75 ヒュスト1
目が覚めて、一瞬何処にいるか分からなかった。
ああ、ここは商会のトムスカナ支所ね。昨日討伐に来たんだったわね。蟹が美味しかったなぁ‥‥。
魔蜘蛛は、メリアージュの中では、すっかり蟹に変換されていた。
‥‥えーと、今日は何をするんだったっけ?
ぼーっとしていると、ヒュストの思念が届いた。
『主、起きたか?』
「起きたわよ」
と言ったけど、ヒュストは目の前にいないから、返事は届いてないのか。
どうやったらいいんだろう?
強く思えばいいのかな?
私はヒュストに届け、と念じた。
『起きたわよ。これ届いてる?』
『うむ。主、ちょっと話をしておきたいんだが』
「分かった」
あーっ、念じなきゃ。
『分かった。着替えてそっちに行くわ。まだこの念話に慣れなくて』
『諾』
慣れれば、人に知られずにやり取り出来るのって、かなり便利よね。これ、距離とか関係あるのかしら?
私は着替えて、獣舎に行った。
「お待たせ~」
『うむ、まずは我の外見だが、主が髭男の時は昨日確認したが、仮面の時と普通の時はどうするか、決めておきたい』
「そうね、普通の時は今までと同じがいいと思うのよ。鏡を持ってくるから、合わせましょう」
姿見を持って来てヒュストの前に置き、ヒュストの色や大きさを以前のものに合わせていく。
『これが以前の我か‥‥』
ヒュストはしげしげと姿見を眺めて、記憶に留めているようだ。
『では、髭の時と、普通の時と切り替えてみるので変な所があれば指摘してくれ』
ヒュストは何度も繰り返して、切り替えが瞬時に出来るよう練習した。何とも勤勉な魔獣である。
『主、一言言っておくと、我は今は魔獣ではない』
「えっそうなの?なら何なの?」
『以前、主を追いかけた神霊獣、ヒュストカイレエリリャカンタルーフアワドニースラトゥマルムの分け御魂、というのか、それの一部が受肉したものだな。
最初は魔獣として生まれたのだが、主に命名されたことで、ヒュストカイレエリリャカンタルーフアワドニースラトゥマルムの記憶と力が覚醒して、一部甦った。
ヒュストと命名された時には驚いたぞ』
「えー」
私はビックリした。ヒュストはあの伝説級の一部なの!?
『主に興味を持ったヒュストカイレエリリャカンタルーフアワドニースラトゥマルムは、自らの魂というか意識というか、その一部を地上に降ろしたのだ。
神格を持ったものは、安易に地上にいる者と接触は持ってはならぬ、という決まり事があるのだが、自分自身が生まれてしまえば、その決まりに反さぬのだ。
生まれる際に、記憶と力は封じられることになるのでな。
自分の分け御魂が、主と出会えるかどうかは賭けであったが、成功したということだ。記憶はなくとも、何故かこの人の傍に居なくてはならぬ、と思っておったが、記憶が甦って納得した。
神の愛し子である異世界人に興味を持ったので、近くで見てみたい、交流してみたいと思ったのだ。
そういうわけで主よ、今後も宜しく頼む。
何、我は存外役に立つぞ。主の魔力を借りれば、全部ではないが神霊獣としての知識も力も使えるのでな。
そう言えば、覚醒前の我も、主の傍にいると、神霊獣の力がちょっと使えたのだ。移動の時に、魔力を与えられていたからだと思うが‥‥。
目の前に光景が見えたであろう?
あれは、我の力の一部だ。今回の魔獣・魔虫の群れは、直感的に主に伝えた方がいい案件だと思ったのでな』
そうなのね。
ちょっと理解の範疇を越えて、頭がパンクしてるけど、以前追いかけてきた伝説級と言われる神霊獣の一部?と契約してしまったらしい。
だから、あんなに速いスピードが出せていたのか。
『因みに言っておくと、いくら神霊獣の分け御魂といっても、肉体を持つとその肉体の能力に縛られるのだ。
この肉体は、魔獣の中では速い部類ではあるが、単体ではあそこまでのスピードは出せぬ。せいぜい魔獣の中ではトップ10に入るか入らぬかだ。
主の潤沢な魔力あってこそのスピードであるし、神霊獣としての知識も、主の魔力があるからこそ、本体から引っ張ってこれるのだ。
万一契約者が主でなかったら、我は覚醒することなく、ちょっと賢くて、ちょっと速い、普通の魔獣として生涯を送ったであろうよ。
それは知っておいてほしい』
「そうなのね」
私は頷いた。
多分、これらの情報を完全に飲み込むには、もう少し時間が必要だ。こういう時は、一旦棚上げするに限る。そうすると時間が経つと同時に、何故か自然に馴染んで受け入れられるようになるのだ。
これまでの経験から、そう対処することが一番だと思えた。
では、切り替えよう。
「じゃあ、次は仮面の騎士バージョンを決めましょう」
『うむ。一度本来の姿に戻る』
そう言うと、ヒュストは一回り大きくなった白く輝く艶やかな体躯に、金色に輝く短い角と鬣らしきものとふさふさの尻尾、光で出来た翼、エメラルドの瞳を持つ姿に変わった。
うん、派手派手である。気のせいか昨日より輝いて見える。
『この姿が、自然でいるときの今の我の姿だが、姿は変わるのでな。主の魔力や精神状態に、自分自身の状態が掛け合わされた姿になる』
そうか、ならそのキラキラしてるのは、きっと神霊獣としての意識が強く出たんだね。
私のせいじゃない、多分‥‥。




