第32話 あなたには決別のための選択肢が用意されます!
今回で苦行ともおさらばです。
「……えっ?」
体操着姿のあなたは、木製のシートへと座ることになりました。
あなたの目線は、ロードオクトパス化した時のように、地面よりも高い位置に上がます。ただし、その時ほどではありません。
運転席の正面には、円形の黒いハンドルがありました。運転席周りは、窓の類はない剥き出しの状態です。車体の色はブラックで、短めのボンネットの先には、四角い銀メッキのラジエーターがあります。
座っているあなたには見えませんが、全長は長く、箱型の客室は二階建てで、上部には屋根がありません。一階客室の側面には、『REVERSE』と紺色で書かれています。車輪は、前後に合計四つ。……もうお分かりでしょう。
バス子が実体化して、二階建てのバス、ダブル・デックとなったのです。
「なんで!」
バス、子、だからです。
「そうだと思うんだけどそれはそれでおかしい!」
シングル・デック、つまりは日本でも多数派の、一階建てバスのほうがよろしかったですか?
「車種の問題じゃないッ!」
車種ではなくボディ形状とおっしゃってほしかったです。
「ごめんね! でもこんなの嫌なんだけど! 体操着でバスの運転席に座ってるとか!」
こちらは、一九一〇年代の古いバスを基にしています。あなたは大型運転免許を持っていませんので、走らせないで下さい。
「走らせるつもりは全くもって無いけどさ、私を運転席に座らせた意味が分からない! バス子さんって普通に女体だったじゃん!」
はい。ですが、バス、子、ですので。
「それはもういいよ!」
なお、こちらの世界には自動車はありませんので、こちらの黒いバスを見ているミリーナさんは、巨大な馬車だと思っていることでしょう。
では、バス子はこれよりラジエーターから声を出して、ミリーナさんに抗議します。ご期待下さい。
『ミリーナさん! こちらの声は、勇者ブラックリバース様の第一の配下、マクシー・ミ・メトロ・サキュバス子のものです! あなたは愚かにも、この世界に召喚された勇者リバー様に数々の非礼を重ねてきました! それは許されることではありません!』
「……リバーって、召喚された勇者様だったの?」
ミリーナさんは目を丸くしていました。
「嘘でしょう? だって、勇者様は勇者オークションに参加されるんじゃないの? 一般の人材オークションにも勇者様がいたなら、何十万ビルかそれ以上で落札されるはずよ! あの時のオークションの契約書にも元囚人としか書いてなかったし……」
「一週間無実で投獄されただけなのに元囚人とかって、ホントヒドいよね! 何この異世界!」
あなたのお怒りはごもっともです。
『勇者リバー様は召喚された他の皆様と違い、勇者と魔王の特性を併せ持った唯一のお方だったことから、誤解もありました。ですが、正真正銘、勇者様でございます』
あなたはミリーナさんに対して、最強のすんごい勇者だと格好良く名乗って下さい! どうぞ!
「わ、私は、勇者リバー! えっと……我こそは、勇者ブラックリバースの名を得た、最強のすんごい勇者よっ!」
運転席で立ち上がってお顔の右でピースをし、お胸を張るあなたは、思っていた以上に役者さんでした。
「バス子さんがやれって言ったんじゃん!」
体操着萌えのバス子は大満足です!
「ゆ、勇者様……」
ミリーナさんはひどく焦った醜態を晒していました。冷や汗を垂らしています。勇者様を膝蹴りするような行為は、こちらの世界では非常識そのものだからです。
『信じるか信じないかはミリーナさんのご自由にどうぞと申し上げますが、これ以上リバー様があなた達のような下位冒険者パーティーの中で虐げられるのは、黙っていられません。よって、リバー様はパーティーからの離脱とさせて頂きます! リバー様もそれでよろしいですよね?』
「……可能なら、そうさせてもらったほうがお互いにいいかな。どうせ私なんかは足手まといとしか思われてなかったみたいだし」
「リバー……リバー様が例え勇者様だとしても、人材オークションの契約は絶対です! 落札額の三万五千ビルの返金がなければ、パーティーの離脱は認められません!」
ミリーナさんがラジエーターに向かって精一杯の反論を述べましたが、それはもう全く効果がないことを思い知らせましょう。
『ミリーナさん、こちらをお受け取り下さい』
ラジエーターから緑色に輝く小さな二つの粒が出現します。それらがふわふわと光を放って浮遊し、ミリーナさんの両手に置かれました。
「これって……、もしかしてターボポーションクラスの回復薬ッ?」
『その通りです』
バス子バスは自信を持ってミリーナさんに答えました。ひと目で品質を見抜いたミリーナさんの鑑定力だけは、バス子も称賛しますね。
ご存じではないあなたのためにご説明をすると、ポーションは特殊なフラスコに入っていることが多い、薬草と魔力を混ぜ合わせた回復薬です。こちらの世界のポーションは効果の度合いによって、広く出回っている通常の『ポーション』、より回復力の高い『ハイラインポーション』、そして非常に回復量の高い『ターボポーション』の三種類に大別されます。
あなたが昨日食べたグミ状の粒は、実は最高級品だったのです。
「どうりでおいしかったわけだ……すごい……」
『その粒は、リバー様の素晴らしい魔力で作りました。一つでも五万ビルは価値のあるものです。リバー様がオークションで負った契約金はたったの三万五千ビルですので、全く問題にならないでしょう。これでもうリバー様は自由の身です。どうぞご遠慮なく、お受け取り下さい』
「こんな高価なもの、受け取れませんっ!」
グミを丁重に両手で支えるミリーナさんが拒否します。
「受け取って」
あなた自らが勧めました。
「ミリーナさんにとっては、あの二人は仲間なんでしょう? 回復薬があるんだから、まず真っ先に負傷者に使ってあげて」
「はい……」
ミリーナさんは仲間二人の容態を見て、折れたようでした。
『勇者リバー様の人材オークションの契約は相殺……多額のお釣りが出るほどの秘薬を、お渡ししましたので、勇者リバー様には選択権が与えられます。1.契約がない状態でミリーナさん達とご一緒に冒険者を続ける。2.ここで彼女達のパーティーから離脱する。……どうかご決断を』
バス子がミリーナさんにも聞こえるように、あなたにお尋ねしました。
あなたはどうしたいですか?
「ええと……、ミリーナさん。短い間だったけど、この世界のクソっぷりを見せつけてくれてありがとう。……ありがとうでもないですね。あとは……せめて、昨日は野宿じゃなくて、一緒に宿に泊まりたかったです」
あなたはミリーナさんにそうお伝えし、席に座りました。
「……じゃあバス子さん、選択肢は2の離脱でよろしく。出発して」
はい。
決定に従うバス子バスは自動的にハンドルを切り、低速で動き始めます。
「さようなら。ミリーナさん」
あなたは元仲間のミリーナさんにお別れを告げました。
バス子バスが走り去る中、ミリーナさんのほうは茫然としていました。あなたを引き留めようとはしてきませんでしたし、こちらの走行を妨害するようなこともありませんでした。
なお、ずっと静かに止まっていたロードオクトパスさんは、あなたが去ってもミリーナさんを襲おうとはせず、巨体を再び地面に潜らせて姿を消してしまいました。
バス子がバスになる回でした。異世界で体操着姿の地味な女子高生が古いバスの運転席に座っているなんて、完全にイカれていますよね。魔物はイカではなくタコでしたが。
この作品サキュリバーズは、ロンドンバスを日本で最も愛している……かもしれない作者が書いています。よろしければ、これからも応援よろしくお願いします。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。




