから……」


「じゃあなんでわざわざわたしを呼んだんですか? わたしだって暇じゃないんですけど!」

「それは……ごめん……」



 そう。今回ことこを家に呼んだのは、完全に俺の意思。俺が来てほしいから来てもらった。その理由はただ一つ。



「おにぃ、そろそろ到着するって」

「ああああああああっ!」



 生まれて初めてのことだ。青葉の声を遮ってベースをかき鳴らしたのは。音が低すぎて全く効果がない。



「誰かお客さん来るの? 青葉ちゃん」

「はい。家の場所も特定されちゃいましたから、これからのことを話しに。一応の育ての親……親戚が来ることになってるんです」


「それでなんでわたしを呼んだの?」

「ごめんなさい、おにぃこう見えて寂しがり屋だから一人は耐えられないんですよ。ことこさんのこと結構信頼してるみたいです」


「へぇ……。先輩、かわいいとこあるじゃないですか」

「うるさい黙れ……」



 それに信頼してるわけじゃない……友だちがいないから。青葉の次に親しいのがことこなだけで特別ってわけじゃない。そう指摘したいが、このニヤニヤしていることこにそう言うのはなんだか照れ隠しみたいでそれはそれで嫌だ。



「でもなんで親戚に会うだけでそんなに……」

「親戚が嫌な奴だからだよ……それ以外にないだろ」


「そんなに嫌いなんですか?」

「ああ嫌いだね。ああいう奴が世界で一番嫌いだ」


「どんな人なんですか?」

「全員嫌いだけど一番嫌いなのはあいつ……俺と同い年のいとこ。友だち1万人いて、イケメンの彼氏がいて、勉強も運動も完璧。最高の人生を送ってる奴だよ」


「あぁそれは……なんだかんだみんなあんまり好きじゃなさそう」

「まぁ会ってみればわかるよ……」



 なんて話していると。防音室なのにもかかわらず、うるさい足音が地下室にまで伝わってくる。本当に嫌だ……なんでこんな自己顕示欲が強いんだ。



「ひさしぶり、赤司。ずいぶん人気みたいね。フォロワー500万人なんだって? 中々やるじゃない」

「……黄花」



 自身に満ち溢れた顔と声が俺の地下室に襲来する。佐藤黄花(さとうおうか)。こいつの次の言葉はわかりきっている。



「まぁあたしはフォロワー1000万人超えてるけどね!」



 ……俺も一応アクセラー。学生の1000万人超えが存在しないことはわかっている。それくらいの常識を、堂々と無視してきた。そう。こいつは。



「お前みたいな奴をフォローする人間がいるわけないだろ……」



 友だちもいなければ彼氏ができるわけもない。勉強も運動も、何一つやる気を出そうとしない。なのにさっきの言葉を堂々とプロフィール欄に載せるイカレっぷり。



 つまり佐藤黄花という人間は、自分を良く映すためだけに騙る、稀代の大噓つきなのだ。

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