第35話 あなたの知らない昔の約束
前回に引き続き、黒髪少女のパスちゃんとリバーがダンジョン内を進みます。
あなた達は途中、十字路を右に曲がって、お部屋のような空間を通ったり、階段を上ったり、丁字路を左に曲がったりします。
今進んでいる直線通路の先のほうでは、光量がこれまでと明らかに違いました。そのため、もう光は不要と判断したのでしょう。ご案内役のパスちゃんが自らの発光をやめます。
パスちゃん、あなたが足を踏み入れた先には――。
ダンジョン内とは思えない、緑のあふれる不思議な場所がありました。
「わぁ……綺麗な場所……」
あなたは緑の色彩が強まった景色に見惚れます。
こちらの空間は、地上でしょうか。四方の壁が確認出来なければ、迷宮の外に出たのかと思ったはずです。
上方は天井がない代わりに、自然の太い枝がまるでカゴのように交差しており、屋根のように形成されています。枝と枝との隙間から陽の光が入るため、昼間は明るいのです。青みの強い草木が生い茂り、幻想的な白い光を発する花がいくつもありました。
「上様。こちらになりますです」
振り向いたパスちゃんが両手でご注目させたものは、空間の中央に配置された、白い石棺でした。大人が一人、入れるぐらいの大きさです。
パスちゃんが石棺の横に行って、目をつぶって両手をだらんと下げました。彼女は闇に染まり、黒一色のタコさんに変身します。大きさは変化出来るようで、今回は頭部の大きさが二メートルほどのサイズでした。
「こちらのお宝箱には、初代上様との思い出が詰まったお品や、金銀財宝がたくさん入っているのです。二代目上様にもぜひお見せしたいので、しばらくお待ち下さいです」
タコさん姿で嬉しそうにご説明するパスちゃんの声質は、少し響いていました。
パスちゃんは長方形の石の容器に、足を絡みつかせます。
蓋を横にどかした後、パスちゃんはブレザーを着た先ほどと同じ人型に戻りました。そして、満面の笑顔であなたを見上げます。
あなたの表情は曇っていたことでしょう。なぜなら、彼女よりも先に石棺の中身が目に入ってしまったからです。
空っぽでした。
あなたの表情を知ったパスちゃんは、箱の中に瞳を向けて、残酷な真実をも知りました。
「そんな……」
何ひとつ入っていない入れ物を見つめます。
中には、よほど大事なものが入っていたのでしょう。パスちゃんは涙を溜めてしまいました。
「――どうしてっ、中に、何も入っていないのですかぁっ! うわぁああああぁ~ん!」
パスちゃんは石棺の中に上半身を突き出して、大泣きします。
周りが静かなだけに、彼女の悲痛な泣き声だけが、その場の空気を辛く支配するのでした。
「……パスちゃん。最後にこの中を見たのはいつなの?」
「分からないのです……っ! どうしましょう……、上様との、お宝を守るというお約束、破ってしまいましたぁ……っ!」
取り乱すパスちゃんのことを、出会ったばかりのあなたはほとんど知りませんでした。
彼女は魔物ロードオクトパスで、今は少女姿になっている。あなたを上様と信じ、あなたに好意を寄せている……というぐらいしか、分かりません。
あなたには、パスちゃんが上様と呼んでいた方が、パスちゃんとこれまでどう過ごしていたのか、見当もつかないでしょう。
知らないことだらけでも、あなたはこういう時、どうすれば良いのかを知っています。
あなたと上様は別人でしょうが、もし上様がこの場にいたら、きっと同じことをしたに違いありません。
泣きやまないパスちゃんに対し、あなたは膝を地面につけ、後ろから彼女を抱き締めました。
大切な思い出の品々を全部失ったら、すごく悲しいですよね。
今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました。




