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藍里と愛唯

「具合は――」

 そう尋ねてみようとしたその途端、彼女は手提げ袋からハンカチだけを取り出し、無言で手提げ袋と飲料水を僕に手渡した。そして、急に立ち上がったかと思ったら、口元にハンカチを当てながら、ヨロヨロと公園のトイレに駆け込んでいった。僕は女子トイレの前で途方に暮れた。

 ――どうやら彼女は嘔吐しているようだ。ここまで苦しそうな声が聞こえてくる。


 しばらくすると、女の子がハンカチで手をふきながら、ゲッソリとした顔をして出てきた。彼女は和装が汚れていないかを頻りに確認している。僕は何事もなかったかのように手提げ袋と飲料水を手渡した。

 すると、女の子は僕から手渡された飲料水を一口飲んでから深呼吸をして落ち着こうとしていた。


「大丈夫?」

 僕がそう聞くと、彼女は答えた。 

「本当にごめんなさい。この後、お友達と初詣に行く約束をしていたのだけど、『行けそうもない』って伝えて、今日は家に帰ることにします――」

 続けて女の子が別れの挨拶をしようとしたので、言葉を遮るように僕は――

「それなら家まで送っていきましょうか? ご迷惑でなければ……」

 僕がそう伝えると、彼女は――

「え、本当ですか? 一人で帰るのは心細かったのでうれしいです……。私、『海風うみかぜ 藍里あいり』っていいます」

「あ、僕は鳳城 さとり。よろしく」

「うん、よろしくお願いします。鳳城さんって2年2組の方ですよね。私、4組なんです!」

「今日はその髪型で気が付かなかったけど、学校で君を見かけたことがあるような気がする」


 僕らは自己紹介して彼女の家に向かった。本当は和装を緩めてあげたかったのだが、やり方もわからないので断念しつつ、時々ふらつく藍里を支えながら歩みを進めた。やがて、彼女の家が見えてきた。

 

 彼女の家に着くと、僕たちは玄関の前で別れの挨拶をする。

「送っていただいて本当にありがとうございます。このご恩はいずれ――」

「いや、そんな、気にしなくていいから」

 僕は、そんな彼女のかしこまった発言に対して軽く答えた。すると――

「もしよかったら携帯電話の番号とメールアドレスを交換しませんか? 後日、何かお礼をしたいので」

「是非――」

 僕は即決し、お互いのアドレスを交換した。すると、彼女は携帯電話を見ながら声を上げた。

「あ、忘れてました! 友達にキャンセルの連絡をしないと……」

 彼女は慌てて、その手に持っていた携帯電話を使ってキャンセルを伝えていた。


「今日は本当に助かりました。もう、感謝の気持ちでいっぱいです。体調良くなったらメールしますね」

「うん、お大事に」

 僕がそう告げると彼女は弱々しく僕に微笑み、家の中へと入っていった。

 本日、二人目のお大事に。


 ――ふと、携帯電話の画面を見るとメールの着信が2件。誰だろう? 僕はメールを開いてみた。


 差出人は『卯月うづき 愛唯めい』。幼馴染の女の子だ。僕は小さい頃からずっと、彼女に恋心を抱き続けている。


 1通目。

『さとりん、今日の初詣、銀太と一緒に行くんだってね。私は今年も家族と神社に来てるよ! この後、現地で合流して一緒に参拝しよ』


 2通目。

『さとりんが連絡くれないから銀太のポケベルにメッセージ送ってみたよ。そしたら、一人で初詣に行ってるって返事あったよ? どこにいるの?』

 さとりんというのは愛唯が僕のことを呼ぶ時のあだ名だ。小さい頃からずっとそう呼ばれている。銀太の呼び方は銀太のままというのは、愛唯が僕のことを特別に思ってくれている証拠、ということなのだろうか――そうであってほしい。

 そうこうしているうちにもう一通届いた。


 3通目。

『さとりん、なんで連絡くれないの? もしかしてほかの女の子と初詣?』

 僕は愛唯にあらぬ疑いをかけられた。

『違うよ! これから電車に乗るところだから! いつもの神社だよね、すぐ行くよ!』

 僕は慌てて愛唯に事実無根だと否定する返事を送った――


 彼女は時々思い込みが激しくなる。疑心暗鬼というか、被害妄想というか……おそらく、相手が自分の思い込みを否定してくれることで安心感を得られるタイプなのだろう。

 僕は足早に駅に向かった。公園を通り過ぎ、駅前までやってきた。駅前には商店街があり、それなりに活気づいている。近場で建設予定の大手ショッピングセンターによって、商店街への客足が遠のくのではないかという懸念もあるようだ。


 駅に着いた僕は、切符を買い、改札を通り、電車に乗った。

 移動中に携帯電話の画面を見ると、先ほど送ったメールの返事が来ていた。

『わかった! 待ってるね!』

 愛唯の態度、この変わり様……まるでジェットコースターみたいだ。


 降車駅に着くと、僕は急いで神社に向かった。駅構内や街中が少し騒がしく思えたが、元旦ということもあり、特に気に掛けることもなく通り過ぎた。


 神社に着くと正門のところで愛唯が待っていた。彼女は和装することもなくいつも通りの服装だった。ショートパンツと黒いタイツにダボっとして長い薄桃色のダッフルコート。ツーサイドアップというのだろうか、彼女以外にはあまり見かけない髪型だ。いや、小さい女の子がそんなような髪型だったのを見たことはある。

 ちなみに愛唯の身長は、平均身長よりほんの僅かだけ高いらしいのだが、そんな彼女が小さい女の子とは言い難い。


「さとりん遅いよ~! 見捨てられたかと思った!」

 彼女は動物のように駆け寄ってきた。うん、相変わらず愛唯は可愛い。


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