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第2章 最終話 嫉妬

「うわ来た……」



 教室に帰ってきた俺を出迎えたのは、ひそひそとした大声だった。



「あの広い家だろ? 貧乏っての絶対嘘だよな……」

「そうやって同情引いてんだよ。有名になるのに親の死を利用してんだって。やってること最悪だよな」

「妹出してんのも自分を守るためだろ? 何か大事みたいに言ってるけど結局全部利用してるだけじゃん。さいてー」

「ていうか妹出してイラスト描いたり家事するだけのアカウントで500万ってありえなくね? あんな高級楽器買ってるくらいだしフォロワーも買ってるんだろうなぁ」



 俺が自分の席に近づいていくと、ちょうど離れた地点から悪口が聞こえてくる。この情報を作った人物はこれが目的だったのだろう。既に話は盛られ、俺はだいぶ性悪人間に変換されている。これがネットに流れたらもっとひどいことになることくらい、ネットに疎い俺にだってわかる。



 現実でもネットでも居場所がなくなり、家が特定されるのも時間の問題。そんな俺が頼るべき存在は一つ。そして俺と青葉は、殺される。10年前の両親と同じ状況だ。



 俺も詳しいことは知らない。だが当時の新聞記事やネットニュースを見る限り、今とほぼ同じ状況が両親にも起きていた。よくわからないことで炎上し、家を特定。助けを求めて数日後、殺された。いまだ捕まっていない犯人に。



 証拠はない。だが確信している。10年前の犯人と、今の状況を招いた犯人は同一人物だと。さてここからどうするか。実際問題それ以外に俺と青葉が打てる手はない。完全に追い込まれている。殺されるとわかっていても、そうせざるを得ない事情が俺たちにはある。まぁその結末は仕方ないとして。途中式くらいは乱してやるか。



「うちはずっと貧乏だったよ」



 自分の席でそう口にすると、悪口に満ちていた教室に静寂が訪れた。



「確かに金はあった。親の貯金や生命保険。通帳には9桁の数字が刻まれてたよ。でもそれを使えるか? 未成年の俺が。引き取りながらも家には入れなかった親戚に握られてたよ。必要最低限の金だけ送られて、二人きりであの広い家にいた」



 静かになった教室に俺の声だけが響く。別に好きなだけ悪口を言ってくれて構わないが、否定するところは否定させてもらう。青葉の人生を嘘だなんて言わせてたまるか。



「親の死を利用してたのは事実だよ。俺たちの人生を語るには、嫌でもあの事件が付きまとってくるからな。話さないことには今の状況を説明できない」



 誰が好き好んで親が死んだことを話すか。それで人気になって何だというのだ。



「妹を利用してる? ふざけんなよ。俺は青葉との記録を消えないネットに残してるだけだ。それを勝手に覗き見て勝手に騒いでるのはお前らだろ。SNSってのはそういうもんじゃないのかよ」



 俺はいつだって青葉のために生きてきた。誰が否定しようと、俺はそうやって生きてきた。



「青葉の絵が上手いのは努力してきたからだ。俺の家事がバズってるのだって同じだよ。これまでの人生で、経験を重ねてきたから他人から評価されるんだ」



 俺は立ち上がり、教室の後ろへと歩いていく。



「有名人なのに煽り耐性なくない? やっぱあいつさ……」

「柿本、ベース貸してくれ」

「……へ?」



 柿本杏(かきもとあんず)。去年から同じクラスだった、軽音楽部の女子だ。だが喋った記憶は一つもない。お互い何も思っていない、ただのクラスメイト。だから他人事のように悪口を吐いていたのだろう。



「ぁ……は、はい……」



 だからまさか自分が話しかけられるとは思っていなかったんだろうな。いざ名指しされると、陰キャのように小声で控えめにベースを差し出してきた。



「ありがとう。ついでにこれで生放送してくれ」

「生……えっ!? はぁっ!?」



 そしてその代わりにスマホを渡すと、死ぬほど狼狽えて見せた。



「どうした? みんなやってることだろ、こんなこと」

「だ……だって500万……」

「……そういうことだろ」



 俺は有無も言わせず生放送を開始させ、初めてカメラの前に立つ。だがなんてことはない。緊張だってするはずない。だってこれは俺にとって当たり前のことだ。



モブ共(お前ら)はいつだってそうだ。何も知らないくせに、いつだって有名人(俺たち)を叩く。まるで俺たちが何も努力してないかのように。自分たちとは違う特別な存在だと。同じ人間なのに、完璧を求めてくる」



 チューニングがずれている。弦が緩んでいる。ひどいベースだ。俺なら30秒で直せるのに、あいつはそれすらしようとしない。



「俺も青葉も父さんも母さんも。ずっと努力してきたんだ。金やちやほやされるために努力してきたんじゃない。ゴールまでの過程で、有名にならざるを得なかったんだよ」



 いいや、俺だけは違うか。俺のベースだけは、夢のための努力ではない。ただの執着。だから弾いてみせたくなんてなかった。でもこの場では俺がふさわしい。こんな奴らに本気を見せるのは、俺なんかで充分だ。



「なんでみんなそんな嫉妬してるの? お前らが底辺で雑音を喚いてるのは、何も積み重ねてこなかったからだろうが。お前らに嫉妬なんてする資格はないんだよ」



 チューニングは終えた。後は奏でるだけ。



「お前らが何をしようが、俺たちのやることは変わらない。やりたいことをやるだけだ。だから絶対に、俺たちの邪魔はさせない」



 そして俺はベースを弾く。安物の楽器。アンプもエフェクターもない。そもそもが他人を支えるベースだ。たいした音は奏でられない。



「……ふぅ」



 それでもこいつらを黙らせるには、俺の実力で充分すぎた。それほどまでに、格の違いというものが存在していた。



「俺は死なないぞ……絶対に死なない。青葉のために、死んでたまるか」



 どれだけ途中式を乱そうが、現状は無力。俺と青葉の行き先は決まっている。でも諦めない。こんなところで終われない。



 そう決意を固め。俺と青葉は、世間体の家族。親戚たちと再会することになった。

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